2-1
初等部、入れることにしました。
ええ、ただ皆の整理を兼ねてやりたかっただけです
では、2章始まります。
2021/10/18 改稿しました。
2023/03/02 校正しました。
新入生に王族がいるということで、今年の入学式は盛大なものだった。来年もあるのにとロキが呟けば、公爵家の息女がたくさんいるから豪華なんだきっと、とカルが返す。
初等部の入学式はホールで行われた。
家格の高い者から順に、カル、ロキ、ロゼ、レオンが座り、以下侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家、騎士爵子息令嬢と平民が座る。
平民とほとんど変わらない騎士爵の息女がいるため、平民の入学枠も設けられている。数は少ないが、初等部から来るのは大商人の子供くらいなのでそれで充分であるのが常であった。また、現時点で王都に滞在していない貴族の息女には入学の義務はない。貴族に王立学園への入学義務が発生するのは、中等部からであった。
制服が存在しないため、初等部は皆思い思いの服装でやってくる。着飾った令嬢もいれば、公爵家にあるまじきシャツとハーフパンツにベストとコサージュだけという服装の輩もいる。ロキのことである。最初その姿を見た瞬間、ロゼをはじめ公爵家の面々が「何でそんな恰好で来たんだよ!」と叫び出したくなったことを、カルだけが知っていた。
「案外お前マイペースだな」
「俺は俺、他人は他人。服装自由なんだからいいでしょ。大体、着飾るなんざ、女性陣に任せておけばいいんですよ」
「と言ってる割にはコサージュが生花なんだが」
「金はいっぱい掛けられてます」
ロキの胸のコサージュは生花で作られたもの。生花は扱いが難しいため、装飾品として扱うにはちょっと値段が張るものだ。そこは流石フォンブラウ家といったところだろう。かの領地は最も税収の多い領地でもある。
「その服って何で作られているんだ?」
「これはリネンですね。亜麻です」
「……亜麻?」
カルの質問にロキが答える。え、というような反応が返ってきたのでロキはああそうか、と納得する。前世で演劇部に所属して衣装を弄っていたことと、双子の姉が手芸に凝っていたことが重なって、服飾には少し詳しいのである。
「亜麻が安いからって使わないなんてもったいないですよ。涼しく感じますし」
「そうなのか? 夏によさそうだな」
「はい。フォンブラウ領は暑いので、母の実家からいただきました」
厳密には地球のものとは異なる様なのだが、似たような性質を持つためか麻とか呼ばれているようである。表記は基本的に統一されているので亜麻でいいが、農村部に行くと昔の名残らしき言葉を聞くことがあると、フォンブラウ領に帰った時の話をカルに聞かせた。
漸く始まった教員の話など話半分なのは致し方ない。10歳、11歳の子供に2時間も3時間も椅子の上でじっとしていろというのは酷である。いや、できない訳ではないのだが、その後の収拾がつかなくなるので教員の話は早急に切り上げられる。式自体は1時間あるかないかくらいだった。
♢
「初等部だよ!! やっと学校だよ!」
「ソルって学校好きなの?」
「勉強は嫌いよ!」
セーリス男爵家の双子は入学式を終えて掲示板へと向かっていた。掲示板にクラス割りが張り出されているのだ。
初等部の2年間の間に基本的な読み書きの訓練、礼儀作法の基本にダンス、計算といった初歩的なものを叩き込まれることになる。家庭教師が付いていた子供とそうではない子供のレベルを合わせるために、少人数で授業を行い、人間関係を学ぶために集団生活を叩き込まれる。
ちなみに、この時点で貴族になっていない者や、後から養子に取られた者のために、中等部にはちゃんと初等部と同じ授業が存在している。高等部にも存在しているので、そこまで心配する必要はない。後々自分で授業を選択して単位を取得する形になるため、ハードスケジュールになること請け合いなのだが、そこは高等部までに入学していない方が悪い、というスタンスのようだ。
わらわらと皆集まっている中、ソルは目立つ銀を見つけた。堂々とその銀髪を惜しみなく晒しているあたりには流石と言いたい。
「ロキ様ー」
「ソル嬢」
ロキは視界の端でソルを捉え、顔をソルに向けた。
ニッと笑って見せた表情に、年齢が上がってくると黄色い歓声に迎えられるタイプだとソルは確信した。
「ソル、私たち2組だよ!」
「おー」
ソルがロキに気を取られた間にルナが先に名前を見つけてくれた。
ソルはロキに尋ねる。
「ロキ様は?」
「2組です」
「一緒に行きませんか?」
「そうですね」
ロキは小さく頷き、ソルと共に歩き出した。
ロキは、白いシャツに黒い上着を羽織っており、ズボンは黒いハーフパンツである。
胸には、エメラルドのブローチがつけられていた。入学式の時と服装が違うのは、上流貴族はよくあることなので周りは気にした様子はない。
「まあ、あの方は誰?」
「銀髪ですから、フォンブラウ家のロキ様でしょう!」
「なんて綺麗な人……」
周りの声が聞こえるが、ロキは基本気にせずにいるようだった。ソルはロキの顔をちらっと見る。確かに綺麗な顔をしていやがる。
つり目で三白眼だが、けぶるような睫毛の間から覗く真紅の瞳が美しい。スカーレットといえばいいのか、宝石に例えたら何になるだろうかとソルは考えた。
ロキの下ろされた銀髪が歩くたびに揺れて、日光をよく取り入れられるように工夫された窓から差す光が銀髪を透過した。
「……むぅ、ロキ様キライです!」
「む。レディに嫌われるのは面白くないですね」
「こら、ルナ」
茶会だけならばまだしも、日常にまでロキが――ソルを取り上げる者が入り込もうとしていることに気付いたルナの抗議は、ロキの行く手を阻むことだった。ロキはくすくすと笑っている。流石に不敬だと判断したソルがルナを退けようと前に出る。
「なに、それならばルナ嬢が望むようにすればいいだけだ」
「え、ちょ、なに?」
「ルナ嬢、ソル嬢と一緒に来るといいですよ。腕でも組んで、ソルは私のものだと主張してみるのもいいかもしれませんね」
「ロキ様ちょっと待ってストップマジでルナやりかねない!」
「はい!」
ルナはソルにくっつきたいのを我慢し続けていたのだろう。ロキの言葉を受けてソルに突撃し、そのまま腕を組んでしまった。歩きにくいんだけど振り払えないという状況に陥ったソルは、しぶしぶそのまま教室へと向かったのだった。
♢
たった2年間のクラス編成。
そこで、王子殿下と当たるなんて、どんだけこのクラスは運が無いのだろうかと、ロキは思っていた。
公爵令息であるロキと当たるだけでも相当な苦痛になるのに、王子殿下が付いてきた。正しくは逆だろうが。どちらにせよ最悪である。マナーに五月蠅い先生が付くであろうことが予想される。
ロキの知っているメンバーはソル、ヴァルノス、カル、ロゼの4人という小さなグループではあるが、それでも十分すぎるくらいに権力の塊である。
しかも同い年にもう1人公爵家の子供がいる。
そちらは流石に別のクラスになっているが、このクラスの精神的負担など考えてやりたくもない。
「カル・ハード・リガルディアだ。皆知っていると思うが、この国の第2王子だが、友達になってくれると嬉しい。好きなことは剣術の訓練。あと、乗馬だ。魔物も好きだ。話が合いそうな者はぜひ声を掛けてほしい」
カルが好きなものを聞いて、ああこいつは脳筋だったのかと思ってしまったソルは悪くない。
さて、王立学園は、学生の間くらいは王侯貴族の子供と平民の子供をあえて平等な扱いをする場として設立されている。才能を埋めておくのはもったいないからである。高等部と大学院は希望者は身分に関係なく入学試験を受けることができる。初等部と中等部は学費をそれなりに取られるので上流貴族の子供が多いが、それでも爵位の上下を取っ払った場になることは間違いない。カルの言葉はそうした学園の方針に則ったものであろう。
「ロキ・フォンブラウと申します。好きな事は鍛錬と魔道具弄り、読書ですね。魔物は好きですよ。晶獄病と浮草病を併発しているので、ご迷惑をおかけすることになるかと思いますが、よろしくお願いします」
ソルは礼をして座ったロキを見て思った。ここまで丁寧に言っているのに見下されているような気分になる声のトーンもあるまい。なんだか高圧的なイントネーションだった気がするのは何故だ。礼が芝居がかっていたせいだろうか。
「ロゼ・ロッティです。好きなことは刺繍とダンス。あとお菓子作りが好きです。令嬢にあるまじきと言われたってやめませんわ。皆さん、よろしくお願いいたします」
綺麗なカーテシーをしたロゼが座る。牡丹色の髪に純白の薔薇の付けられたカチューシャが映えていた。
1人1人の自己紹介は淡々と進む。誰もネタに走ったりしないのが流石貴族学校といったところか。
「ヴァルノス・カイゼルと申します。好きなことは鍛錬とダンス、あと魔術訓練です。食べることが好きです。よろしくお願いします」
ヴァルノスの胡桃色の髪に光が当たると白金に見える。きれいだなあと思いながら、ソルは自分の順番を待つ。
――バルドル・スーフィーです。
――オート・フュンフです!
――クルト・ブリンガーともうします。
ああ、そろそろだとソルは自分の自己紹介を考え直す。どうせ一発で言えっこない。こう見えて上がり症なのだ。自分の番が来たので立ち上がる。
「ソル・セーリスです。好きなことは演劇、図鑑鑑賞。嫌いなものは八方美人。よろしくお願いします」
八方美人が嫌いとはよく言ったもんだなあとロキがソルの方を窺うのが分かった。事実を述べただけ、と口だけでソルは言った。
「ルナ・セーリスです。好きなことは刺繍と、ドレスのデザインを考えること、嫌いなものは、お姉ちゃんを取っていく人です。よろしくお願いします」
かまってちゃんだぞと発言したに等しいルナをどうしようかと、ソルの思考がそれに埋め尽くされた。おおう、なんてこと言ってくれるんだ妹よ。
「セト・バルフォットです。好きなことは鍛錬、買い食い。嫌いなものは特にないっす。よろしくお願いします」
最後に自己紹介をした騎士爵の令息がうまく当たり障りのない内容を言ってくれたので何とかなったような気がしたソルである。
「では最後に、レイヴンといいます。皆の担任を務めることになりました。得意科目は精霊魔法だよ。まずは1年、よろしくお願いします」
黒い髪に黒縁眼鏡を掛けている、背が低めの男性教員。彼はもともと高等部の教員だったが、訳あって初等部に居座ることになっていると語った。
「連絡事項が2つあるので、皆さんよく聞いていてください。まずは先ほど自己紹介でも言ってくれましたが、ロキ君は体調を崩しやすいみたいなので、皆気に掛けてあげてください。ロキ君は、体調が悪くなったら無茶せずに近くにいる友達に言ってね。先生でもいいから」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「はい、じゃあ次の連絡だ。皆に配ったプリントを見ながら聞いてね。まず校内の――」
友達を作ろう。ロキは決めた。きっと友達は、ロキの浮草病の再発を防いでくれる。存在するだけでいい。ひとまず落ち着いている症状も、今後はどうなるか分からず、予断を許さない。
連絡が終わった後、休憩時間に入ったところで、ロキに声を掛けてきた少年がいた。
「俺、バルドル・スーフィー。要するに、ロキ君はお友達欲しいんだね?」
「ええ、そういう事です」
「平たすぎる!」
席離れてないから前の席の会話についツッコミ入れちまった、とカルがちょっと嘆く。
バルドルは多少なりとも浮草病について知っているらしい。じゃあ俺たちは友達、と言って、バルドルとロキが軽く肩を組んでいるのを見たソルだった。