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2021/06/07 加筆修正いたしました。大幅に話が変わっておりますので再読の方はお気を付けてください。
2026/01/22 本文修正しました。
2026/07/02 加筆修正しました。
「旦那様、お手紙が来ております」
「!」
王都邸宅で執務をしていたアーノルドのもとに、ガルーが手紙を持ってやってきた。アーノルドは手紙を受け取ると、封蝋を眺める。アーノルドがよく知る、魔術教団所属の魔術師が好んで使う、宝石の紋様があった。
ミスリル細工のペーパーナイフで封を切り、便箋を取り出す。微かに込められた風の魔力が、アーノルドの髪を少しばかり揺らした。
「……なんと?」
「――アンリエッタだ。ロキとプルトスの件、引き受けてくれるそうだ」
「それはそれは、ようございました。これで旦那様も少しは執務が手につくでしょう」
「むぅ……!」
あまり執務が進んでいないことは、ガルーにはバレていたようだ。執務が下手に長引くだけなのだから、さっさと終わらせた方が良いと何度もガルーは言った。それができるだけの力をアーノルドはちゃんと持っている。なのに手につかないのだから、これから頑張ってもらうしかないのだ。
♢
「ねえさま!」
「いらっしゃい、トール」
ロキは部屋にやってきたトールを抱きしめる。ブルーバイオレットの髪とサファイアの瞳を持つトールは、ロキのお気に入りと呼んでも差し支えない状態になっている。ロキがトールに構い倒しているので、プルトスと会う機会も減り、喧嘩も減ってきた。
ロキは今年で5歳になる。2年前スカジの誕生日には盛大なパーティが開かれたが、今年はちょっと難しそうだとスクルドがものすごく申し訳なさそうにロキに告げてきた。ロキは別に構わなかったのだが、5歳、10歳、15歳がある種の節目の年であるらしく、本当は5歳でちゃんとお披露目パーティをするのが普通だという。
ロキの誕生日パーティも、それはそれは盛大にやる予定だったらしい。ロキは神子であるので、教会に預けないならばそれなりに盛大にお披露目をする必要が出てくるのである。これは教会にロキを奪われないためにも必要なことなのだ。
だが、それもこれも金があればこその手段であって、諸々の事情でロキのパーティに掛けられる金があまりないとなると、自然と小規模なパーティになる。そうなってくるとその子供はいろいろと言われるのが常。ならば、ということで、招待客をかなり絞る方向でロキとスクルドは計画を立てることにした。
今年のフォンブラウ公爵領の税収はまあまあである。まあまあの税収があるにもかかわらず公爵家が使える金が少ないという状況の裏側には、フォンブラウ公爵家特有の、農耕地が少なく魔物が多いという土地柄の問題が潜んでいるのだ。
農耕地が少ないが故にそもそも主食を育てている面積が小さく、魔物が多い為に農耕地や農村、街道の被害が出る。故にフォンブラウ公爵領の納税は基本貨幣で行われる。最も金額が多い納税者は冒険者と呼ばれる者たちだ。
冒険者は冒険者ギルドに登録しており冒険者ギルドが身分証であるギルド印章を発行している者の事を指す。依頼を受け、完遂が確認されたときにギルド側で税金を差っ引いてから報酬を冒険者に渡すことが多い。
つまり冒険者があまり稼いでいないという状況になるとフォンブラウ公爵領の税収は減るのである。とはいえ今年は単純に必要なことに金を使ったら残った金が少なかった、というパターンであるらしく、冒険者の納税を領地経営でだいぶ使ったという状況だとロキは予想している。
スクルドはロキちゃんの誕生日パーティーが、と嘆いていたものの、ロキ的には初めて参加するのが身内だけの茶会や小規模パーティではなく自分の誕生日パーティー、しかもお披露目を兼ねて、なんて、ちょっといきなりハードルが高すぎやしませんかと突っ込んでいたところである。
規模をかなり縮小して、呼ばなければならない最低限だけ招待することにしたとはいえ、公爵家の嫡子の誕生日パーティーなので、小さいといえど規模はお察しなのだが。
ついでにトールのお披露目もすることになった。ロキも本当はスカジの誕生日パーティでお披露目するのがタイミング的にも丁度良かったのだという。しかし誕生日の主役であるスカジよりも、銀髪の子供は話題を搔っ攫う可能性が高すぎた。だからアーノルドたちはロキのお披露目のタイミングをずっと計っていたのである。
招待客のリストはロキは見ていない。スクルドが任せてくれと言って見せてくれなかったからだ。ロキの友達になってくれるであろう子供たちもリストに入れてあるらしい。いったいどこの誰を呼ぶのやら。
ロキはトールを撫でつつ思考を飛ばし続ける。
ロキに付けられることになったアンリエッタという家庭教師。アーノルドの学友であるという彼女は、魔術が専門とはいえ長く家庭教師を務めてきたらしく、様々な教科に対応可能であるという。加護についてもかなり造詣が深く、プルトスの家庭教師も務めることになった。ロキは最初、やっとプルトスの家庭教師が見つかったのだと思ったほどである。ロキ自身の家庭教師であるといわれて宇宙を背負った猫のような顔になった。
実際プルトスはなかなかいい家庭教師が見つからず、フレイからかなり勉強では置いて行かれていたらしい。スカジも追いついて来るし、ロキには読書だけで追いつかれた。であるから、ロキの勉強はまだ急ぎではないため、最初はプルトスの方に勉強を教えてもらうことになったのだ。同じ部屋に押し込められたら流石にプルトスとロキ両方暴れたと思われるが、そんなことにはならなかったのでよかったとロキは思っている。
ロキやロキの兄姉たちの学習レベルについてだが、ロキはフレイのために購入された本をフレイから借りて読んでいる。ロキにとっては絵本のような自分用の本より、中学生レベルの資料集や便覧のようなフレイの持っている本の方が、興味を刺激するためだ。3歳のトールには全く分からないにしても、5歳の子供が10歳くらいの子供が読む本を読めていたら、それはそれで騒がれてしまうだろう。アーノルドたちが上手く情報を規制しているらしかった。
ロキは別に目立ちたくないとか平穏に暮らせればそれでいいとかいう平和路線的な考えは持ち合わせていない。生まれた時からロキ・フォンブラウだったロキにとっては、前世の記憶を引き継いだ自分という存在は、前世で見た悪役令嬢ロキという人物像を理想として提示した。――とはいえ、性自認が男であるので、『イミラブ』のように第2王子カル・ハード・リガルディアの婚約者になるのはちょっと無理だと思っている。
アーノルドはロキが現状をしっかり理解できると踏んだうえで、性自認と性的嗜好の確認をしてきた。具体的には、同性との婚姻をどう思うか、はとこ同士での結婚はアリか、王族との婚約をどう思うか、などである。ロキはカルという名の第2王子がリガルディアに生まれていることを知っているので、別に結婚婚約したいならすればいいじゃない、私は嫌ですが。と、全部肯定したうえでばっさり切り捨てた。
カル王子の生母は現王ジークフリートの王妃であるロマーヌであり、王妃の実家はロッティ公爵家という。リガルディアに存在する5つの公爵家の1つであり、土属性を扱うのに長けた家であった。
なお、フォンブラウが娘を出さなければ、他に娘が居るのはロッティ公爵家であるため、ロッティ公爵家出身の王妃が2代続くことになる。スカジは戦女神の加護持ちであるため、王妃というよりは側妃に収まるのが最も良い。よって、最有力候補がロキだったのだ。しかし今回ロキはその座を辞すことになった。次に王妃候補となるのは、ロッティ公爵家の娘ロゼとなるだろう。
他に同年代の爵位の高い家の令嬢が全くいないのかと問われればそうではないのだが、そこは国内の貴族同士のバランスの調整を兼ねているため、選べる家と選べない家があるのは当然のことである。
ロキは『イミラブ』においてロキ・フォンブラウが悪役令嬢として扱われていたことくらいは知っている。ゲーム内では、ロキはカル第2王子の婚約者として登場するのだ。つまり、この婚約で第2王子との婚約をするに至り、後にヒロインがやってきて、王子の心を奪い去って、悪役令嬢は嫉妬に駆られての行動を断罪され、国外追放とか何とかの罰を受けるのだろう。
ロキはぼんやりと思考を追いかける。詳細は知らないが、知っている部分だけでも知識のおさらいをしておかないと忘れてしまいそうで、定期的に思考を回すことにしている。
トールがロキの意識を引き戻すように袖を引くのでロキは思考を止めた。すっかりロキに懐いたトールは、どこへ行くのもロキについて来ようとする。ロキはそんなトールを可愛がっていた。ゲームの詳しい内容などあまり知らないので、今目の前の事実を受け止めて生きていくぐらいしかできないのだ。それはそれとして、慕ってくる子を構いたくなるのは地球もアヴリオスも変わらない。
ロキは抱き着いてくるトールを撫でながら持っていた本に視線を落とした。それはロキたちの住む大陸にかつてあった大国と今ある国の成り立ちの神話だ。トールも一緒に覗き込む。
♢
ロキたちの住むリガルディア王国には、前身となった帝国が存在する。その国の名前は、ガルガーテ帝国。この国家は、人間たちの国だった。
人間の国、というのは、他に竜やら吸血鬼やらの勢力に対する人間の勢力図を表した言葉である。国の体裁を取っていたのは、他にエルフやドワーフの国があったからだという。人間、というよりもヒトやヒューマンと呼ばれる種族は、他の種族に比べて力は弱く、しかし絶対数は多かった。
ガルガーテ帝国は、倒れる前に死徒列強第3席『蟲の女王』ロルディアと戦っている。ロルディアは自身を頂点とした巣を持ち、国家を形成するほどの軍勢を引き連れた不死身の女王の事である。ガルガーテ帝国と彼女の間に何があったのか詳しいことは文献には残っていないのだが、ロルディアが人前に現れるのは、自身の娘たちが危険に晒されたときである――人間が、ロルディアのいた森に火でも放ったのだろうといわれている。
とにかく、ロルディアとガルガーテ帝国は戦争し、ガルガーテ帝国の敗戦で戦争は幕を閉じた。終戦に際して、ロルディアだけではなく、全ての列強を相手に「帝国の人間に手を出さないこと」を契約をすることになり、その際契約の為に助力を願ったのが、竜族だったのだ。
普通に考えれば、どうして敗戦側に都合の良い条件を揃えられたのか、疑問に思うだろう。単純な話だ。ロルディアたちは別に何が欲しかったわけでもなく、ただ目障りで耳障りな人間を自分たちの勢力範囲から退けたかっただけ。その為に、帝国に居る邪魔な皇子を排除した。
竜族の助力を得た際、ガルガーテ帝国は最も尊い犠牲を払った。竜族と心を通わす御子、『竜帝の愛し子』がロルディアの元へ人質に出されたのである。結果、帝国は助かったものの、兄皇子を人質に出された弟皇子が皇位を継ぐこととなり、ガルガーテはその後、最後の皇帝となった弟皇子によって、3つの国へと分けられた。
それが現在の、ガントルヴァ、リガルディア、センチネルの3国である。
地図上には3国とも残っているものの、センチネルは1500年ほど前に、ガントルヴァと開戦、停戦や休戦と開戦を繰り返しながら徐々に国土を削られ、今やその勢力の95%ほどをガントルヴァに奪われていた。
「……」
絵本から少しばかり小説に近い形になった本を閉じて、ロキは小さく息を吐いた。正直な話、目の前に広がる世界が自分の知るゲームの世界とどれくらいの乖離があるのかを知りたい。自分が見知ったゲームの世界との乖離が大きければ大きいほど、自分にとってこの世界が現実になることを知っているかのような行動だ。
ロキはソファに座って本を読んでいたのだが、トールはいつの間にかロキの膝の上で眠っていて、迂闊に動けなくなった。仕方がない。このままトールを抱っこして眠っても問題ないくらいにはロキの勉強の進度は早いので、メイドが起こしに来るまで眠ってもいいかもしれない。閉じた本をローテーブルに置いて、トールの頭を撫でながらソファに沈み込む。
『イミラブ』の情報を詳しく知らないロキは、リガルディア王国がどうなるのかの詳細を知らない。だが、トールが『イミラブ』の攻略対象の1人であることくらいは知っている。
今後がどうなるかはわからない。それでも、大事に思う弟を守りたい気持ちは大事だと思うのである。
トールの温い体温に触れているうちに、ロキもまた瞼が落ちていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




