ヴァンデル中央魔法女学院
ヴァンデル連邦は大陸東方に位置する大国だ。
大中小あわせて十二の自治国によって構成されている。
「そしてわが中央魔法女学院は首都バミューダにあり、十二の構成国からエリートの子女たちが学びにやってきます」
「女学院とは聞いてなかったぞ」
ラグナは思わずつぶやく。
年ごろの女子生徒を指導するのは、けっこう骨が折れる。
同性のほうがやりやすいというのが本音だ。
「問題ありますでしょうか?」
クラリスはきょとんとする。
彼女に何か意図があったわけではなさそうだ。
「……まあいい。学院長にお会いしよう」
「こちらです」
クラリスは門をくぐる。
途中で衛兵らしき女性たちを見かけたが、彼女と一緒だからかラグナは何も言われなかった。
玄関をくぐって学院長室まで進むが、当たり前のように女性しか見かけない。
「男性の教師や職員はいないのか?」
「いませんね。今のところは」
ラグナはそっと息を吐き出す。
気のせいか、建物の中は甘い香りがただよっている。
学院長室は一階にある一区画にある赤いドアの向こう側だった。
「失礼します、学院長。ラグナ・ユニバース様をお連れしました」
「どうぞ」
玲瓏たる声にラグナは聞き覚えがあった。
中の広く立派な部屋の中にいたのは二人の女性である。
一人は立派な椅子に座った金髪と長耳が印象的な美しいエルフで、緑のシャツに赤いカーデガンという服装だ。
そばにひかえるように立つのはメガネをかけた赤髪の女性で、青のシャツにグレーのスラックスというファッションである。
理知的な印象を与えるまなざしには、ラグナに対する敬意があった。
「まさか本当に『最強』ラグナが来るとはね。半信半疑だったのだけど」
とエルフは緑の瞳を丸くする。
「あいにくと事実なんだよ、『翠天君』レト」
ラグナは旧知の女性に苦い口調で答えた。
「まあ私たちにとっては幸いだったわね」
レトはそう言って微笑む。
「俺の力が必要とはどういうことだ?」
「学院という組織の性質上、どうしても教育法を均一化する必要があってね。それじゃすくいあげられない子が出てしまうのよ。逆に突出した才能もね」
ラグナの問いにレトは、彼以上に苦い顔で言った。
「それをあなたに何とかしてもらいたいの。特殊な才能が花開かず、腐ってしまわないためにもね」
「……たしかに才能を腐らせるのは惜しい。そしていろんな才能に対応できるという意味じゃ俺以上はいないか」
ラグナはつぶやく。
考えたのは一瞬のことだった。
「分かった。引き受けよう。できるかぎりのことはする」
「本当に⁉」
喜んだのはレトだけではない。
赤髪の女性も彼の隣にいるクラリスもだ。
「ラグナ様が入ってくださるなんて……」
「これはもう世界を敵に回しても勝てちゃうわ」
二人は頬を染め、ちょっと目をうるませながらラグナを見つめる。
「ラグナ様、これからよろしくお願いいたします。私はレト様の秘書を務めているエリーと申します」
「ああ。よろしくな」
ラグナは美女に見つめられながら、そっと目を逸らした。
『最強』の名をほしいままにしてきた彼にとって、美女に熱っぽい視線を浴びせられるのは慣れっこだが、どうしても照れてしまう。
女性に関しては初心者もいいところだった。
「ラグナにはできれば明日からでも授業に入ってもらいたいわ」
レトはそう言い、ラグナは顔をしかめた。
「無茶な。授業のスケジュールなんて、とっくに決まっていて動かせないだろうに」
彼だって元は教師だったのだから、その程度は分かる。
「ええ。ですが、授業についていけずに困っている子たちはいます。彼女たちをすくいあげるための補助教師として入ってもらいたいのよ」
「なるほどな。いまは水の月だったな。新入生でも脱落者は出ているし、上級生はもっとピンチか」
「ええ。二か月もあれば差が出るのに充分みたいなの」
レトは悲しそうに肯定する。
「そうか。ならば早いほうがいいというのも分かる」
ラグナはそう言った。
周囲に差をつけられると、どんどんやる気を失っていく生徒は多い。
「ありがとう」
レトはにこりとする。
「宿の手配をしたいけど、希望はある?」
「俺はどこでも眠ることができる」
とラグナは答えた。
「そうよね。なるべく学院の近くで手配するわ。エリー?」
「少しお待ちください」
エリーと呼ばれた女性は、学院長室の壁にある棚から赤い背表紙の本を取り出す。
ぺらぺらとめくってすぐに顔をあげる。
「ちょうど学院から徒歩三分ほどの物件にあきがあります。一戸建てなので、気兼ねなく利用していただけるかと」
「それはいいな」
ラグナはうなずいた。
「メイドを雇ってもいいのよ?」
とレナが言う。
「そうだな」
ラグナは少し迷った。
「悩まなくていいじゃない。あなたは家事も料理も苦手でしょ?」
レナはきっぱりと指摘する。
「まあな」
ラグナは苦笑気味に応じた。
「魔法以外は普通の人間と変わらないものね、あなた」
「当たり前だ。神様じゃあるまいし、何でもできてたまるか」
レトにラグナは言い返す。
「同感」
とレトは言った。




