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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第150話:白の前で守られるひとこと

言葉は、出せたあとも守られなければならないことがある。

せっかく出てきた小さなひとことが、すぐに強い言葉に押し流されてしまえば、また奥へ引っ込んでしまうかもしれない。

だから本当にやさしい場所には、言葉を待つだけでなく、出てきた言葉をそのまま残しておくための静かな守り方がある。

大げさに庇うのではなく、

先回りして代わりに説明するのでもなく、

ただ、そのひとことが潰れないように少しだけ場を整えること。

この日、二つの白の前では、そうした“守るためのやさしさ”が、もう少しだけはっきりと形になる。

朝のここは、ひどく澄んでいた。


空は高く、風も弱い。

二つの白は、今日はほとんど揺れずにそこに在る。

先に咲いた白は深く落ち着き、後から咲いた白もその隣で、ようやく“新しい方”という印象を薄め始めていた。

二つの白のあいだには、今日も細いやわらかな空気があり、その前には石の縁と木の腰掛けが並んでいる。


リオナは小さな水差しを手に、二つの白へ順に水をやる。

水滴が土へ落ちる音が、今日はいつもよりもよく聞こえた。

静かな朝だった。


「……今日は、守る日かも」

そう呟くと、リナライが二つの白を見る。

「……まもる?」

「うん」

「言えたものを、そのままにしておく感じ」

リナライは少し考えてから頷く。

「……こわさない?」

「そう」

「こわれないように、かな」

シオンもまた、二つの白と、その前の居場所たちを見ていた。


「……ここ」

ぽつりと言う。

「うん」

「……だいじ」

「うん」

少し間があいて、

「……まもる」

リオナは静かに目を細めた。

「うん。今日はそういう日かもね」


午前の少し早い時間、門の前に足音が止まる。


サラだった。


今日は門のところで白を見る時間が少し長い。

けれど、重さのせいではないように見えた。

何かを胸の前に持ったまま、どう置こうか考えている顔だった。


「おはようございます」

「おはよう」

リオナが返す。

サラは木の腰掛けの方へ行きかけて、ふと止まり、石の縁へ腰を下ろした。

その選び方に、今日は少し考えがあるのだとわかる。


「今日は、こっちなんだね」

リオナがやわらかく言うと、サラは少しだけ笑う。

「……うん」

「なんとなく、こっちの気分で」

それ以上は語らない。

でも、その“なんとなく”も今のこの場所では十分意味があった。


少し遅れて、リツカがやって来る。

門の前でサラが石の縁に座っているのを見て、今日は自然に木の腰掛けへ向かった。

二人が、それぞれ別の席に座る。

その並びは、ここ数日でずいぶん馴染んできた形だった。


しばらく二つの白を見る静かな時間が流れる。

リオナも、リナライも、その沈黙を急がない。


やがてサラが、ぽつりと言った。


「……昨日、帰ってから」

「うん」

「布屋の人に言われた“焦らなくていいけど、考えてるのはわかった”って言葉」

二つの白を見る。

「何回か思い出したんです」

「うん」

「たぶん、嬉しかったんだと思います」

そこまでは昨日も言っていた。

でも今日は、その先があった。


「それで……」

サラは自分の膝の上に置いた手を見た。

「今朝、見本帳にしるしを付けました」

リオナは小さく目を見開く。

「しるし?」

「うん」

「好きな布とか、嫌じゃない色とか、迷ったままでも気になるものとか」

サラは少し照れたように笑う。

「決めるためじゃなくて、消えないように」

その言葉に、リツカがやわらかく息をついた。

「……それ、いい」

サラは頷く。

「まだ答えじゃないんです」

「うん」

「でも、“ここにあった”って残したくて」

そのひとことは、とても静かで、でも確かだった。


シオンは二つの白と、サラを見ている。

灯りがやわらかく揺れる。


「……しるし」

ぽつりと、そう言った。

皆がそちらを見る。

リナライが嬉しそうに言う。

「……うん。しるし」

サラは少し驚いて、それからやさしく笑った。

「うん」

「しるし」

「消えないように、です」


その時、門の外から少し大きめの声がした。


「お、また来てるのか」


ルーカスだった。

以前、雑貨屋の主人に連れられてやってきて、この庭の空気に馴染めず少し場違いな明るさを持ち込んだ、あの青年だ。

今日はひとりで、悪気なく、でもやや大きな声で立っている。


サラの肩が、わずかに固くなる。

リツカも、その変化に気づいたらしく、木の腰掛けの上で少しだけ姿勢を整えた。

今ここにある“しるしを付けた”という小さな言葉は、強い声に触れると簡単に縮こまりそうなものだった。


ルーカスは悪意なく言葉を続ける。


「なんか最近ここ、人気だな」

そう言いながら、一歩前へ出かける。

その時だった。


ユアンが、ちょうど門の横の小道から現れた。

今日は仕事の合間らしく、手に小さな包みを持っている。

彼はその場の空気をひと目で見て取り、ルーカスの前へ出るわけではなく、門の脇に自然に立った。


「おはよう」

声は低いが、落ち着いていた。

ルーカスがそちらを見る。

「あ、ユアン」

「今日は、ちょっと静かめの日みたいだ」

その言い方は強くない。

でも、十分に伝わる置き方だった。


ルーカスは一瞬きょとんとして、それから二つの白と、座っているサラとリツカを見る。

ようやく場の温度に気づいたらしい。


「あ……悪い」

声が少し小さくなる。

「いや、悪いってほどじゃないけど」

ユアンはそう言って、門の内側の柵へ軽く手を置く。

「今日は、話してる最中っぽいから」

サラはその言葉に、ほんの少しだけ肩の力を抜く。

ユアンは代わりに説明しすぎない。

でも、今ここで何が大事かはちゃんと守っている。


リツカが小さく言う。


「うん」

「今、ちょっと大事なとこ」

その一言も、場をやわらかく支えた。


ルーカスは耳まで少し赤くして頷く。

「……そっか」

「じゃあ、おれ、ここで見るだけにしとく」

その“見るだけにしとく”という選び方は、前の彼ならできなかったかもしれない。


リオナはその小さな変化に気づき、胸の中で静かに頷く。

ここで育ったやさしさは、座る人や話す人だけでなく、後から来た人の振る舞いまで少しずつ変えているのだ。


サラは、しばらくしてから、止まりかけた言葉の続きをそっと出した。


「……で、しるしを付けてたら」

「うん」

リオナがやわらかく返す。

「前は“決めなきゃ”ばっかりで見えてなかったものが、少しだけ見えた気がして」

「うん」

「まだ全然まとまってないけど」

「うん」

「それでも、“私これ嫌いじゃないんだ”って思えたのが、ちょっと嬉しかった」

その言葉は、今さっき守られたからこそ、ちゃんと最後まで出てこられたように思えた。


リツカが、今度ははっきり笑う。

「うん」

「それ、すごく大事」

ユアンも柵に手を置いたまま頷く。

「ちゃんと、残したかったやつですね」

サラはその返しに少し驚いたようだったが、やがてやわらかく笑った。

「……うん」

「そうかもしれない」


シオンは二つの白と、その前の人たちを見る。

灯りが穏やかに揺れる。


「……だいじ」

ぽつりと。

「……まもる」

少し間があいて、

「……いう」

そのつながりに、リナライが嬉しそうに目を細める。

「……うん」

「だいじなの、まもったから、いえた」

リオナは静かに息をつく。

「そうだね」

「今日は、そういう日なんだね」


昼前、ミレナが立ち寄った時には、石の縁のサラ、木の腰掛けのリツカ、門脇のユアン、少し離れて立つルーカスという景色があった。

彼女はその空気を見て、すぐに何かを察したらしい。

でも詳しく聞かず、ただ二つの白を見て、小さく笑う。


「今日は、ちゃんと守られてますね」

「守られてる?」

リオナが聞くと、ミレナは頷く。

「ええ」

「言葉が」

その一言が、今日のここをきれいに言い表していた。


ルーカスは少し気まずそうに頭をかいた。

「……おれ、またやったか」

ユアンが首を振る。

「いや」

「でも、止まれた」

ルーカスは少し驚いたように目を上げる。

「止まれた?」

「うん」

「それ、前よりずっといい」

その言葉に、ルーカスはしばらく黙ってから、小さく笑った。

「……そっか」

それもまた、小さな報せだった。


午後、サラは帰る前に二つの白を見て言った。


「今日は、言えました」

「うん」

リオナが答える。

「途中で消えなかった」

「うん」

「……ありがとう」

その礼は、ここにいた皆へ向いていた。

でも、誰も大きく受け取らない。

ただ静かに頷くだけで、それで十分だった。


リツカも立ち上がり、木の腰掛けを軽く撫でる。

「今日は、守る日だったね」

「うん」

リオナが答える。

「でも、強く守るんじゃなくて」

「……うん」

「ちょっとだけ、整えるみたいに」

「そうだね」

ユアンも小さく言う。

「それなら、息苦しくならない」

ルーカスも、少し照れながら頷いた。

「……たしかに」


夕方、二つの白はやわらかな影の中で静かに並んでいる。

その前の石の縁と木の腰掛けにも、今日はいつもと少し違う静けさが残っていた。

話した言葉だけではなく、守られた言葉の気配が、そこに薄く残っているように見えた。


リナライは二つの白の前にしゃがみ込み、ぽつりと言う。


「……まもる、って、かこわないんだね」

「うん」

リオナが答える。

「ぎゅっと囲うんじゃなくて」

「……ちょっとだけ、風よけみたい」

その言い方に、リオナは少し笑った。

「うん」

「それ、すごくいい」

「……いいよね」

「うん」

「言葉が倒れないくらいに、少しだけ守る」

「……それ、やさしい」

リオナは静かに頷いた。

「そうだね」

「今日のここは、そういうやさしさだったんだろうね」


シオンは二つの白と、その前の小さな居場所たちを見る。

灯りが穏やかに明滅する。


「……だいじ」

少し間があく。

「……まもる」

さらに、

「……いう」

そして最後に、

「……やさしい」


夕方の風が、二つの白と、そのあいだと、その前に残る今日の静かなやりとりを撫でていく。

その光景を見ながら、リオナは胸の中でそっと思った。

ここで育っているやさしさは、ただ受け止めるだけでも、ただ譲るだけでもない。

誰かの小さな言葉が潰れずにそこへ在れるように、そっと場を整えるやさしさなのだと。

今回は、“わかる”がさらに深まり、“相手の言葉を守るために先回りしすぎず場を整える”やさしさとして見えてくる回でした。

サラの小さな言葉が、ルーカスの悪気ない大きさに押されずに最後まで出てこられたのは、ユアンやリツカが強く遮るのではなく、静かに場の温度を整えたからだと思います。

本当にやさしい守り方は、相手の代わりに話してしまうことではなく、その人の言葉がその人のまま出てこられる余地を守ることなのだと感じました。


また、ルーカスが「止まれた」ことも大切だったと思います。

やさしさは、支える側だけが持つものではなく、場に触れた人が少しずつ覚えていくものでもあります。

白の前で育ってきた空気は、今や周りの人の振る舞いそのものを少しずつ変え始めています。


そしてシオンは、「だいじ」「まもる」「いう」と、そのつながりをはっきり受け取っていました。

次は、この“守られた言葉”が、また別のかたちで誰かを守る側へまわっていくのかもしれません。

二つの白の前の時間は、静かなまま、でも確かにやさしさの使い方を育てています。

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