第三十四話 戻らない日常
アリマはアリマは感慨深く過去を思い出して手を止めていたが再び花に適量ずつ水をあげ始めた。
「花好きなんですか?」
いつの間にかアリマの左手側に居たシャワーを浴び終えたフラブが花を見てアリマに問う。フラブの姿は大差ない簡素な長袖に長ズボンで動き易い服装。
「好きと言うか……まぁ好きだが……」
そう答えるアリマはフラブの方を見て少し驚きつつも困っているように見える。
「なるほど。私が来た時に水をあげる手を止めていたのは?」
「……早くないか?」
当然の様な表情をするフラブにアリマは少し呆れるような表情をしながら水をやる手を止めて問う。
「まぁ汗を流すだけですので。転移魔法も使えますし」
「……そう、か」
フラブはアリマに服を見せて、アリマは更に反応に困って静寂が3秒続く。
「あ、感謝を伝えたいだけです。ありがとうございます」
フラブは特に表情を変えずにそう言い、後ろで軽く手を組んで沢山の可愛らしい花を見る。
「アリマさんに花……意外にも合いますね」
そしてフラブは平然とした表情でアリマを見て言いアリマはやはり反応に困っている。
「……君の思考が前より読めなくなってしまった」
無表情でそう言葉を溢して再び花々に水をやり始めるアリマだが。どこかいつもより元気が無くフラブは心配するような目でアリマを見た。
「アリマさん、辛かったら言って下さいね」
フラブは優しい口調で伝えると、それでもアリマは表情を一つとして変えない。
「花の世話は辛くはない。寧ろ心置きなく過去を振り返れる心の休暇だ」
「違いますよ。確かアリマさんって絶対五感とか何事も忘れられない記憶力……とか持ってましたよね? つまり表情では分かりませんが王都や会場の人混みも苦手だったのでは、と」
フラブの言葉にアリマは驚き目を見開いて水をやる手を止めてフラブを見る。
「図星ですか。アリマさん、一旦如雨露を下に置いて下さい。膝枕をしてあげます」
「は……?」
フラブの予測不能な言動にアリマはついて行けず、珍しく困惑していた。フラブは3歩ほど後ろに下がって地面に正座して座りアリマを見上げる。
「早朝で眩しくも無いでしょう? お母様によく膝枕をしてもらってて、一度私もしてみたかったんです。だから願いを叶えて下さい」
フラブは優しい表情でそう言うとアリマは如雨露を地面に置いた。それからフラブの膝の上に頭を置いて奥側の壁に足を向ける。
「……重いですね」
「第一声が其れか。もう良いだろう。重いなら……」
アリマは少し恥ずかしいのか直ぐに起き上がろうとするが、左手でアリマの額を抑えて阻止した。
「駄目ですよ。ふふっ! 恥ずかしいんですか?」
フラブは笑い優しく微笑みながらアリマを見て、左手でアリマの頭を優しく撫でる。それにアリマは恥ずかしそうに顔を赤して、左手の甲で軽く顔を隠した。
「アリマさんだって人に甘えて頼って良いんですよ。辛い事を教えて貰えないのは少し悲しいので」
ただ恥ずかしそうに何も言わないアリマを心配そうに見つめては左手でアリマの額を触る。
「顔が赤いですね……変な物でも食べました? ですがアリマさんに大抵の病や毒は効きませんよね……」
アリマは恥ずかしさに益々と顔を赤くして、急いで体を起こした。
「……変な者と話したからだ」
フラブは優しい表情でアリマを見て、アリマは立ち上がってフラブの右横にゆっくり座る。
「今は私がアリマさんの弱音を知る番ですから。無理には聞きませんが、アリマさんも人でしょう? 少なくとも私の前では心置きなく泣いても良いんですよ」
フラブはそう言いながら右手でアリマの頭を優しく撫でて、アリマは目を少し見開くも言葉を呑んだ。
「アリマさんは今まで良く頑張りました。頑張ったで賞を皆んなから貰っても反論出来る人は誰も居ません」
「………」
「次は今まで以上にもっと頑張れ、なんて難しいことも私にも誰にも言う資格も権利もありません。アリマさんは頑張り過ぎなくらいなんですよ?」
優しい声色でそう言うフラブは見守るような優しい表情を浮かべている。それでもアリマは当然のように何処か泣くのを躊躇っていた。
「氷はいずれ溶けて水に変わってしまう。幾ら氷が好きでも冷たいところで現状を維持しなければ時間の経過で水に変わるんです」
「何を……」
「ですが水も氷に負けていません。水がなければ人は生きていけない、大切なかけがえのない物なんです。それに水はとても透明で綺麗で、何でも出来る八面六臂でしょう?」
フラブにとってはどうと言った言葉でも特別な言葉でさえないのだろう。ただ言葉の意味も深く理解出来ていない可能性まである。だがアリマはフラブのその言葉に驚き意を突かれたように悲しそうな表情に変わった。
「……誰にも死んでほしくなかった。余が判断を間違えなければ……アオイもアキヒロもアツトも死ななかったはずなんだっ……」
アリマは俯いて重苦しい表情を浮かべて強く右拳を握り締める。フラブは優しくも真剣な表情で聞いていて、真っ直ぐな目でアリマを見つめた。
「大丈夫です。今のアリマさんを見て笑ったりなんてしません。泣く時は沢山泣いて、それで次に進むんです。この私が! アリマさんの涙を受け止めますよ」
自信満々に胸を張って誇らしげにそう言うフラブを見てアリマはますます悲しそうな表情を浮かべる。
「アマネもアユも……っ大切な人が死ぬ時はいつだって無力なんだ……」
アリマは一滴だけ涙を頬に伝わらせ、泣く事があまり慣れてない人の涙だった。
「私はアリマさんに助けられた。アリマさんが多くを失っても助けられた命に嘘はないでしょう」
「……っ本当はずっと辛かった……ハジメが死んだ時も父様が死んだ時も……どうしたら良いのかも泣いて良いのかも分からない……」
アリマは少し震えたような声色でそう言いながらも着物の袖で涙を拭い涙を止める。
「そうですか。アリマさんの事はよく分かりませんが思い詰めるのは駄目です。表情に出てましたよ?」
フラブは優しくも真剣な表情でそう言い、それにアリマは驚いたのかフラブを見て少し目を見開いた。
「君に励まされるとは……成長したな、フラブ君。余はずっと子供のままだ……」
そう言いながらも悲しそうな表情で少し俯き、フラブはきょとんとした表情でアリマを見る。
「泣くのは恥ずかしい事でも弱い事でもないでしょう? 少なくとも泣かない方が死んだ方々はとても悲しいですよ」
フラブは不思議そうにも優しい声色でアリマを見てそう言い。アリマはゆっくり立ち上がり、フラブもアリマに続いて立ち上がった。
「フラブ君、花に水をあげてみるか?」
アリマは優しい表情でフラブを見てそう言い、フラブは目をキラキラ輝かせて頷く。
「是非!」
アリマは地面に置いていた如雨露を右手に持って拾い、フラブに渡す。フラブは右手に受け取ってはしゃいで、続きの花から水をあげ始める。
アリマの冷たかった灰色の目には感情とともに微かに光が宿っていた。
「……君は変な子だな。余が尊敬する唯一の人だと思ったらこんなに身長が低くて子供みたいにはしゃいで……」
アリマは優しく微笑んでフラブの右背後に来て右手でフラブの右手を覆うように掴む。
「え、あ、何ですか?」
フラブは不思議そうに少しアリマの方を振り返る。
「教えてやろう、角度はもう少し急でなくても良い。水のあげ過ぎは駄目だ。1つ1つの花に優しさを込めて……花を見ろ、フラブ君」
フラブはアリマの方を不思議そうに見ていて、アリマにそう言われた瞬間に慌てて花の方を見る。
そんなほんわかとした雰囲気を2階の窓を開けて見下ろしていた寝起きのコクツとミリエ。
「バケモン野郎にも感情あんのか」
窓も開けているため、少しだけ声も聞こえていてコクツは悲しそうな表情をしていた。
コクツはアリマから借りた白いTシャツに元々着ていた動きやすい黒い長ズボン。
「なんか、幸せそう」
ミリエは無表情でそう言い、ボサボサな白に近い銀色の長い髪が風で吹かれていて眠そうにしていた。
「今はそっとしてやんだ。これを見てたってバレたら殺されんぜ」
「ん。お腹空いた」
「そうだな。まだ4時30分、俺たちにとって少し悲しい時間だ」
コクツはミリエの頭を優しく撫でて、2人は静かな朝の空気で青空を眺めた。
それから7時間後の昼前11時頃ーーフラブは変わらずの姿で玄関で靴を履いていた。そしてアリマは髪を真ん中で紐で結び羽織物を同じ色の違う物に変えて玄関で下駄を履き。ミリエとコクツは朝食とかも済ませて階段下の広い前でフラブとアリマを見送っていた。
「私たち、留守番なの?」
ミリエが心配そうにフラブとアリマを見て問い、フラブは靴を履き終わって優しい表情でミリエの方を振り返る。
「直ぐに帰る。分家に立ち寄るだけだからな」
アリマは無表情でミリエ達の方を見るも、前のような冷たさは感じ取れない。
「此処から出れば直ぐに殺す。暴れても殺す」
コクツとミリエはアリマへの恐怖で背筋が凍って息を呑んだ。そんなアリマを呆れるような目でフラブは見上げる。
「暇つぶしの本とか昼食も和菓子も用意しているんでしょう。そして言い方を考えて下さい、アリマさん」
フラブの怒ったような言葉にアリマは驚いたような表情で目を少し見開いた。
「そうか……ミリエ君、コクツ君、安静にしていろ」
「何で命令口調なんですか……優しく言うんですよ」
フラブは呆れて軽く溜め息を吐き、アリマは優しい表情を作って再びミリエたちの方を見る。
「安静にしていてほしい。君達の為だ」
アリマの優しい表情は何処か怖く、ミリエとコクツは恐怖で背筋が震えていた。
「何で怖いんですか……」
フラブはアリマを真剣な表情で見ながら腕を組んで右手を顎にあてて考える。
「……もう良い。行くぞ、フラブ君」
アリマが無表情で少し残念そうにそう言うと、フラブごと転移魔法でその場を後にした。
「……あのバケモン野郎って実は良い奴なのか? 確かに本とか部屋に置いてたよな?」
「分からない、だけど本、読む」
「そーだな!」
ミリエは無表情で、コクツは笑顔で互いに向かい合って言い2階への階段を上った。
──フラブとアリマは3つ目の分家の本邸の門の前に転移していた。
その分家の本邸は完全に洋風なお城で山の上に位置していて大きな門を潜ると左右に庭が広がり公園みたいな遊具があった。そして真っ直ぐに玄関に繋がる草が生えてない道があり玄関には大きな木製のドアがある。
「驚くほどに洋風ですね……」
フラブは玄関のドアを目の前にしてそう言葉を溢し、フラブの右手側に居るアリマは無表情でフラブを見下ろす。
「中は以外と和風だ。とても中途半端だろう?」
「外は洋風で中は和風……ですか……どうなって……」
フラブの言葉を遮るように急に上からキュサが颯爽と降りてきて、フラブに膝ずいて華麗に着地する。
「お待ちしておりました。フラブ様」
急に現れたキュサにフラブは驚き目を少し見開いて言葉が詰まる。
「キュ……キュサ……? どこから……」
フラブは上をゆっくり見上げると3階ほどの高さの窓が開いていた。
「私の得意の重力魔法です。重力を無視したり変えたり出来ます」
キュサは跪いたまま何事も無く淡々と言い、言葉にアリマは疑問を感じるも表情を一切変えない。だがキュサはゆっくりと立ち上がり嫌そうな表情でアリマを睨む。
「何でアリマ様まで来てるんですか?」
嫌そうに言いながらもアリマを強く嫌っていて、フラブは状況に取り残されていた。
「いい加減、余を嫌うのは止めてくれないか?」
アリマの問いをキュサは無視してフラブに優しく微笑んだ。
「案内致します、フラブ様」
それからフラブとアリマはキュサの後を着いて行き和風な右手側の廊下を歩いて突き当たりにある襖を開ける。
──その室内は病室みたいな部屋で白いベッドが縦に2つあって右側の壁には時計がある。
そしてそのベッドの間に小さい机が置かれていてサヤが机の上に座っていた。サヤの姿は初めてフラブと会った時と変わらずの姿だった。
「お! やっと来た! 待ってたよ、フラブさんと当主さん!」
サヤは元気よく明るい表情でそう言うが、反対にフラブとアリマの表情が曇る。
「コヨリちゃんとキヨリちゃん、ですよね?」
フラブは暗い表情でそう言って左手側のベッドへ歩き出す。アリマとキュサは無表情で襖の前で立ち止まっていた。──フラブがベッドを覗くと左側のベッドにいるコヨリも右側のベッドのキヨリも顔の縦斜め半分、いや、体の殆どが赤黒く変色し目を閉じて横になっていた。
フラブはその痛々しい残酷な光景に目を見開いて言葉を呑んで怒りが頭を走り、両拳が震えていた。
「精神的なものと肉体的な呪い。コヨリもキヨリも庭で遊んでる所を襲われたらしいんだ。この子たちは私の義理の妹だから」
サヤは悲しそうな表情でキヨリとコヨリを見ていて不安と心配が顔に映し出されている。
「一応言うが余にも治すのは不可能だ。魔術関連なのだろう、癒厄華を使用しても効力がない」
アリマの言葉にフラブは怒ったような目つきで振り返ってアリマを見る。
「アリマさん、癒厄華は肩代わりの魔法でしょう。それでコヨリちゃんたちが治ったとして、アリマさんが傷つけばコヨリちゃんたちは喜べません。自分を大切にして下さい」
フラブの言葉にアリマは外方を向いて無関係のように言葉を閉じる。
「フラブさん、私と一緒にユフィルム家に行かない?」
サヤがフラブの目の前に来て笑顔でそう言い、フラブは小首を傾げてサヤを見上げる。
「ユフィルム家……ですか?」
「うん! ユフィルム家は情報が豊かだから、コヨリ達を助けられる情報があるかもしれない!」
サヤが元気よくそう言うと、フラブは腕を組んで右手を顎に当てて考え始める。その間にアリマがフラブの左背後まで来てフラブの頭に右手を置いた。
「フラブ君が行くなら余も行く、と言いたいんだが余は別で調べたい事が多くあってな。サヤは6段故に少しは安心出来る。頼めるか?」
フラブは急に背後に現れたアリマにビックリしていて。キュサはフラブの右背後まで来て真剣な表情でサヤを見つめる。
「私もコヨリ様とキヨリ様に寄り添わなければならないので……すみません。フラブ様、お願い出来ますか?」
フラブは真剣な表情でキュサの方を振り向き「ああ」と軽く頷きながら単調な返事をして。それにサヤとキュサはフラブの方を見て優しく微笑むも、アリマは心配そうな表情を浮かべていた。
「だが本当に大丈夫なのか……ユフィルムだぞ? フラブ君が心配な事に変わりはない」
「当主さんさ、そんなに心配? フラブさんも3段の実力はある訳だし子離れしたら? それに魔力通信機交換してるでしょ?」
サヤは優しく微笑んでアリマを見て言い、キュサはアリマを少し驚いた表情でアリマの方を見る。
「アリマ様って人の心配出来る方なんですね……」
「……フラブ君、もし何かあってもなくても余に教えろ。転移魔法を使って直ぐに向かう」
アリマは淡々としながらも優しい表情を浮かべていて、それにフラブは優しい表情でアリマの方を向く。
「アリマさん、少し屈んで下さい」
フラブの言葉にアリマはきょとんとするも言われた通りに少し屈んだ。するとフラブは表情を変えずに右手で優しくアリマの頭を撫でた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。それぞれ出来る事をできるだけ頑張りましょう」
フラブの言葉にアリマは少し目を見開くも、恥ずかしそうに左手でフラブの右手首を掴んで止める。
「フラブ君、撫でる必要があるのか?」
アリマはそう言って屈むのを止めて怒り気味でフラブを見て問う。
「撫でると安心する効果があると聞いたので。膝枕もです。物は試しでしょう?」
そのフラブとアリマを見たサヤは優しく微笑んでアリマを見て、キュサは目が見えないために深く状況を理解出来ずにいた。
「当主さんが人に甘えてるとこ初めてみた! レアだね!」
「え? 何があったんですか?」
と状況が理解できずにフラブの方を見ているキュサが困惑していて。少し恥ずかしそうにして怒っているアリマと考えが読めないフラブ。
と言う事が2時間前あり。
サヤとフラブは森に囲われている別邸よりも大きいユフィルム家本邸の門の中に既に入っていて。本邸は何処もかしこも洋風な白いお城で、当主のラサスが沢山のメイドや執事を背後に横一列に連れて堂々と出迎えた。
「サヤちゃん来てくれたんだ! それと……あぁ、僕の本命もね……」
ラサスは不敵な笑みでフラブを見ていてフラブは嫌そうな虫を見るような目でラサスを見る。
「ラサスさん、今回は真剣だから!」
「僕はいつだって真剣だよ。女の子ファーストは絶対だからね」
軽々しく言い返すラサスは優しく微笑んでフラブに目線を移した。
「フラブちゃん、前のシラ家の黒い貴族服も良かったけどその素朴な服も良いね!」
「は?」
冷たい目をラサスに向けるフラブ。だが喧嘩は起こさないようにサヤはフラブの前で立ち止まった。
「当主さんに殺されたくなかったらフラブさんには手を出さない方が身のためだよ! とっても過保護だから!」
サヤが元気良くそう言うと、ラサスは腕を組んで右手を顎にあてて考え始める。
「……それもそっか。いくら僕でもアリマに恨まれたら命がどれだけあっても足りないからね」
ラサスは少し落ち込むも直ぐに切り替えてサヤとフラブの方を見て優しく微笑む。
「じゃあ着いて来て。誰もが見たいと渇望するユフィルムの書庫に案内するから」
ラサスの優しい言葉にフラブは驚いて少し目を見開くもサヤの右横に並んで歩き出した。




