懐古テツクズ号第3話:磁気嵐の夜、予知された偶然
第13層。テツクズ号は猛烈な磁気嵐を避けるため、断崖の陰で一時停車を余儀なくされていた。
外では紫色の雷鳴が轟き、装甲板がパチパチと放電に震える。厚い鋼鉄に守られた居住区は、それゆえに不気味なほど静まり返り、ランプの火影が壁に五人の影を濃く落としていた。
「ガハハ! 足止めだがちょうどいい。今のうちに装備の点検をしておけよ! 汗で汚れた服も着替えてスッキリしな!」
ガストンの豪快な声が響くが、問題はその「着替え」の場所だった。
テツクズ号の居住区は、カーテン一枚で仕切られただけの極小スペース。女子たちが順番に使うことになっていたが、磁気嵐の影響で車体が不規則に激しく揺れ、落ち着いて着替えることすらままならない。
「……あらあら。シュウ様、そんなところで立っていては危ないですわよ?」
シュウが荷物の整理をしていた時、背後からリィネの艶やかな声が届いた。
振り返ると、そこにはちょうど着替えを終えたばかりのリィネが立っていた。ふさふさの狐尻尾を優雅に揺らしながら、彼女は一歩、シュウとの距離を詰める。
「……私の千里眼によれば、あと三秒後に、この車内を大きな衝撃が襲いますわ」
「……何?」
シュウが問い返した瞬間、予言通りに凄まじい放電衝撃がテツクズ号を揺らした。
「……っ!?」
足元を掬われたシュウの腕の中に、待っていたかのようにリィネの身体が飛び込んでくる。
「……ふふ、予知通りですわ。……貴方の腕の中は、存外に落ち着きますのね」
リィネは慌てる風もなく、むしろ楽しむようにシュウの胸板に顔を寄せた。彼女の大きな狐尻尾が、まるで意思を持っているかのようにシュウの腕に巻き付き、そっと抱きしめるように固定する。
「……リィネ。予知を私利私欲に使うなと言ったはずだ」
「あら、これは『確定した運命』なのですわ。……シュウ様、貴方に触れるたびに、私の魔力回路が書き換えられていくのを感じますの。……ほら、私の尻尾の震え、伝わりますか?」
リィネの尻尾が、シュウの腕の中でプルプルと細かく、けれど力強く震えている。それはエレインの「ピクピク」とした動揺とは違う、獲物を捕らえた満足感と、隠しきれない独占欲の現れだった。
「……千里眼には、この先の未来も見えていますわよ? ……今夜、シュウ様は……誰よりも近くに『私』を感じることになります」
リィネが至近距離で顔を寄せた。彼女の瞳は、未来を見通す賢者のものではなく、愛する男を逃がさない妖狐の色を湛えている。
彼女の吐息がシュウの頬を掠め、石鹸の香りとリィネ自身の甘い香りが、密閉された車内の熱気に混ざり合っていく。
「……リィネ、顔が近いぞ。それに、尻尾を離せ」
「ふふ、……嫌、と言ったら、どうされます? 境界線の調理師さん?」
狭い通路で二人の体温が重なり、リィネの柔らかな感触が、厚い制服越しにもはっきりと伝わってくる。
「……ん。……ずるい。……リィネ、予知の独占禁止。……私も、混ぜて」
不意に、反対側のカーテンからミーニャが顔を出した。彼女もまた、大きな揺れでふらつきながら、シュウの反対側の腕にしっかりと抱きつく。
「ちょ、ちょっと! 何やってるのよあんたたち! 目のやり場に困るでしょうが!」
フィオナの悲鳴が響く。しかし、リィネはシュウに寄り添ったまま、勝ち誇ったように微笑んだ。
「……うふふ。千里眼の予知を更新しますわ。……今夜は、……とっても賑やかで、心臓の音がうるさい夜になりそうですわね、シュウ様?」
磁気嵐に揺れるテツクズ号。
鋼鉄の箱の中では、少女たちの剥き出しの独占欲と、淡い期待が、境界線を越えて混ざり合おうとしていた。




