1-6. 変わる学園生活②
午後の授業を終え、寮の自室に戻る。
扉の前に立つと、中から人の気配がした。同室の彼女も部屋に戻っているようだ。背筋が伸びる。
(平常心、平常心……)
深呼吸し、扉を開けると、栗色の髪の女子生徒と目が合った。髪と同じ色の瞳が、大きく見開かれる。
(チャンス!)
小首を傾げ、ソフィアに教えてもらった、渾身の「とびきりの笑顔」を見せつける。
「ご機嫌よう」
すると彼女は、ビクッと肩を跳ねさせて……慌てて顔を背けた。
(あれっ!?)
返事もない、さては失敗したか。
(なんだかなあ……)
どうにも上手くいかない。落ち込みながら、鞄を机に置くと。
「ねえ! ……じゃなかった、あの!ちょっといい!? ……ですか!」
「えっ、あっ、ハイ!?」
ウルスラが素っ頓狂な声を上げて振り返ると、同室の生徒がケースのようなものを抱えて後ろに立っていた。ワタワタと手を動かして言葉を続ける。
「ええと、あの、アタ……いやあたくし……?その、あなたサマに御用が、ですね」
慣れないながらも必死で敬語を使おうとする様が、少し前までの自分のようで、思わず笑みが溢れた。
「……できる範囲で構いませんよ。私も元々平民ですし」
「あ、本当!? よかったー」
ほっと胸をなでおろす。そして次の瞬間、彼女は再び目を見開いて、ウルスラに詰め寄った。
「あのね、アンタの髪と顔、アタシにいじらせて!?」
「いやー、ごめんね!びっくりさせて!」
同室の彼女──フィフィアンナ・ファロは、ウルスラの髪をカットしながら、からりと笑った。
「アタシ、おっ父が銀細工の職人で、おっ母がちょっと裕福な平民向けに仕立て屋やってんだ。で、おっ母のお客さんが来た時、たまにサービスで、髪を整えたりお化粧したりすんの」
その間にも、サキサキと慣れた様子でハサミを動かす。
「アンタのことはずっと気になってたんだけど、なーんかデコに角生えてるし、お貴族様っしょ? アタシ、お貴族様向けのおしゃべりなんかできないし、どう声かけていいか分ッかんなくてさあ。でもこうして同室になったし、意外と気さくっぽいし、イケッかな?って」
「そ、そうなんだ……」
ウルスラの生まれ育った地域の方言とも、友人たちの喋り方とも違う、ざっくばらんな口調に、戸惑いながらも頷く。
(びっくりしたけど……嫌われてなくてよかった!)
髪を切り終えると、今度は額の角を避けながらメイクを始める。
「角族ってんだっけ?背ぇ高いねー」
「ありがとう。もっと大きくなるよ」
「マジで!?」
角族は、ヒト族よりやや寿命が長い。
それに伴って、心身の成長も比較的緩やかなのだそう。混血とはいえ、角族の血が濃いウルスラは、まだまだ成長途中の子どもなのである。……たとえ、現時点で既に同室の彼女や友人たちの身長を上回っているとしても。
聞いた成長曲線の通りならば、これからまたさらに伸びる。そう告げると、彼女はしばし沈黙したのち……そっと口を開いた。
「……じゃあ、じゃあ……旧寮ぶち壊したのアンタって、本当?」
「違うよ!?」
壊していない、部分的にしか。
そんな会話をしている間にもメイクは続き、やがて、フィフィは軽く背中を叩いた。
「ほーら、美人さんのお出ましだ!」
「……っ!」
鏡の中にいたのは、紛うことなき美女だった。
まつ毛の長いぱっちりした目に、艶やかなくちびる。多少実母に似ている気はするが、記憶の彼女よりはるかに美しい。
思わず指先で頬に触れる。
「私じゃないみたい……!」
「何言ってんの、間違いなくアンタよ」
可笑しそうに笑いながら、顔の白粉を軽く擦って整える。
「着替えの時、アンタの顔見てすげー美人だと思ってさあ。『とびっきりキレイにしたい!』ってなったんだよね!!いやあ、大満足!!」
「ありがとう、ファロさん」
「フィフィって呼んで」
そう言うと、フィフィは今度は髪をいじり始めた。ウルスラの髪を一束掬い上げて、うっとりと呟く。
「キレーな赤だよね〜。校門のとこに咲いてるバラみたい……」
「そ、そうかな……?」
確かに学園の正門にはバラの花壇があったが、あんなに華やかな色だろうか。戸惑いながら、首を傾げる。
「このフワフワも、地毛だよね? 上手くやればかなりゴージャスになるよ! ふふふふふ……」
がばりと顔を上げた。
「夢が広がる!腕の見せどころだわ!!」
「地元……領地の人たちは、結構こんな感じだけど……楽しそうで良かったよ……?」
しかしフィフィの手が入ると、絡まるばかり、好き勝手はねるばかりだった髪が、あっという間に整っていった。
途中まで進め、ふと手を止める。
「ん〜……正統派美人セットも良いけど、ウルスラの顔立ちならもっとこう……女が惚れる女って感じで……」
そう言いながらササっと手を動かすと、鏡の中に、また雰囲気の違った美人が現れる。
燃え盛る炎のような、力強く華々しい赤髪。
長いまつ毛に縁取られた、深く鮮やかな緑の目は活力に溢れ、目鼻立ちのはっきりした顔は、美しいだけではなく気が強そうだ。
ほあー……と感嘆のため息が漏れた。
「すごい……」
「よしよし、カンペキ!完成でーす」
そう言うと、ぱんと手を打って、鼻歌混じりにメイク道具を片付け始める。
「やっぱイイわ〜、バラ系美女。盛れば盛るほど映える!!」
「フィフィは、侍女になるの?」
貴族の女性に化粧を施したり髪型を整えるのは、侍女の仕事だと聞いている。ウルスラは詳しくはないが、これだけ素晴らしい仕事ができるなら、引っ張りだこだろう。そう思って聞いてみると、フィフィは笑って首を横に振った。
「誰かに化粧したり髪をいじくるのは楽しいけど、侍女は性に合わないかな。アタシ、ジュエリーデザイナーになりたいの」
そう言って、どこからかスケッチ帳を取り出してきた。
「ホラ見て!アタシの描いたデザイン!イケてね!?」
「あ、アクセサリーは着けたことがないのでよく分からな……」
「そうなの!?もったいな!!」
驚愕の表情を浮かべると、フィフィはガッとウルスラの両肩を掴んだ。
「試作品あるし、着けなよ!!てか着けて!!モデルんなって!!」
「いや……」
「イヤリングひとつでも全然違うから!ね!ね!?」
「ちょっとそこで待ってて!」という一言と共にウルスラを放り出し、雑然と箱の重なる辺りを探り始めるフィフィ。正直、こんなに賑やかな人だとは思わなかった。
(ちょっとオパールっぽいなあ……)
そんなことを考えていると、中のアクセサリーを精査しながら、独り言のように愚痴る。
「まー、ジュエリーのお客も大半金持ちの平民かお貴族様だから、この口調は直さないとなんだけどねー。礼儀作法の授業はサッパリだし、やんなっちゃう」
「……!……あの、提案なのだけど!」
「?」
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