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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第123話:ひらいたあとの白がいる

何かを待っている時間は、変化そのものを特別に見せてくれる。

けれど、本当にその場所に根づくのは、変わったあとも変わらずそこにあり続ける姿なのかもしれない。

咲く前は“先”として見られ、咲いた朝は“たどり着いたもの”として迎えられる。

では、その次は何になるのだろう。

この日、線のそばの白は、ひらいたその先で、静かに“いること”の意味を見せ始める。

翌朝、白い花はまだそこに咲いていた。


当たり前といえば、当たり前のことだ。

一晩で消える花ではない。

けれど、昨日あれほど“ひらいた”という一点に皆の気持ちが集まっていたせいか、リオナはその姿を見た時、少しだけ不思議な安心を覚えた。


「あ……まだいる」

思わず、そんな言葉が口をつく。


後ろから出てきたリナライも、門のそばの白を見てすぐに頷いた。


「……いる」

その返しが、妙にしっくりきた。


シオンは、すでに白い花の近くにいた。

胸元の灯りが静かに揺れ、ひらいた花をじっと見ている。

咲いた昨日の朝とは違う。

驚きや高まりよりも、“そこにある”ことを確かめるような落ち着いた見方だった。


「……しろ」

ぽつりとシオンが言う。

「うん」

リナライが答える。

「……はな」

「うん。花」

少し間があく。

「……いる」

それを聞いたリオナは、思わずシオンを見る。


「いま、“いる”って?」

シオンの灯りが、やわらかく明滅する。

「……いる」

もう一度、確かにそう言った。


リオナは胸の奥に、静かな熱が広がるのを感じた。

咲いた。

ひらいた。

そんな変化の言葉の次に来たのが、“いる”なのだ。


それは、この花がただ一瞬の出来事ではなく、今日もここに在るものとしてシオンの中に入ってきた証のように思えた。


「うん」

リオナはやさしく頷く。

「今日も、いるね」


朝の水やりをしながら、リオナはひらいた白を見る。

花弁は昨日より少しだけ落ち着いて広がり、中心の影もやわらかく見える。

根元には、シオンが添えてきた白い花びらがまだ残っていた。


小さな水差しから落ちる水は、昨日と同じように静かだ。

でも、受け取る白の表情はもう違って見えた。


「咲いた朝の白っていうより……」

リオナは独り言のように呟く。

「今日は、“ここにある白”って感じだな」


その言葉に、リナライが少し考えてから頷く。


「……きのうは、“ひらいた”だった」

「うん」

「……きょうは、“いる”」

「たぶん、そうだね」

シオンの灯りが、小さく揺れた。


午前のうち、最初に立ち寄ったのはリツカだった。

今日は前より少し早い時間に来て、門の前で立ち止まると、すぐに白い花を見つけた。


「……まだ、咲いてる」

その声には、昨日の驚きよりも強い安堵があった。


「うん」

リオナが答える。

「今日もいるよ」

リツカはその言葉を聞いて、ゆっくり息を吐いた。

「よかった」

「そんなに?」

彼女は少し迷ってから、正直に言う。


「昨日だけだったら、どうしようってちょっと思ってたんです」

その気持ちは、よくわかった。

咲いた瞬間だけが特別なら、それはそれで美しい。

でも、今日もそこにあるとわかることには、別の種類の救いがある。


「……弟、今日は少しだけ起きていられたんです」

リツカがぽつりと続ける。

「だから来る前に、窓開けてきました」

リオナは、静かに頷いた。

「そっか」

「それで、ここも見たくて」

彼女は白い花を見つめる。

「変わるだけじゃなくて、続いてるの、見たかったから」


その言葉は、今朝の白をとてもよく表していた。

昨日は“ひらいた”ことが大事だった。

でも今日は、“続いている”ことが大事なのだ。


シオンはリツカを見る。

次に白い花を見る。

そして、小さく言う。


「……りつか」

リツカは顔を上げ、少しだけ驚いて、それからすぐに笑った。

「うん」

「……しろ」

「うん。白、今日もいるね」

「……いる」

そのやり取りは、とても短い。

なのに、昨日より少し深く感じられた。

変化の言葉ではなく、在ることの言葉を分け合っているからかもしれない。


昼前にはミレナが立ち寄った。

白い花を見るなり、彼女は微笑む。


「今日は、落ち着いた白ですね」

「昨日とは違う?」

リオナが聞くと、彼女は頷いた。

「はい。昨日は“ひらいた”っていう嬉しさが前に出てたけど、今日はもう、この場所に馴染んでる感じ」

「……なじんでる」

リナライがその言葉を繰り返す。

「そう。もう“特別に咲いたもの”じゃなくて、“ここにいる花”になってきた感じです」

その言い方に、リオナは少しだけ目を細める。


たしかにそうかもしれない。

咲いたことが事件ではなくなり、在ることが日常に入り始めている。

それは、待っていたものが自分の暮らしの中に落ち着いてくる瞬間なのだろう。


エマは昼の明るさの中で白を見て、こう言った。


「今日は輪郭が静かですね」

「静か?」

「ええ。昨日は“ひらいた形”が見えたけど、今日は“そこにある形”として落ち着いてる」

それもまた、仕立て屋らしい見え方だった。


ノルはやって来るなり、少し拍子抜けした顔をした。


「なんか、今日は普通に咲いてる」

「普通に?」

リオナが笑う。

「うん。いい意味で」

ノルは少し考えてから言い直す。

「昨日は“すげえ!”って感じだったけど、今日は“あ、今日もここにある”って感じ」

ハルがその横で静かに頷く。

「それ、たぶん大事な方」

「そうかな」

「うん。特別なだけだと、ずっとは見に来られないから」

ノルはその言葉を聞いて、しばらく白い花を見つめていた。


「……じゃあ、ここって“すごい場所”っていうより“来る場所”になったんだな」

その言い方が、リオナにはとても嬉しかった。


午後、老婦人が立ち寄った時には、もう白い花は完全にこの庭の一部みたいに見えていた。

彼女は麻紐の向こうから笑って言う。


「今日は、落ち着いてるねえ」

「うん」

「こういう日が続くと、いい庭になる」

その一言が、リオナの胸に静かに残る。


いい庭。

きっとそれは、珍しいものがある庭という意味ではない。

変わるものと、変わったあとに在り続けるもの、その両方をちゃんと見られる庭という意味なのだろう。


シオンは白い花の根元を見る。

そこに残る白い花びらを見る。

灯りがやわらかく揺れる。


そして、またひとひら、胸元から小さな白い花びらが浮いた。


皆が自然とその動きを追う。

誰に返すのか。

向こうへ送るのか。

そう思った次の瞬間、花びらはまっすぐ白い花の根元へと落ちた。


昨日と同じ。

だが、その意味は少し違って見えた。


昨日は、ひらく前の“今日のここ”に返しているようだった。

今日は、ひらいて、そこに在り続ける白へ添えているように見える。


「……また、ここに」

リナライが小さく言う。

「うん」

リオナは頷く。

「たぶん、今日もここなんだろうね」


シオンは白い花を見る。

それから、かすかな声で言った。


「……いる」

その言葉に、リツカが静かに笑う。

「うん」

ミレナも、エマも、ノルも、ハルも、ちょうどそこにいた皆が、まるでその一言を受け取るみたいに少しだけ表情をやわらげた。


“ひらいた”という出来事のあとに、

“いる”という静かな確かさが残る。


それは派手ではない。

でも、人が毎日立ち寄る場所には、たぶんそういう確かさの方が深く沁みるのだろう。


夕方、白い花は朝より少しだけやわらかな影を帯びていた。

昨日ひらいた花。

今日もいる花。

そのそばに小さな花びらが二枚。

麻紐の線、小さな水差し、そしてその前に立ち止まる人たち。


リオナはその光景を見ながら、心の中でそっと思う。

この花はもう、ただ咲いた白ではない。

今日もここにいる白として、人の毎日に入り始めているのだと。

今回は、ひらいた白が“咲いた出来事”から、“今日もそこに在るもの”へ変わっていく回でした。

変化の瞬間も大切ですが、そのあとも変わらずそこにいてくれることには、また別の安心や意味があります。

リツカの「変わるだけじゃなくて、続いてるのを見たかった」という言葉は、まさに今のこの白をよく表していたように思います。


また、シオンは今日も白い花の根元へ花びらを添えました。

昨日と同じしぐさでも、今日は“ひらく前のここ”ではなく、“今日もいるここ”へ返しているように見えます。

その違いを感じ取れるくらい、この庭は少しずつ細やかな時間を持つ場所になってきています。


次は、この“今日もいる白”が、人それぞれの一日にどう寄り添い始めるのか。

静かな庭の物語は、変化だけでなく、続いていくことのやさしさへも進んでいきそうです。

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