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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第130話:もうひとつの白がひらく朝

待っていたものがひらく瞬間は、いつも少し静かだ。

大きな音も、強い光もない。

ただ、昨日まで閉じていたものが、今日はもう昨日の形ではいられなくなっている。

それだけのことなのに、人の胸には思っていたより深く届く。

線のそばの白は、ひとつひらき、そしてまたひとつ、隣でその形を見せ始めた。

この朝は、終わりではなく、続いていくものがちゃんと来るのだと教えてくれる朝だった。

その朝、リオナは扉を開ける前から、もうわかっていた気がした。


理由はない。

けれど、昨日の“まだ”は、あまりにも近かった。

だから胸のどこかが、今朝の空気の中にもう答えを見つけているようだった。


居間には淡い光。

ナリが静かに脈打ち、ノアが窓辺に薄く広がり、レンが床を短く滑る。

そしてシオンは、昨日よりも少しだけ早く庭の方を向いていた。


「……行こうか」

小さく呟いて、リオナは扉を開ける。


朝の空気はひんやりしていた。

夜露の名残を含んだ風が頬に触れる。

その先、線のそばの白を見て、リオナはやはり足を止めた。


“いる白”は、今日も静かに咲いている。

そしてその隣――


“くる白”は、もう“くる白”ではなかった。


花弁は完全に開ききってはいない。

けれど、先端の閉じた合わせ目はほどけ、白い内側が朝の光を受けてやわらかく外を向いている。

昨日までの“ひらく手前”は、もうそこにはない。

そこにあるのは、たしかにひらいた白だった。


「……ひらいた」

リオナの声は、気づけばひどく小さくなっていた。


後ろから来たリナライも、隣に並んだ瞬間、両手を胸の前でぎゅっと握る。


「……ほんとだ」

しばらく、それ以上の言葉が出なかった。

最初の白がひらいた朝とも違う。

驚きよりも、どこか深い安堵が先に来る。


「……きたね」

ようやくリナライがそう言う。

「うん」

リオナも頷く。

「ちゃんと、来た」


シオンは二つの白を見ていた。

“いる白”。

そして、今朝ひらいた新しい白。

灯りが静かに、しかしはっきりと強くなる。


「……しろ」

ぽつりと落ちる声。

「うん」

リナライが答える。

「……ふたつ」

「うん。ふたつの白」

少し間があく。


シオンは、今朝ひらいた方を見つめたまま、ゆっくりと言った。


「……ひらいた」


その一言は、最初の白がひらいた朝よりも、少しだけ落ち着いていた。

“ひらく”ということが、もうただ驚くだけの出来事ではなく、待った先に来るものとしてシオンの中に入っているのだとわかる声だった。


リオナは、胸の奥がやわらかく熱くなるのを感じる。


「うん」

「ひらいたね」

「……きた」

リナライが続ける。

「うん。来たね」


根元には、昨日までシオンが添えてきた花びらが残っている。

“いる白”のそばにも、いまひらいた白のそばにも、小さな白い記憶が置かれたままだった。

まるで、この朝がちゃんと待たれてきたことの証みたいに。


リオナは小さな水差しで、二つの白の根元へ順に水をやる。

先に咲いた白。

今朝ひらいた白。

同じ水が落ちるのに、その受け止め方は少しずつ違って見える。


「今日は、二つとも白だな」

リオナが言うと、リナライが小さく笑う。

「……昨日も、ふたつだった」

「うん」

「……でも今日は、ふたつとも“ひらいた白”」

その言葉に、庭の空気が少しだけ明るくなる。


最初に立ち寄ったのは、ミレナだった。

門の前で足を止めるなり、二つ目の白を見つけて、ぱっと表情がほどける。


「……ひらいてる」

それは昨日も聞いた言葉だ。

でも今日の響きは違った。

初めてではない。

けれど、“また来た”ことへの嬉しさがあった。


「今朝だったみたい」

リオナが答える。

ミレナは何度も頷きながら、二つの白を見比べた。


「今日は……」

少し考えてから、彼女は言う。

「“たどり着いた白”が、ふたつありますね」

「ふたつ」

リナライが繰り返す。

「はい」

ミレナは嬉しそうに笑う。

「でも、少し違う。こっちはもうここに馴染んでいて、こっちは今朝たどり着いたばかり」

その見え方は、いまの二つの白をよく表していた。


シオンはミレナを見る。


「……みれな」

「うん」

「……ふたつ」

「うん。ふたつの白」

「……きた」

ミレナの目が、少しだけ潤む。

「うん。来たね」

彼女の声は小さい。

でも、そこに込められた安堵は、とても大きかった。


次にやって来たエマは、二つの白を見て、しばらく黙っていた。

やがて低く息を吐く。


「……並びましたね」

「並んだ?」

リオナが聞くと、彼女は頷く。

「ええ。昨日までは“ある白”と“来る白”だった。でも今日は、どちらも形を持って並んでいる」

「たしかに」

「ただ、同じではないです」

エマは先に咲いた白と、今朝ひらいた白を順に見る。

「こっちは落ち着いた形で、こっちはまだ少し緊張してる」

その言い方に、リナライが小さく笑った。

「……ひらいたて、だから」

「ええ。そういう感じです」


ノルとハルは、ほとんど同時に駆け込むようにやって来た。

もちろん門の前ではちゃんと止まる。


「うわ、ほんとだ!」

ノルは今日はさすがに声を抑えきれなかったが、すぐに口を押さえた。

「……ほんとにひらいてる」

ハルは静かに二つの白を見つめる。


「これで、ほんとに兄弟っぽい」

その言葉にノルが勢いよく頷く。

「うん。しかも今度は二人とも立ってる」

「立ってるって、花だよ」

リオナが笑うと、ノルは真顔で言い返す。

「でもそう見えるだろ」

それは否定しにくかった。


ハルは少し考えてから言う。


「昨日まで、“前と後ろ”だったのが、今日は“並んでる”になった感じ」

「うん」

リオナが頷く。

「今日の言葉だね」

「たぶん」

ハルは少しだけ照れたように笑った。


シオンは二つの白を見つめたまま、小さく言う。


「……ならぶ」

皆がそちらを見る。

「いま、“並ぶ”って?」

リナライがそっと聞く。

「……ならぶ」

もう一度、シオンが言う。


リオナは静かに息をつく。

いる。

くる。

ひらく。

つづく。

そして、並ぶ。

シオンの中で、この庭の時間が少しずつ一本の景色になっているのだ。


「うん」

「今日は、並ぶ日だね」


昼前、リツカが来た時には、もう表情からして違っていた。

門の前で二つ目の白を見つけると、まっすぐ息を吸い込む。


「……ひらいた」

その声は、前より少しだけしっかりしていた。


「うん」

リオナが答える。

「ちゃんと来た」

リツカは二つの白を見比べながら、小さく笑う。


「今日は……」

少しだけ考える。

「“次が来た日”って感じです」

「次が来た日」

リナライが繰り返す。

「うん」

リツカは頷く。

「昨日までは、次が来るってわかる日だった。でも今日は、本当に来た」

その言葉に、シオンの灯りがやわらかく強くなる。


「……りつか」

「うん」

「……きた」

リツカの目が少し潤む。

「うん。来たね」

「……ふたつ」

「うん。ふたつ」

「……しろ」

「うん。ふたつの白」


その短いやり取りの中に、これまでこの場所で積み重なってきた時間が全部入っているようで、リオナはしばらく何も言えなかった。


午後、老婦人が通りかかった時には、二つの白を見て楽しそうに笑った。


「ほらね、ちゃんと並んだ」

「予想してたみたいに言いますね」

リオナが言うと、老婦人は目を細める。

「庭ってのはね、見てるとだいたいそんな顔をしてるもんだよ」

そして二つの白を見比べて、続ける。

「今日は安心の白が、二つある」

その言葉に、リツカが静かに頷いていた。


たしかにそうだった。

最初の白は、“今日もいる”安心。

二つ目の白は、“ちゃんと次が来た”安心。

同じ白でも、少し違う安心がそこに並んでいる。


夕方になっても、二つ目の白はまだ少しだけ初々しい形をしていた。

花弁は開いているが、先に咲いた白ほど落ち着いてはいない。

それでも、もう昨日の“まだ”ではない。

今日の一日を通して、ちゃんと“ここにいる白”になり始めている。


リナライは二つの白のそばにしゃがみ込み、ぽつりと言った。


「……くる、だったのに」

「うん」

「……もう、いる」

その言葉に、シオンの灯りがふるりと揺れる。


「……いる」

先に咲いた白へ。

少し間を置いて、

「……いる」

今朝ひらいた白へも。


それから、かすかな声でこう続けた。


「……ふたつ、いる」


リオナは、夕方の光の中でその一言を静かに受け止めた。

待っていたものが、ちゃんと来て、今はもう“ここにいる”側へ加わっている。

そのことを、シオンはきっと誰より素直に見ていたのだろう。


線のそばには、二つの白。

根元には小さな花びら。

麻紐の線と、水差しと、そこへ立ち寄る人たちの気配。

それはもう特別な出来事というより、この庭が時間を重ねてきた形そのものに見えた。

今回は、“くる白”がついにひらき、二つの白が並ぶ朝になりました。

最初の白がひらいた時とは少し違って、今回は“待っていたものがちゃんと来た”という安堵や、“これで終わりじゃない”という静かな安心が強く残る回だったように思います。


ミレナの「たどり着いた白がふたつ」、エマの「形を持って並んでいる」、ハルの「並んでる」、リツカの「次が来た日」、老婦人の「安心の白が二つ」。

同じ光景を見ても、それぞれの言葉には少しずつ違う温度がありました。

けれど、その違いがあるまま、一つの朝を共有できているのが、この庭らしいやさしさだと思います。


また、シオンは「ならぶ」「ふたつ、いる」と、待っていたものが“もう来た側”へ移ったことを言葉にしました。

来るもの、いるもの、続くもの。その流れが、シオンの中でも少しずつ確かな形になっているように見えます。

次は、この並んだ二つの白が、“今日のここ”をどんなふうに変えていくのか。

静かな庭の時間は、また新しい並びの中で続いていきそうです。

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