第2章 第90話:衝突 ― 守る影
王国の調査隊は、三体の影を王都へ移送するという判断を示した。しかし村の人々はそれを受け入れることができない。ナリ、ノア、レンは村で生まれ、ここで存在しているからだ。影は研究対象なのか、それとも生きる存在なのか。その答えはまだ誰にもわからない。そしてその緊張の中で、小さな出来事がきっかけとなり状況は大きく動き出す。影と人が初めて真正面からぶつかる瞬間が訪れようとしていた。
村の川辺には重い空気が流れていた。王国の調査隊と村人たちが向かい合っている。誰も大きな声を出さないが、空気は明らかに張り詰めていた。
アルヴェンは三体の影を見つめている。ナリの胸の核がゆっくり光る。どくん。どくん。その光は穏やかだが、確かな力を感じさせる。ノアは柔らかく揺れ、周囲の影を吸い寄せている。レンは落ち着かない影のように地面を滑っていた。
「王国としては研究が必要だ。」アルヴェンは静かに言う。「影は境界の存在だ。放置することはできない。」
リオナが低く言った。「放置じゃない。ここで生きている。」
セリスも続ける。「連れて行けば崩壊する可能性もあります。」
研究員が言う。「それも含めて研究です。」
その言葉に村人たちがざわめいた。ミルが小さく呟く。「研究って……。」
トオマが言う。「ナリたち、物じゃない。」
ユルクが真剣な顔で言う。「ここにいる。」
その時だった。
一人の若い騎士が前へ出た。「危険性を確認する必要があります。」
アルヴェンが止めようとする前に、騎士は剣を抜いた。刃は影に向けられている。
「少し刺激すれば反応がわかる。」
村人たちが息を呑んだ。
リナライが叫ぶ。「やめて!」
騎士が一歩踏み出す。その瞬間だった。
レンが動いた。
黒い影が一瞬で細く伸びる。地面の影を滑り、騎士の足元へ到達する。
騎士が驚く。「なっ……!」
次の瞬間、レンは騎士の背後にいた。
剣を持つ腕の影が揺れる。騎士は反射的に後ろへ下がった。レンの速度は人の目では追えないほどだった。
「速い……!」研究員が叫ぶ。
ナリの核が強く光る。どくん。
空気が震えた。
ノアの輪郭が広がる。地面の影がノアへ吸い寄せられる。
騎士たちは一斉に武器を構えた。
「下がれ!」アルヴェンが叫ぶ。
しかし緊張はもう止まらない。
レンがリナライの前に立つ。ナリの核が強く鼓動する。ノアが影を集める。
三体の影が守るように並ぶ。
村人たちは息を飲んだ。
アルヴェンはその光景を見ていた。影が人を守ろうとしている。
その時だった。
ナリの核が急に強く光った。
どくん。
どくん。
鼓動が速くなる。
セリスが驚く。「核反応が上昇しています!」
観測装置の針が跳ね上がる。
「まずい……。」
ナリの光が広がる。森の影が一斉に揺れた。
境界が反応している。
アルヴェンが低く言う。「これは……。」
リオナが叫ぶ。「刺激しすぎた!」
レンが動く。ノアが影を集める。
ナリの核はまだ光っている。
どくん。
どくん。
そして森の奥で、境界の影が大きく揺れた。
王国の騎士の行動がきっかけとなり、村の緊張はついに衝突へと変わった。レンの速度、ノアの吸収、そしてナリの核が強く反応する。影たちは明らかに意思を持って動いていた。そしてその刺激によって境界そのものが揺れ始める。影と人の対立はまだ始まったばかりだった。だがその波は確実に世界へ広がり始めている。




