懐古テツクズ号第2話:灼熱の解体、隠しきれない高鳴り
第11層の氷獄を突破したテツクズ号を待っていたのは、世界が赤黒く脈動する「灼熱階層」第12層だった。
のぞき窓の外には溶岩の河が流れ、大気そのものが燃えているかのような熱波が車体を包み込む。ガストンが改良した「全属性耐性被膜」のおかげで車内が溶け落ちることはないが、それでもエアコンの冷却能力は限界に近く、居住区にはじっとりとした重い熱気が充満していた。
「……はぁ、……暑いわね。この階層、魔法使いには最悪だわ。魔力回路まで熱暴走しそうだわ……」
エレインが、普段の凛としたエルフの制服の襟元を、我慢できずにパタパタと扇いでいた。
透き通るような白い肌には、じわりと汗の粒が浮かんでいる。彼女は手元の魔導書で自分を扇いでいたが、その視線は部屋の中央で黙々と立ち働く男——シュウに釘付けになっていた。
シュウは上半身の装備を脱ぎ、先ほど仕留めたばかりの「焔炎雄牛」の巨体を解体していた。
魔物の熱を帯びた肉を捌くたび、彼の逞しい背筋が波打ち、浮き出た血管が男らしい生命力を誇示している。滴る汗が彫刻のような筋肉を伝い、腰布の境界線へと吸い込まれていく。
「……野蛮ね。あんなに無防備に筋肉を晒して、解体に没頭するなんて。……これだから人間は、デリカシーがないのよ」
エレインは毒づく。しかし、口元をどれだけ引き締めても、彼女の「耳」だけは嘘をつけなかった。
ピクン、ピクピクピクッ!!
尖ったエルフ耳が、まるで落ち着かない小動物の尻尾のように、激しく小刻みに跳ね続けている。
「……あら、エレインさん。そんなにシュウ様の背中が気になるのなら、代わりにお拭きして差し上げたらどうかしら?」
リィネが、これまた薄手の部屋着姿で、ふさふさの狐尻尾を器用に動かして風を送りながらクスクスと笑う。
「……シュウ様の筋肉、……『魔物喰い』で進化したせいか、以前よりさらに密度が増しているようですわよ?」
「だ、誰がそんなこと……! ……でも、そうね。不衛生なのは魔法の構築にも響くわ。……貸しなさいよ、そのタオル!」
エレインはひったくるようにタオルを奪うと、おぼつかない足取りでシュウの背後へと歩み寄った。
至近距離で感じる、シュウの熱気。それは溶岩の熱ではなく、彼自身の荒々しい魔力と、男としての体温だった。
「……ちょっと、シュウ。……動かないで。……汗、拭いてあげるから」
「……ああ。悪いな、エレイン」
シュウが解体の手を止め、振り返った。
その瞬間、テツクズ号が溶岩のうねりに乗り上げ、大きく揺れる。
「きゃっ……!?」
バランスを崩したエレインは、シュウの汗ばんだ逞しい胸板に、正面から飛び込んでしまった。
鼻腔を突く、シュウ自身の強い匂い。
エレインの柔らかな胸が、シュウの堅い胸筋に押し付けられる。
「……痛っ。……離しなさいよ、この筋肉馬鹿……」
抗議の言葉とは裏腹に、彼女の手はシュウの腕をぎゅっと掴んでいた。
そして、顔を上げた彼女の耳が、再び激しく震えだす。
「……エレイン、耳がすごいぞ。顔に当たってくすぐったい」
「……っ、な、何よ! これは、その……脳をフル回転させてるから、耳から熱を逃がしてるだけよ! 魔法使いとしての、知的な生理現象なんだから!」
真っ赤になった顔をシュウの鎖骨あたりに押し付けながら、エレインは必死に言い訳を重ねる。しかし、彼女の指先は、シュウの背中の筋肉の感触を、確かめるようにそっとなぞっていた。
「……ん。……ずるい。……私も、暑い。……シュウ、冷やして」
いつの間にか、足元にはミーニャが潜り込んでいた。彼女はシュウの足首に尻尾を絡ませ、潤んだ瞳で彼を見上げている。
「な、何を不潔なことを……っ! この泥棒猫、シュウから離れなさい!」
フィオナの悲鳴が狭い車内に響くが、熱気に浮かされたエレインは、もうシュウを離すつもりはなかった。
「……いいじゃない。……今は、この車の中だけが私たちの世界なんだから」
エレインはそう囁くと、耳のピクつきを止める代わりに、熱い吐息をシュウの耳元に吹きかけた。
鋼鉄の壁に守られた密室。溶岩の赤光に照らされた車内は、外の地獄よりもずっと「危険な熱」に侵食されようとしていた。




