迷子の仔羊
モナクス・ドムス。そこは修道士の聖地としていくつかの教会が集まっており、中央教会が町を統治している。国とは別の独特なルールがある町だ。
ここはノーステラから徒歩3日ほど。王都に向かうなら必ず通る町であるが、カノンたちは未だ現れない。
カノンたちは今、どこにいるのだろうか…。
「なぁ、なんで俺らこんな森の中にいるの?」
上を見上げれば空を覆い隠す背の高い木々の葉っぱ、周りを見渡せばどこまで続くのかわからない太い木々の群れ。歩き疲れてヘトヘトなグリコが問う。
カノンがバツが悪そうに目をそらす。
「前にもこんなことあったよね〜。」
苦笑いしながらリンゴがつぶやく。その言葉にカノンはさらに小さくなる。
本当になんで森の中なんだ…。前と同じく30分前に遡ってみよう。
〜30分前〜
ノーステラを出発して3日目。カノンたち3人は一本道を歩いていた。
「次の町はまだかな〜。」
半分欠伸しながらカノンが言う。一本道の他にはどこまでも広がる草原があるだけで、敵も少なく、とても暇なのだ。
「夕方には着けると思うよ。」
リンゴが地図を手に笑いながら言う。しかし、その顔には少し疲れが浮かんでいた。
「やっぱり馬車買えばよかったか?」
リンゴの様子を心配してグリコが言う。
ユースティティア盗賊団に盗られたお金はミネラミコーのギルド連合に回収して届けてもらった。その時、盗賊団に散々迷惑被っていたという町の人たちからお礼として銀50枚も追加されていた。
「無駄遣いはダメだよ。いつ必要になるかわからないんだから。」
リンゴが堅実な意見を述べる。いつかの教訓を踏まえ、今回は各自銀10枚ほど持って、残りはギルド連合の銀行に預けさせてもらった。これで、盗まれても残金ゼロにはならないだろう。
「お金返ってきてよかったね〜。これで欲しかったものも買えたし。」
そんなカノンの言葉にリンゴとグリコは動きを止める。
「カノン。また無駄遣いしたのか?」
怪しいものを見る目でグリコは聞く。全く気に留めない様子でカノンは荷物から小さな筒状のキーホルダーを取り出した。
「無駄遣いじゃないもん。銅30枚ですごく安かったんだよ。」
最近、持ち歩く金額や手に取る金額が増えたために金銭感覚がずれているようだ。村にいた時は銅10枚でも高くて手が出せなかったのに…。
呆れながらリンゴは何を買ったのか聞く。
「えーっとね、魔法が入った筒なんだって。これには行きたいところに行ける魔法が入ってるって言ってたよ。これを開けると魔法が発動するんだって。」
カノンは実際に使い方を見せながら説明しようとする。
「えっ!ちょっと待って!!」
カノンを中心に白い魔法陣が描かれる。
「あっ…ごめん…。」
しまったという顔をするカノンと止めに入ったリンゴとグリコは白い光に包まれ、鬱蒼と茂る森の中に降り立った。
というわけで、
「で、これからどうする?」
グリコが尋ねる。カノンの持っていたアイテムの転移魔法は一回限りのものだった。リンゴも転移魔法を使えないので、魔法で元の場所に戻るのは難しいという結論に至った。
「とにかく、ここがどこなのかわかればもう少し対策もとれるんだけど…。」
名誉挽回すべく、カノンは木に登り、ここがどこなのか調べてみようとはしたのだ。しかし、手の届くところに足場がなく、上までたどり着けないまま力尽きてずるずると落ちてきてしまった。
「お腹もすいてきた…。」
食糧は荷物になってしまうので、あまり買わず、道中現れるであろう魔物を倒して手に入れようということになっていた。
しかし、道中魔物が出ることはなく、食糧は今朝ついに底尽きてしまったのだ。
もうすぐ町に着くから大丈夫だよねと話していたのだが…。
ぐ〜きゅるるる〜
3人の腹の虫が合唱する。カノンがすくっと立ち上がった。
「もう一回登る!」
目を丸くしてリンゴは尋ねる。
「さっき、半分も登れなかったのに?」
そこでカノンはちょっと考えてこう言った。
「この前、鳥の魔物と戦ったときみたいにグリコに打ち上げてもらって、リンゴの魔法でさらに上に行くことってできないかな?」
上を見上げてグリコがつぶやく。
「どこまで飛ぶつもりだよ…。」
その疲れた突っ込みにカノンは上空にある枝を指差す。
「10mどころじゃないよね、行けるかな…。」
30mくらいはあるんじゃないかとグリコはつぶやく。カノンはやってみなきゃわからないとずいぶん前向きだ。
他に策もないのでやってみることにした。
「行くよー。」
10歩ほど離れたところからカノンが手を振る。リンゴはグリコの横で詠唱を行い魔力を溜めていた。
「おう、来い!」
グリコの声を受けて、カノンはグリコに向かって走り、大きく跳んだ。そのまま、グリコの構えた剣の上に足を乗せると、カノンの動きに合わせグリコが膝を沈める。
「せーの!」
グリコは掛け声に合わせて一気にカノンを上に打ち上げた。カノンは木に並行して3分の1くらいまで上がった。
「"ヴァン ショット"」
リンゴが真上に放った風はカノンをさらに上へ押し上げる。
無事枝に手が届き、木登りに成功した。
「本当に登っちゃったね…。」
疲れきった顔でリンゴはつぶやく。
「降りる時どうするんだろうな…。」
グリコとリンゴは言葉もなく、呆然と上を見上げていた。
ガサガサ
なんとか掴まえた枝から安定した足場を得て、カノンは上を目指し木を登っていた。
「うん、成功してよかった。」
グリコに打ち上げてもらってから、失敗して落ちたらどうしようと内心ヒヤヒヤしていたのだ。
枝と葉っぱをかき分け、ついに明るい光の元に顔を出した。
「わー、やっと着いたー!」
カノンはまるで長い間水の中にいてやっと水面に出てきたような、久々に美味しい空気を吸えたかのような清々しい気分に浸った。
木の上から見える景色は驚くほど綺麗だった。森はそんなに遠くまで続いているわけではなく、細く高い時計台とと白い城壁が見えている。
「町がある!」
一刻も早くグリコたちに伝えたいと思ったカノンは木から降りようとした。しかし、その時、普段村にいた時の癖で枝から飛び降りた。
「あれ?」
気付いた時にはもう遅い。登る時に最初に掴まった枝からも離れ、下には目をまん丸に開いているグリコとリンゴがいる。
慌ててリンゴが魔法を唱えようとしてくれたが、みるみる距離が縮まっていく。詠唱は間に合わず、カノンはグリコとリンゴの上に落ち、目の前が真っ暗になった。
カノンが落下する様子を偶然にも目撃していた少年がいた。少年は気を失った3人にゆっくり近づくと3人に脈があることを確認し、魔法を唱えた。すると、カノンたちの下の土が少し盛り上がり、小さな土人形が出来上がった。少年が歩き出すと、カノンたちを担いだ土人形も動き出した。