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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
1/6

1-1. 始まり

新連載です。よろしくお願いします。



自分本位で弱虫な、彼女の話。


「今日この時をもって、コレはこの家の娘だ。そのように扱うように」




 ───そう言われた日のことを、今でも、覚えている。








 オリディニ大陸東、鉱業で栄えた王国、アロイジア鉱国。

 そのアロイジア鉱国は北部辺境、デュボワ侯爵領。


 “彼女” は、物心ついた頃には娼館にいた。



 母親は知らない。娼館でも売れっ子の娼婦らしいということは、知っている。

 父親は知らない。娼館の客なんだろうな、ということは、なんとなく分かる。



 さりとて、特に知りたいと思ったことはない。

 太陽より先に起きて、ふらふらしながら井戸の水を汲み、洗濯・掃除。そうして一日中慌ただしく働き、硬いパンとスープを食べて、急いで寝る。

 その繰り返しこそが、日常。洗濯物を破いたり、うっかり客に怪我をさせたりして、食事抜きにならないか。今夜のスープに、肉が入っているかいないか。そちらの方が、よっぽど大事なことだ。



 その日も、洗濯物を抱えて廊下を歩いていると、女将の声が聞こえてきた。


「便利だねえ、アレは」


 機嫌の良さそうな声に、ちょっと胸が弾む。


(おかし、もらえるかも)


 足音を殺してそっと扉に近づき、聞き耳を立てると、男の声が問いかける。

「アレってどれだい」

「そりゃアンタ、赤毛のちびのことに決まってるじゃないか」



 ぴた、と。子供の動きが止まった。



 ああ、アレね、と応じる声。


「角族らしく力持ちで、雑用にもってこいだし、目鼻立ちもはっきりしてるよな」

「もう二、三年したら、お客を取らせようかねえ」

「ありゃべっぴんになるぜえ」

 ねっとりした男の声が続く。

「俺がいただきたいくらい……イテッ」

「バカ言うんじゃないよ!初物は高くつくんだから!」

「わあってるよ。産ませて良かったな」

 ……再び足音を殺し、足早にその場を去る。



 「おきゃく」のことは、どうにも好きになれなかった。

 お菓子をくれる人もいたけれど、皆一様にべたべたしてくるし、じろじろ見てきて、なんとなく気持ち悪い。



 今日も、洗濯物を運んでいる最中に廊下で目が合いかけ、慌てて逃げてきたばかりだ。水を張った桶に汚れたシーツを漬け、ため息を吐く。


(……いやだな)


 大人になったら、あの気持ち悪い人たちの相手をしないといけないのだろうか。いつも怖い顔で怒鳴りつけてきて、しかし裏ではこっそり泣いているお姉さんたちみたいに、自分もなってしまうのだろうか。


 桶の中、水面に映った自分の姿を見つめる。




 赤い毛玉みたいな頭に、額から緑色の角が一本。




 痛いほど冷たい水も、お腹が空いてたまらない夜も。

(いや、だけど)


 どうやったら避けられるか、分からない。










 転機は、その年の冬に来た。


 子どものいる洗濯場に、一人の女がやってきたのだ。




「ねえ、ここにガキいるでしょ。出して」





 恐らく、娼館の娼婦だろう。何もかも寒々しい色の洗濯場にそぐわない、身体の線を強調した派手なドレス。肉厚で、真っ赤な唇。長いまつ毛に、彫りの深いかんばせ。


 今まで会った誰よりも美しく、でもとても意地の悪そうな口元をした、怖い女の人。



 そしてその豊かな黒髪からは、自分と同じ色の角が二本、そそり立っていた。



 あ、と声を出す。


(もしかして)


 そう思った瞬間、女と目が合った。美しい顔がくしゃりと歪む。

「え、アレなの? 汚ったな……。まあいいわ、ついてらっしゃい」

「え」

 戸惑っていると、女の後ろにいた男が舌打ちをして、子どもの腕を掴んだ。


 咄嗟に振り払おうとし……ハッとする。

(「おきゃく」にケガさせたら、ごはんぬきになっちゃう)


 子どもは、角族と呼ばれる人種だ。

 その名の通り、頭に一〜三本の角が生えていて、成長すれば男女問わず長身で大柄。怪力の持ち主で、子どもでも、十歳程度でヒト族成人男性の腕力に並ぶ。


 今ここで力づくで手を振り払えば、男に怪我をさせてしまうかもしれない。

(この人は「おきゃく」?あばれちゃ、ダメ?)

 迷っているうちに建物から出て、馬車に放り込まれる。扉が閉じられた直後、女将の叫び声が聞こえてきた。

「ローズ!ソレをどこに連れていく気だい!」

 座席の下で、びくりと身をすくませる。



「アタシが許したのは、あんたの身請けまでだよ!返しな!!」


「うるさいわねえ。アタシが産んだんだから、どうしようがアタシの勝手でしょ〜?」



 ゆったりと、髪でもいじっているような声が応じる。

「出産費用を出したのはこっちだよ!!」

「それだってアタシらから奪った金だろうが!!」

 女の声が突如豹変して、きん、と耳に響いた。咄嗟に、耳を塞いで蹲る。



(なんで)

 何が起こってるの。怖い。



 金切り声の応酬は、馬車が動き出すまで続いた。







 馬車に揺られてたどり着いたのは、街では見たことがないほど大きな邸だった。


 今度は女に手を引かれ、引き摺られるように中に入る。応接室で三人を待ち受けていたのは、貴族とおぼしき大人たちだった。

 緊迫した空気。戸惑っていると、砂色の髪の女が一歩、前に出てきた。


「それでは、鑑定を始めます」


 すると、ローブを身に纏った大人が子どもの手を取り、指先に針を刺した。

「いたっ……」

「……」

 血の流れる指を、テーブルに用意してあった紙に押し付けられる。反対側にはどこか自分と似た色合いの男が立ち、やはり指に針を刺して、紙に押し付けた。砂色の髪の女が、す、と紙の上に手をかざす。

「そのまま。……『枝葉よ、伸びろ。その血を辿りて、茨を成せ』」

 指の下から、ずるりと血色の蔓が現れた。思わず悲鳴を上げる。

 紙の上に這い出てきた蔓は、反対側にいる男の指から伸びてきた蔓と結びつき、溶け合うように一本の蔓になった。頷く砂色の髪の女。



「間違いありません。そちらのお嬢さんとヘイモ・ガラ・デュボワは、親子関係にあります」



 その瞬間、諦めのような呆れのような、弛緩した空気が流れた。お構いなしにばさばさと書類を広げる、砂色の髪の女。

「つきましては、こちらの呪術鑑定書にサインを……」

 そういえば、彼女だけなんとなく顔立ちが応接室の面々と違う。他所の人間なのかもしれない。そんなことをぼんやり考えていると、ふと気がついた。

(おやこ……ってことは、あのひと、あたしのおとうさんってことだよね?)

 ぱ、と顔を上げると、テーブルの向かいにいる男と目が合った。



 その目の温度に、芽生えかけた感情は凍りついて、砕ける。



「……」

「デュボワ侯爵」

 服の裾をぎゅっと握ると、砂色の髪の女が男に呼びかけた。

「庶子登録票の提出は可及的速やかにお願いします。場合によっては、養子縁組届の提出も必要です。書類はこちらで……」

「……認めないということは、出来んのですか」

 紙を睨みつけながら、男──父が呟く。砂色の髪の女は、呆れきった声音で応じた。

「できませんよ? デュボワ侯爵ともあろう御方が、血統法についてご存知ないはずがないでしょう?」

 とん、と指先で書類を叩く。

「どのみち、鑑定したという記録と結果は王城に残ります。届けを出さなければ、処罰ののち強制認知されるだけです。貴族として、ご自身の行動の責任くらいきちんと取っていただきたい」

「…………」

 父が渋々サインをし、砂色の髪の女とその仲間たちが応接室から出ていくと、子どもをここへ連れて来た男女が一歩前に出た。


「それで、お約束のものは?」

 父は舌打ちして、控えていた燕尾服の男に視線をやった。燕尾服の男が、女に小さな革袋を渡す。

 それを笑顔で受け取ると、二人はぱっと抱き合った。

「マーキス!これで貴方と一緒になれるわ!」

「そうだね、ローズ。今日は二人の記念日だ。シャンパンでも買って帰ろう」

 そう言って、子どもには目もくれず出て行く。





 扉が閉じるのを、呆然と見届ける。背後で吐き捨てるような声がした。


「娼婦を孕ませるなんて」

 

 肩を跳ねさせ振り返ると、すっかり閑散とした応接室で、くすんだ赤髪の青年が靴先で床を蹴飛ばしたところだった。


「挙句、王城呪術師まで呼ばれるとは。何をしているんですか、父上」

「俺は知らんぞ。良い女がいると聞いたから、行って抱いただけだ」



 父上。父。


 では、彼は自分の兄なのか。いや、母親が違うだろうから、異母兄か。混乱真っ只中の頭で考える。



 その間にも、話は続く。


「おおかた、これを狙って避妊薬を飲まなかったのだろう。見たか?あの勝ち誇ったような顔を。まったく、忌々しい」

 ふん、と鼻を鳴らすと、息子に視線を戻す。

「大体、お前のせいでもあるんだぞ。さっさと婚約者をモノにしておけば、こんな毛玉など不要だったのに」

「仕方がないでしょう。父上たちがあの能無しの手綱を握れなかったから、向こうが警戒してるんです。もっと上手くやってくれないと」

 はるか頭上で交わされる、父と異母兄の会話。そのやりとりの意味は、子どもにはまるで分からない。



 しかし、聞き進めるにつれ、頭の深いところで警鐘が鳴る。



(………やだ)

 思わず一歩後退ると、とん、と背中に何か当たった。振り返ると、冷たい目でこちらを見下ろす燕尾服の男。


 二人はそれに気がつくと、忌々しげに眉根を寄せた。父が口を開く。


「今日この時をもって、コレはこの家の娘だ。……そのように扱うように」







 ───こうして、子どもは「デュボワ侯爵令嬢」になったのだった。



お読みいただき、ありがとうございました。

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