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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第128話:ほどけはじめた次の白

守られているものは、ずっとそのままでいるわけではない。

風を避け、光を受け、時間を重ねるうちに、やがて自分から外を向き始める。

それは大きな変化ではなく、見慣れた者にだけわかるほど小さなほどけ方かもしれない。

けれど、そうしたかすかな動きほど、待っていた人の胸には静かに深く届く。

この日、線のそばの“くる白”は、まだ花とは呼べないまま、それでも確かに昨日より外へ向かっていた。

朝のここには、昨日までより少しだけ風があった。


強い風ではない。

けれど、線のそばの白い花の花弁をやわらかく揺らし、その隣の小さなふくらみにも微かな震えを与えるには十分な風だった。


リオナは朝の水差しを手に、まず“いる白”を見る。

花弁は今日も落ち着いて開き、変わらずそこに在る。

そして、そのすぐ隣へ視線を移した時、思わず息を止めた。


「……昨日より、見える」

小さく漏れた声に、リナライがすぐ近づいてくる。


「……どこ?」

「こっち」

リオナが示したのは、“くる白”の先端だった。

昨日までは丸く閉じたままに見えていたその輪郭が、今朝はほんの少しだけ割れている。

花弁の先が、糸をほどくみたいに外へ向かい始めていた。


リナライはしゃがみ込み、目を細める。


「……ほんとだ」

「まだ、ひらいたとは言えないけど」

「……でも、もう、ただのつぼみじゃない」

「うん」

リオナは頷く。

「ほどけはじめてる」


シオンは二つの白を見ている。

“いる白”から、“くる白”へ。

その視線の移動が、もうずいぶん自然になっている。

灯りが細く揺れ、小さく言葉が落ちる。


「……しろ」

「うん」

リナライが答える。

「……くる」

「うん。くる白」

少し間があく。

「……ひらく?」

その問いかけのような声に、リオナの胸がやわらかく熱くなる。


「たぶんね」

「今日かはまだわからないけど、ひらく方へ向かってる」

シオンの灯りが、少しだけ強くなった。


根元には、昨日シオンが添えた花びらが二枚。

その上に朝露が薄く乗り、まるで小さな白い記憶みたいに光っている。


最初に立ち寄ったのは、リツカだった。

今日はいつもよりさらに静かな足音で門の前まで来る。

白い花と、その隣の小さな気配を見つけた瞬間、彼女の目がやわらかく開いた。


「……昨日より、こっちが見える」

「うん」

リオナが答える。

「少しだけ、ほどけてきた」

リツカはしばらく何も言わずに見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。


「よかった」

その一言は、前にも聞いた。

でも今日は、意味が少し違うように聞こえた。


「今日は、何が“よかった”の?」

リオナがやさしく聞くと、リツカは少しだけ考えてから答える。


「昨日、ちゃんと次がいるって見えて……」

「うん」

「でも、見えてるだけじゃなくて、本当に進んでるってわかると、ほっとするんです」

彼女は“くる白”を見つめたまま続ける。

「待ってるだけじゃなくて、ちゃんと来てるんだって思えるから」


その言葉は、ずっと弟のことを気にかけてきた彼女だからこそ出るもののように思えた。

先がある。

それだけじゃなく、先がこちらへ近づいてきている。

その感覚は、たぶん彼女の毎日にも必要なのだろう。


シオンはリツカを見る。

次に“くる白”を見る。


「……りつか」

「うん」

「……くる」

リツカは少しだけ目を潤ませて、それでも笑った。

「うん。来てるね」

その返しは、とても自然だった。


ミレナが来たのは朝の終わり頃だった。

彼女は白い花を見てから、すぐに隣へ視線を移し、思わず笑う。


「今日は、二つ目の方が朝っぽいですね」

「朝っぽい?」

リナライが首をかしげる。

「ええ。ひとつ目はもう落ち着いてるけど、こっちは“いま始まりかけてる”感じが強いから」

その言葉に、リオナは頷く。

「なるほど」

「今日は、始まりが二つあるみたい」

その言い方が、この朝にはよく似合っていた。


咲いて、そこにいる白。

ほどけはじめた次の白。

終わりと始まりではなく、落ち着きと始まりが並んでいる。

そう考えると、今日のここはたしかに二つの朝を持っているみたいだった。


シオンはミレナの声を聞きながら、“いる白”と“くる白”を見比べる。


「……ふたつ」

「うん」

リナライが答える。

「……しろ」

「うん。二つの白」

少し間があく。

「……あさ」

その続きに、ミレナが嬉しそうに頷いた。

「うん。朝みたいな白だね」


昼前、ハルとノルが一緒にやって来た時には、風が少しだけ強くなっていた。

“いる白”はやわらかく揺れ、“くる白”はその陰で小さく震えている。


ノルがその様子を見て、すぐに言う。


「やっぱ守られてる」

「うん」

ハルも頷く。

「でも、前より自分でも出てきてる感じがする」

「出てきてる」

リオナが繰り返す。

「昨日は後ろにいたけど、今日は前に顔出してる感じ」

ハルのその表現に、リナライが小さく笑う。

「……かお、だしてる」

「うん」

ノルが得意そうに言う。

「そういう感じ」


シオンは風に揺れる二つの白を見ていた。

守る。

出てくる。

その両方を、どう見ればいいのか考えているような灯りの揺れだった。


やがて、小さく言う。


「……まもる」

“いる白”の方へ。

「……でる」

今度は“くる白”へ。


リオナは静かに息をつく。

守られているものが、ただ守られているだけではなく、自分からも外へ向かっている。

その二つが同時に見えているのだとしたら、それはとても繊細な見方だった。


昼の光が強くなるころ、エマが立ち寄った。

彼女はいつものように輪郭を見る人らしく、すぐにその先端の変化へ目を止める。


「今日は、ほどけ目が見えますね」

「ほどけ目」

リオナが少し笑う。

「ええ。まだ開いてはいないけれど、閉じ方が変わっている」

その言葉は、衣服や糸を扱う彼女ならではだった。

「結び目が少しゆるんだ時みたいに、次の形へ移る前の表情があります」


“次の形へ移る前”。

それはたぶん、花だけではなく、ここに集まる人たち自身にもどこか似ている。

誰もが少しずつ変わりながら、でも急がずにここへ来ているのだから。


午後、老婦人が通りかかった時には、二つの白を見て、ふっと笑った。


「今日は、前の子と次の子が一緒に風を見てるねえ」

「風を見てる?」

リナライが目を瞬かせる。

「ええ。ひとつはもう風の当たり方を知ってる顔で、もうひとつは“こんなふうに来るんだ”って覚えてる顔さ」

その見え方がおかしくて、リオナは思わず笑ってしまう。

「なんだか、ほんとにそう見えてきます」

「年を取るとね、植物の顔が増えるんだよ」

老婦人はそう言って、楽しそうに去っていった。


夕方になるころには、“くる白”の先端は朝よりほんの少しだけはっきりして見えた。

気のせいかもしれない。

でも、朝から何度も見てきた者には、それも今日の変化の一部だった。


リナライはシオンの隣にしゃがみ込み、二つの白を見ながら言う。


「……いるの、しごと、してる」

「しごと?」

リオナが聞くと、彼女は頷く。

「……まもる、しごと」

「うん」

「……くるのも、しごと、してる」

「出てくる方?」

「……うん」

その言葉に、リオナは静かに笑う。

「じゃあ今日は、二つともちゃんと自分の仕事してる日なんだな」

「……うん」

リナライは嬉しそうに頷いた。


シオンは灯りをやわらかく揺らしながら、最後にこう言った。


「……いる」

少し間があく。

「……くる」

さらに少し間を置いて、

「……ひらく」

その言葉はまだ未来形の願いみたいでもあり、もう始まっている変化への確信みたいでもあった。


リオナはその響きを胸の中で静かに受け止める。

今日のここは、もう“つづく”だけではない。

守られながら、自分からもひらく方へ進んでいる。

その小さな勇気のようなものが、線のそばの白に宿り始めていた。

今回は、“くる白”がもう少しだけ姿を見せ始める回でした。

まだ花ではないけれど、もう昨日までの閉じたままのつぼみでもない。

その“ほどけはじめた”気配を、それぞれが自分の言葉で受け取っていたのが印象的でした。


リツカの「待ってるだけじゃなくて、ちゃんと来てる」、ミレナの「始まりが二つあるみたい」、ハルの「前に顔出してる感じ」、エマの「次の形へ移る前の表情」、老婦人の「風を覚えてる顔」。

どれも違う見え方ですが、同じ小さな変化を、それぞれの暮らしや感覚に引き寄せて受け止めているのだと思います。


また、シオンは「まもる」「でる」「ひらく」と、変化の流れをさらに細かく感じ取り始めました。

守られながらも、自分から外へ向かう。その姿に何かを見ているのは、きっと花だけではないのでしょう。

次は、この“くる白”が本当にひらくのか、それともその手前でまた別の今日を見せるのか。

静かな庭の時間は、まだその先をやさしく待っています。

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