『翡翠の溜息、共鳴する魔力』
学園の地下迷宮、第四層の深部。そこは、濃密な魔力が霧となって漂う「静寂の回廊」だった。
エレインは、愛用の魔導杖を握りしめ、苦い顔で目の前の巨岩を見つめていた。
「……くっ、また……! 術式の構成が、最後の最後で乱れる……」
彼女が放った極大魔法『精霊の嵐』は、岩を削りはしたものの、本来の威力の半分も出ていない。アルトリウスの取り巻きとして「天才」と呼ばれていた彼女にとって、このスランプは屈辱だった。
「……魔力を『外』に逃がしすぎだ。エレイン」
背後から響いた落ち着いた声。シュウだ。
彼はガストンが打った重い漆黒の包丁を手に、獲物である『岩甲亀』の解体作業を終えたところだった。
「なっ、見てたの!? ……別に、調子が悪いわけじゃないわよ! ただ、この場所の魔力密度が私の計算と合わないだけなんだから!」
エレインはツンとあごを引き、そっぽを向く。だが、彼女の尖ったエルフ耳は、シュウが自分に近づいてくる足音を敏感に拾い、期待と緊張でぴくぴくと小刻みに震えていた。
「……俺は魔法のことはわからない。でも、魔物の肉を喰うときは、一滴の血も、一片の魔力も逃さないように『内側』へ閉じ込める。……お前の魔法は、綺麗すぎて無駄が多い」
シュウはそう言うと、解体したばかりの魔獣の心臓――魔力の結晶体をエレインに差し出した。
「……これ、食べてみろ。……魔力の『流れ』が、直接わかるはずだ」
「な、何を言っているの! そんな野蛮なこと……っ、……むぐっ」
言いかけるエレインの口に、シュウが薄く削いだ魔肉を放り込む。
――瞬間。
エレインの全身を、純度の高い魔力の奔流が駆け巡った。
「……っ、あ……熱い……! 魔力が、私の回路に無理やり……!」
【エレインの成長:シュウの『魔物喰い』による純粋な魔力因子を摂取】
【固有スキル:『精霊王の寵愛』が『万象の共鳴』へ進化】
エレインの瞳が翡翠色に輝く。
彼女は無意識に杖を振り抜いた。
放たれたのは、先ほどとは比べ物にならないほど凝縮された、一筋の光。それは巨岩を「削る」のではなく、音もなく「消滅」させた。
【ステータス:3,200 から 3,600 へ上昇。極大魔法の『無詠唱化』に成功】
「……できた。……嘘、あんなに苦労したのに……」
エレインは呆然と自分の手を見つめる。そして、隣で淡々と包丁を拭くシュウを見上げた。
感謝したい。けれど、素直になれない。
「……ま、まあ、あなたの野蛮なやり方も、たまには役に立つのね。……感謝くらいしてあげてもいいわよ。……一回だけなんだからね!」
彼女は頬を真っ赤に染め、再びツンと澄ましてみせる。しかし、その耳は先ほどよりも激しく、嬉しそうにパタパタと動いていた。
「……あらあら。エレインさん、顔が真っ赤ですわよ?」
木陰から、リィネが扇を片手に現れる。彼女の背後では、豊かな狐尻尾が面白そうにゆらゆらと揺れている。
「シュウ様の『教育』は、実によく効くようですわね。……私の千里眼では、あなたがシュウ様に抱きつく未来も見え始めていますけれど?」
「な、何言ってるのよこの狐!! 刺すわよ!!」
エレインが顔を真っ赤にして杖を振り回す。
そんな彼女たちの成長を、二十層の底に眠る悪魔アスモデウスは、深淵の闇の中で静かに感じ取っていた。
「……器が……育っている……。……早く、……その魂を、……引き裂かせてくれ……」
決戦の日までは、まだ時間がある。
けれど、確実に「家族」のような絆を強めていくシュウたちは、一人一人が、悪魔ですら予測し得ない「個」としての強さを手に入れ始めていた。
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