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2021/06/02 大幅に加筆修正しました。
スクルドの実家帰りがそれなりに大騒動になったことを除けば、その後フォンブラウ家は概ね順調に子供たちを育てている。
「いもーと! ですか?」
「そうよぉ」
時は流れあれから2年。ロキは3歳になり、漸く大分まともに喋れるようになった。念話を禁止されてから、ロキは皆にうまく自分の意志を伝えることができず、演技に磨きがかかったのだが、それは今は脇に置いておく。
トールに、妹ができた。とはいっても、異母妹なのだが。
ロキにとっても初めての妹だ。名は、コレー。また加護持ちだった! やったね!! 「父上泣いてね?」とロキが思ったのはたぶん見間違いではないだろう。現在いるアーノルドの子供は全員加護持ちであることが分かっているとアリアが言うので、コレーも何かの女神の名前なのだろうと思って調べてみたら、ギリシャ神話系の女神だった。
「ごめんねフレイちゃん、ロキちゃん、トールちゃんのことお願い!」
「大丈夫です! ゆっくりされてください」
「お姉様をしっかり着飾らせて差し上げてくださいまし」
「いってらっしゃーい!」
子供たちに手を振った後、じゃあ子供たちのことお願い、と自分の子供たちをメティスに預けて、スクルドが部屋を出て行く。
「……ロキ、お前がいると、俺とお前どっちが年上かわかんないな」
「まあ、精神的にはお母様たちと年齢あんまり変わりませんからね。こんなんですけど、中身は男ですしおすし」
「未だに信じらんない……おすしってなに?」
「食べ物です」
トールを抱っこして、ロキはソファへ向かった。プルトスも同じ部屋に居るのだが、プルトスは基本的にロキを徹底的に嫌っている。ロキがトールに頬を抓られたのを見て、プルトスはハン、と鼻で嗤った。
「プルトス兄様今嗤いましたね?? トール投げますよ??」
「弟を投げるなんて随分と粗暴だね。ああ怖い怖い」
「は? 腹違いとはいえ妹に侮蔑の視線を向ける人に粗暴だと言われても妾の子供がなんか言ってるぞくらいにしか思いませんけど? やっぱやめた、トールが汚れますわ」
「母上を馬鹿にするなよ!」
「あらやだこわーい」
ロキのこの人をおちょくった態度は、基本的にロキを馬鹿にした者にのみ現在向けられている。つまり、主にプルトスにのみ向けられている。それがプルトスはまた気に入らないらしく、ロキが声を掛けるたびに何か言い返したり態度で示したりするから、それを更にロキが拾って投げつけてくる、というのを繰り返している。
ロキが、メティスをただの第2夫人だと思っていないことも、プルトスの立場が弱くなる理由であった。アリアが意味深な返し方しかしないから、いつかメティスの出自については聞いてやろうと思っているのだ。それに、精霊竜の伝承は、何故かは分からないが、書物にほとんど存在していなかった。メティスから聞くのが最も近道というわけだ。
ただ、ロキは、『イミラブ』における悪役令嬢としてロキ・フォンブラウが登場した理由に思い当っていないことも無い。というか、十中八九この性格が原因だろう。物言いがいちいち相手の癪に触るのだ。狙って言っている自覚があるのがなんとも言えないところだが。
「プルトス、貴方じゃロキに口では勝てないんだから、小馬鹿にしたりしなければいいのよ」
「でも、母上!」
「先にロキを馬鹿にしたのはプルトスでしょう」
「う……」
プルトスは別に愚かではない。何が正しいかはわかっているのだ。それが分かっているから、ロキも特にプルトスを言葉でめった刺しにすることも無いのだが、一向にロキへの態度が変わらない。加護に振り回されているんだろう、というのがアーノルドの見解だったので、ロキもその辺はゆっくり見守っていくつもりだ。ただ、それを表情に表すと、生温かい眼でプルトスを見ている、という状況になり、プルトスがそれを馬鹿にされたと勘違いしてギャーギャー言い始めるのだ。
ちなみに、ロキはかなり表情が変わりやすく、プルトスを刺激したくないと伝えたところ、アーノルドが扇子をくれた。口元を隠せという事らしい。パチンと音の鳴る扇子ではないが、口元を隠すだけなら十分だ。
「そういえば、ロキはもうそろそろ家庭教師が付くんじゃない?」
「あら、そうなのですか?」
「アーノルドが友達呼ぶって言ってたわよ」
メティスがコレーを撫でながらロキに話を振る。ロキは笑顔で答えた。
「お父様の御友人の方なら、さぞ高名な魔術師様のなのでしょうね」
「そうね、Aランクって言ってたかしら」
「国内にも10人しかいないという、Aランクの魔術師の方ですか」
ロキはどんな人なんだろうと考えを巡らせ始める。
リガルディア王国には、魔術師だけでなく、およそ全ての職業にランクが付けられている。一番下から、F、E、D、C、B、A、S、Xとあり、事実上一番上はSランク。Xというのは、古い時代の遺物などにつけられるランクであり、長命な種族の多いリガルディア王国では、現存するXランクを冠された人物は2人存在している。
魔術師に限っていえば、事実上最高峰であるSランクには、アーノルドをはじめとする国内有数の魔術師が名を連ねる。Aランクと言えば、その次だが、魔術のみならず魔法が撃てるのはここまでだ。
魔術よりも魔法の方が強力で、古い時代のものほど魔法に適性を持っている。代を重ねるごとに、魔法の適性は失われていっていた。
とはいえ、この基準についてはリガルディアに限った話であり、国際基準ではない。国際基準はもっと低いのだ。国際基準は倒せる魔物のランクでランクが分けられているのである。リガルディアで魔物を倒すような働き方といったら、冒険者か騎士か、衛兵だ。冒険者はまだいいとして、騎士や衛兵は国がある程度管理している。弱くては話にならないから養成学校も作っているし、リガルディア王国内の対魔物の職に就いている者は、たとえリガルディア内部でそこまで強くないと言われていたとしても、リガルディアから一歩出ただけでその強さに驚かれるのが常だ。
「プルトスには家庭教師まだいないけれどね……」
「はは……加護に理解のある方でなければなりませんからね」
「そうなんだけど、もう、アーノルドったら、ちゃんとプルトスを受け入れられる人が良いっていうのよ。そんなんじゃ、プルトスの訓練にならないと思わない?」
「うーん、どうなんでしょう。人死にが出るような物騒な加護であれば、とは思いますが、プルトス兄様の状態ならば、それこそ後々訓練をすればいいのではないのでしょうか?」
メティスとロキの話についていけなくなったプルトスが首を傾げる。フレイは早々に諦めてトールの頬をつついて遊んでいた。
♢
「……あ?」
「あら?」
メティスの部屋でお昼を食べ、まだ終わらないスカジのドレス選びをちょっと覗きに行って、戻ってきたところで、ロキがふらついた。
「ロキ、大丈夫?」
「はい……」
メティスが支えてくれたのでロキは倒れずに済んだが、身体から力が抜けて動けなくなってしまった。ふっと足から力が抜けた感覚で、手の指先にも力が入らない。
「ロキ、どうしたの」
「ねーさま」
フレイとトールが心配そうにメティスの腕の中を覗き込む。メティスはしばらくロキの身体を見ていたが、途中でテーブルに置いてあったベルを鳴らした。少しするとアリアが飛んできて、ロキを受け取る。
「遅くなってすみません」
「いいの。それより、今ロキってどうなってるの? 魔力が溜まるのは分かってたけれど、早くない?」
「えっと――うわ、何これ!」
取り繕うことができなかったらしいアリアがあわあわと軽いパニックを起こしながら行動を開始する。ちょっと、こんなの聞いて無いわよ、とぼやきながらも、ロキに何らかの術を掛けて落ち着けた。
「ロキに魔術使って大丈夫なの?」
「封印の中ギリギリまで魔力が溜まっちゃってます。魔力酔いですね」
「え、酔うの?」
「いえ、ロキ様の種族では普通酔わないんですけれど」
とりあえず、旦那様にお伝えしてきます、といってアリアは部屋を出て行く。
1分くらい経っただろうか。部屋の中に突然アーノルドが現れた。
「ロキの事とっても心配なのね、アーノルド」
「……まあな」
突然部屋に現れた父親に、フレイがとった行動は、とりあえず抱き着いてみることだった。
「父上!」
「ん、後でな、フレイ」
「い、いやです! ロキはどうなってしまうんですか!?」
「……大丈夫だ。少し気分が悪くなっただけだろう」
フレイはまだ不安げだが、状況が分からず泣きそうになっているトールを見て、慌ててトールの方へ向かった。ふええん、とコレーが泣き始めて、アーノルドはロキを抱き上げて早々に退散した。後にロキは知ったが、アーノルドはかなり耳が良いのだそうで、すぐ横で赤子が泣くのは今までの経験上あまり自分の耳によくないことが分かっていたらしい。
スクルドとスカジの予定を取りやめさせたくないとロキが主張したため、ガルーとリウムベルに症状を見てもらうことになった。医者を呼んだらスクルドの耳にも入ってしまう。そうなれば、スカジをほっぽってロキの方に来ること請け合いの母親である。
「……晶獄病ですな」
「間違いありませんね」
簡単な触診だけで分かってしまったらしいガルーとリウムベルの言葉に、アーノルドが頽れた。
「そんな……!」
「旦那様、予定を前倒しすべきでしょう。もともと危惧されていたのでしょう? だから私めにわざわざネイヴァスの近況を調べるよう仰ったのでしょう? であれば使うべきです」
「……そう、だな」
分かっていたことだ、と自分に言い聞かせるように呟いたアーノルドは、顔を上げる。
「まずは一度魔力を抜かねばならんな。リウムベル、合わせられそうか?」
「いいえ、私じゃできませんね。もっと細かい調整が利く子が望ましいですよ。アリアならできるでしょうね」
「ふむ。アリア、できるか」
「問題ないですよー」
ロキに聞こえていたのはこの辺りまでだ。とりあえず、自分のことは大人たちが何とかしてくれる。ロキはそう思って、そのまま意識を手放した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。