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Imitation/L∞P  作者: ヴィラノ・エンヴィオ
幼少期編
13/368

1-12

2021/06/16 加筆修正しました。

ロキの誕生日パーティの準備が行われている。もうそんな時期だったっけ、とロキは遠いことのように考えた。姉スカジの5歳の誕生日パーティが2年前に行われたが、当時のロキはまだ3歳だったためお披露目もされてはいない。銀髪の子供など、それだけで話題を掻っ攫う。


だからこそアーノルドとスクルドはロキの誕生日パーティに力を入れていたのだが。


「ロキ様、今年あんまり税収が良くなさそうですねえ」

「アリアの耳にも入ってるんだ?」


読書をしているロキの横で、アリアが紅茶を淹れる。ふわりと広がる甘い香りに、ロキの口元が緩んだ。そんなロキの様子を知ってか知らずか、ロキ付きの侍女であるアリアは口を開く。


「はい、ロキ様の情報網その1ですよ私。大事にしてくださいな」

「あはは……」


アリアは本当によくしてくれる。ロキはアリアを大事にしていきたいと思っているが、それを口に出してくるとは豪胆なことだ。アリアのそんなところも気に入っていた。


しかし使用人にまで税収の話が伝わっているのはどうなのだろう。ロキは少し考えて、今自分が考えることではないなと思った。


さて、フォンブラウの税収が低いと言われる状況は主に2種類あり、結果は同じなのだが、1つ目は、単純に税収そのものが減っているとき。2つ目は税収はあるが食料の買い込みなどで収支を計上した時に支出が増えている場合だ。両者の結末は同じ、使えるお金が減る。だが理由を考えた時、対処がしやすいのが後者で、前者の場合は理由が多岐に渡るので対応策を出せと言われても難しいことが多い。


食料の買い込みにお金を使っているならば、更にお金を生みだせばいいなんて口では簡単なことを言う状況になってしまうが、魔物の討伐に人手を取られたやら不作やらで食料が足りない時に公爵家の名義で食料品を買い付けるのにお金を回した場合。魔物の討伐の際に得られる報酬金から税金を差っ引いて依頼の受注者に金が渡るギルドの仕組みのため、きっちり税金は入ってくる。魔物が平時より発生している状況ならば、それだけ魔物の討伐依頼による納税が増えているはずで、食料の買い込みに回せる金額は増える。魔物による被害が出ればその分復興に回す金も増える。諸々の収支を合わせた時、フォンブラウ家の資産が減っていれば、今年は被害が大きかった、変わらなければ例年通り、増えていればそれはそれでよしとなるわけだ。


フォンブラウ公爵家の領地は王都から見て南西側にあるが、基本的に東側の魔物が強い中、フォンブラウ公爵領はとびぬけて魔物が強力であることで知られている。竜族の棲む山を領内に抱え、魔樹の森に領の3分の1を覆われた、リガルディアの最も大きな交易路を持つ領地。魔物の多さから、人間に忌避される土地。魔物が多いが故に、農作物がまともに育たず、領内の食糧の大半を交易で仕入れている、リガルディア国内では王都に匹敵する経済規模を持つ領地であった。


リガルディア王国は基本的に、経済規模の大きな都市を抱えている領地ほど高額な納税義務が発生する。フォンブラウ領などはその筆頭であり、その税収が落ちているのは、魔物が発生したことにより、本来納税できるはずの魔物討伐に従事している者たちが死んだことを指す指標にもなっていた。


「今年はテウタテス様が出撃なさるご予定だとか」

「御爺様が……相当面倒な魔物でも出たのでしょうね」

「そうでしょうね」


ロキの祖父テウタテスは軍神テウタテスの加護持ちである。防御に秀でた軍神で、領地を守る、という観点での出撃こそ彼のスペックを遺憾なく発揮できる。

アーノルドが王都に出ている間は、基本的に当主の座を退いたテウタテスとその父アーサーが領地を守っている。テウタテスの妻エメラルディアとアーサーの妻フィニアも前線で活躍できるほどまだまだ健在だ。


「それで、アリア、本題は?」

「ロキ様の誕生日パーティが予定より縮小されそうで、アリアは大変遺憾です」

「むしろ都合がいいわよ」

「……本気ですかぁ?」


アリアが淹れてくれた紅茶を飲みながら、ロキは考える。

公爵家主催の誕生日パーティともなると、王家に次ぐ規模になるため、なかなかお金がかかる。そして、この世代のフォンブラウは子供が多い。最低でもプルトスとフレイ、スカジ、ロキ、トール、コレーの6人が誕生日を迎えるたびにパーティを開いていたら、お金などいくらあっても足りなさそうだ。


そして、ロキはドレスで長時間過ごすとかお断りなのである。今だって、楽なシャツにスラックスという、女としてはどうなんだと言われるような服装をしていることだし。


「そもそも、あんまり大規模にされるとボロが出そうで嫌なのよね」

「あー、ロキ様の言う“違和感”ですか?」

「ええ」


アリアと母スクルドくらいにしか相談できていないのだが、ロキにはちょっとした問題があった。


「最初から男勝りな令嬢とかどうでしょう。ぴったりだと思います」

「それはそれでなんか嫌よ。せっかくなら完璧な令嬢を演じれるようになりたいの」

「なりたいんじゃなくて、演じるってところが肝ですねえ」


アリアが笑う。ロキは肩をすくめてソファに座り直した。


「旦那様にちゃんと相談すれば、誕生日パーティにあれこれもいろいろと聞いてもらえるかもしれませんよ?」

「うう、ただでさえ父上はお忙しいのに……」

「そんなこと考える5歳児なんてそうポンポンいられても困りますって」

「……それもそうかぁ……」


アリアはスクルドの指示でロキの誕生日パーティの準備の中でも、ロキの服やアクセサリーなどを選ぶ役に抜擢されていた。アーノルドは王城に上がって書類仕事に追われている。たまに家に帰って来ても、すぐ執務室に籠って仕事をしているような状態だ。


「とりあえず、早く衣装を選ばなくちゃ、小物とかもあるんですからね」

「分かってるわよ……はぁ、男装したい」


お、とアリアは心にロキの呟きをメモした。あまりロキは自分の希望を口にすることが少ないので、こんなことを呟きつつもドレスを選んでいるのだ。普通ならばこうする、常識的に考えて、という判断基準をロキが持っていることをしっかりとアリアが理解するのはもっと先のことになるが。


スクルドに相談しよう、と思いながら、男物のアクセサリーをアリアは見繕い始めた。



アーノルドが王宮から戻ってきて家族と共に夕食を食べた後、執務室に引き上げるのはいつもの事だ。仕事持って帰ってくるなとは言えないので、アリアは滅多に希望を出さない主のために精力的に動き回る。


「旦那様、スクルド奥様」

「なんだね」

「あら」


早急にお耳に入れたいことが、とアリアはアーノルドの執務室に入り込んだ。アリアの正体にアーノルドは気付き始めている気がする。


「ロキ様のパーティ用の衣装のことについてなのですが」

「ああ」

「あら、ロキちゃん何か希望を言ってくれたの?」

「はい。男装がしたいとぼやいておられました」


まあ、とスクルドが目を輝かせ、アーノルドは瞑目した。何か考えることがあったようだ。公爵家の令嬢が男装ってどうなのと常識で問いかけてはいけない。大切なのは周りにどう見られるかではなく、ロキが体調を崩さずにパーティを無事に終えることなのだから。


「じゃあロキちゃんの衣装は男物でいいわね。ありがとうアリア、明日は私も行けるから、そこで衣装確定させちゃいましょう」

「かしこまりました」


あまり大きな規模のパーティにできなくて済まない、とアーノルドが呟く。スクルドはそれに笑って返した。


「むしろ、ロキちゃんはあんまり大きなパーティは好きじゃないみたい。呼ぶ人も限られるだろうし、小さいのでロキちゃんは満足するんじゃないかしら」

「しかしだな……」

「大丈夫よアーノルド」


スクルドはアーノルドの言葉を遮った。アーノルドの考えは分かっている。銀髪のロキを守るために貴族たちの目にロキをお披露目しようと考えていたのだろう。しかし、ロキの精神が男で身体が女、という奇妙な状態の解決を見なければ、下手にどこぞの令息の婚約者にされでもしたら、相手の令息もロキもあまりに可哀そうだ。


「そうだわ、ドゥルガーを呼びましょう。あの方なら私たちに分からないものも見えているかもしれないわ」

「……それもそうだな」


スクルドとアーノルドの学友だった男の妻――ドゥルガーという女神の名を冠された加護持ちの名を出し、スクルドはアーノルドに言い募る。アーノルドもなんだかんだで解決策を持ってはいなかったのだ。ロキの事を考えれば、今の時点でロキを表に出すのは得策ではない――それくらい、分かっていた。


「ロキちゃんの魔力判定も早くできるといいのだけれど」

「そうだな」


アリアの暗い赤い瞳とアーノルドの炎色の視線が交わる。


「敢えて問おう。貴女の見解は?」

「ふふ」


アリアは笑みを浮かべる。暗い赤が鮮血の赤へと変わった。


「ロキ様には大きくなっていただかないと、あの方だけが首長(ロード)を護ることができるのですから。竜の契約をした方が良いわ。けれど、会わせればそれで事足りる。ロキ様に逆らえる竜など居ないのだから」


胸の前で手を組み、うっそりと笑みを深めたアリアに、アーノルドは目を見開き、身体を強張らせた。おかしい、子供に向ける顔ではない。まるで、彼女もまた未来を知っているかのような。


しかもそれは、スクルドのような、神の権能によって見せられるランダムな未来ではなく。


「……列強に、何が起きているんだ……?」

「大丈夫よ、フォンブラウの紅狼。貴方にもいずれ分かる日が来るわ」


さて、と手を解き、瞳を暗い赤に戻したアリアはアーノルドとスクルドに一礼した。


「そろそろロキ様のお風呂の時間なので、行って参ります。伝言等あればお預かりいたします」

「っ、」

「明日は母と準備の続きをしましょう、と伝えて頂戴」

「かしこまりました」


アリアが執務室を出て行く。アーノルドは深く息を吐いた。


「紛れ込んでいるとは思っていたが、とんでもない大物が紛れていたな……」

「あら、アーノルドが戦えば下せる相手なのに何を仰っているの?」

「お前俺が小心者なのを知ってて言って……確信犯め……」

「アーノルドは勇気ある人だもの」


ふふ、とスクルドは笑う。少し疲れたような、ほっとしたような表情のアーノルドは、ロキの誕生日パーティの準備の大詰めに入った。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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