【第1部 学園編 完結】後日談冬7 世界の果てへの招待状
夜明け前。
雪を被った王都外縁の街道に、重い駆動音が響いていた。
――ゴォン、ゴォン。
テツクズ号。
ガストンが学園祭後から改修を重ね、雪原長距離遠征仕様へ仕上げた鋼鉄車両は、白い息を吐くように魔導排気を漏らしている。
「ガハハ! ついにこの日が来たな、相棒!」
操縦席でガストンが豪快に笑った。
その横でシュウは北の空を見上げている。
薄明の向こう。
欠けた星。
空白の層。
すべての伏線が、あの先へ伸びていた。
⸻
荷台兼客室では、四人のヒロインたちが冬装備を整えていた。
ミーニャは白銀毛皮の外套に耳を埋めながら、窓の外の雪原を見ている。
「……ん。北の匂い、ずっと強い」
秋から続いてきた“北の匂い”。
今やはっきりと道しるべになっていた。
フィオナは王家の封印許可証を鞄へしまい込む。
「これで北方禁域も正式に通れるわ。王家名義の遠征よ」
秋の古地図資料室で交わした約束が、ここで実を結ぶ。
エレインは星図板を膝に置き、北の欠けた星を追っていた。
「……やっぱり消えてない。むしろ近づくほど座標が濃くなってる」
秋の“空白の層”は確実に存在している。
リィネは未来記録帳を開き、小さく笑った。
「未来視の霧が、ここから先だけ晴れていきますわ」
秋で見えた白い雪原と黒い塔。
その未来が、もう目前まで来ていた。
⸻
テツクズ号は北方山岳演習林を越え、夏に見つけた古代搬送路へ差し掛かる。
雪に埋もれた鉄路。
白い谷を貫く古代の直線。
夏の実習では“ただの遺構”だったそれが、今は明確にどこかへ導いていた。
「……繋がってる」
シュウが低く呟く。
鉄路の先。
王家古地図の白地。
欠けた星の座標。
全部が一本の線だった。
⸻
昼過ぎ。
白い吹雪を抜けた先で、全員が息を呑んだ。
そこには、世界の果てがあった。
空と地平の境目が、まるで削り取られたように欠けている。
白銀の雪原の中央に、ぽっかりと広がる“黒”。
闇ではない。
空間そのものが存在しない穴。
「……これが」
エレインの声が震える。
「空白の層……」
その中心には、一本の黒い塔が天へ伸びていた。
秋にリィネが見た未来そのもの。
未来視が現実に重なった瞬間だった。
⸻
その時。
シュウの胸の奥で、かつてアスモデウスを喰らった核が強く脈打つ。
どくん。
どくん。
飢えが全身を駆け巡る。
「……腹が減った」
次の瞬間、黒い塔の上空に巨大な紋章が浮かび上がった。
それは迷宮の紋章に似ている。
だがもっと古い。
もっと根源的な“世界の外側”の印。
空間に文字が刻まれる。
――第0層、境界線外縁
真なる捕食者、招待完了
全員の背筋が震えた。
「招待……?」
フィオナが息を呑む。
「向こうも、シュウを認識している」
エレインの瞳が鋭くなる。
リィネは静かに扇子を閉じた。
「……ふふ。やはり世界の果てが、あなたを待っていましたのね」
⸻
その瞬間、黒い塔の周囲で世界各地の光景が断片的に映し出される。
遠い砂漠の迷宮暴走。
海底神殿の崩落。
空中都市の消失。
世界樹の魔力減衰。
夏から少しずつ落としてきた不穏の答え。
全部が、この第0層へ繋がっていた。
「世界中で起きてた異変……」
フィオナが拳を握る。
「全部ここが根なのね」
「……ん。なら、喰べれば終わる」
ミーニャが当然のように言う。
ガストンが断絶の包丁を肩に担いで笑った。
「ガハハ! 相棒向きの最高の飯場じゃねぇか!」
⸻
シュウは雪原へ一歩踏み出した。
黒い塔を見上げる。
本編第1部で喰らったのは、迷宮最深部の悪意。
だがここにあるのは、そのさらに外。
世界そのものを喰らう飢え。
シュウの上位存在。
真なる捕食者。
胸の奥の核が歓喜するように脈打つ。
飢えが笑う。
世界が待っている。
仲間たちが隣へ並ぶ。
ダンジョン最低層決戦後と同じ並び。
でも今度は、世界の果てだ。
⸻
フィオナが白いマントを翻す。
「王家として、この先を見届けるわ」
エレインが翡翠の精霊光を灯す。
「未知の魔力、全部観測してあげる」
ミーニャの耳がぴんと立つ。
「……ん。シュウの隣」
リィネが未来記録帳を閉じて微笑む。
「ここから先は、まだ誰も見たことのない未来ですわ」
ガストンがテツクズ号の装甲を叩く。
「最高の遠征の始まりだ!」
⸻
シュウは黒い塔を見据えたまま、小さく口元を上げた。
「……いただきます」
雪原の向こうで、第0層の門が静かに開いていく。
白い世界の果て。
黒い塔。
真なる捕食者。
そして、新たな食卓。
春も夏も秋も冬も越えたその先で、
彼らの旅は、ようやく本当の意味で始まる。




