電子書籍配信記念SS②◆お兄ちゃんがんばる
ある週末。朝食が済んだ後、パパとママが近くの市場に買い物に出かけることになった。
「ごめんね、ユーリ。じゃあ、本当にお留守番お願いしててもいい?」
ママがぼくに優しく微笑みかけ、そう言う。
ぼくは胸を張り、自信満々に答えた。
「もちろん! 双子の面倒は任せておいてよ。もう八歳だし、ぼく、ちゃんと見ていられるよ」
するとママは、安心したような顔でくすりと笑って頷いた。
「すぐに帰ってくるからな。頼むぞ、ユーリ」
赤ん坊のクロエを抱っこしたパパが、玄関に向かいながらそう言って、通りすがりにぼくの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「大丈夫だよ! いってらっしゃい、パパ、ママ」
意気揚々とそう答えると、ママが「いってくるわね」と言い、二人揃って玄関を出ていった。
パパの肩越しに目が合ったクロエに、ぼくはにっこりと笑いかけた。真ん丸おめめのクロエは「あふ」と声を漏らし、パパに抱かれたまま出かけていった。
「……さてと」
扉が閉まり、家の中にはぼくと、三歳の双子の弟妹の三人だけになった。
ぼくはくるりと振り返り、奥の部屋の絨毯に座っておままごとに夢中になっている二人を見る。
弟のエリオットと、妹のベルナデット。
二人は髪型以外の全てが本当にそっくりだ。パパと同じ金色の髪をしている。瞳はほんのりと緑がかった空色。ちなみに赤ん坊のクロエは、ママやぼくと同じ栗色の髪をしていて、瞳は漆黒に近い紫色だ。みんなお人形みたいに可愛い。
いなくなったことに気付いたら双子が泣いちゃうかもしれないからと、パパとママには何も言わずにそっと出ていってもらった。うまくいけば、このまま買い物から帰ってくるまで気付かずに済むと思う。ぼくがおままごとに加われば、より熱中して遊んでくれるはずだ。とにかく二人が帰ってくるまでおままごとを続けるのが、ぼくの作戦だった。
ところが。
「…………まま?」
(げ)
なんと弟のエリオットが顔を上げ、いきなりママの不在に気付いてしまった。まだ出かけて五分も経っていないのに。
すると、おもちゃの器にフェルトの野菜を詰め込んでいたベルナデットまで、その声につられるように動きを止め、顔を上げた。
(ま……、まずい!)
ぼくは慌てて二人のそばにしゃがみ込むと、気を逸らすため、強引におままごとに加わった。
「わ、わぁ! 美味しそうなお野菜だなぁ。エリオ、ベル。お兄ちゃんにも何かご馳走作ってくれる?」
「……ぱぱ……。まま?」
けれどベルナデットはそんなぼくをスルーし、あっという間に目を潤ませる。そして立ち上がると、口をへの字に曲げ、ふるふると震わせはじめた。
「まま……。ままぁ」
(な……何でこんな時に限ってすぐ気付くんだよぉ!)
おままごとを始めると、ママがいくら呼びかけても全然気付かないくらい熱中していることだってあるのに。
ベルナデットの不安はすぐさまエリオットに伝染し、こっちも同じように顔をくしゃりと歪ませ「ふぇ……」と悲しげな声を上げる。
「ぱぱぁ……、ぱぱぁ!」
(た……大変だ……!)
悲しげにパパを呼びはじめたエリオットの声で、ベルナデットの顔が本気の泣きモードに入った。
マズいと思ったぼくは、フェルトの野菜を食べる真似をしながら楽しそうな声を上げてみせる。
「こ、これ美味しいなぁ! もぐもぐ、もぐもぐ。エリオ、ベル、お兄ちゃん他にもご馳走食べたいなー」
「ふぇぇ……、ぱぱぁ!」
「お! こっちにケーキもあるぞー。ほら、エリオ。一緒にいただきますしようか。ね? おいでー、ベルー」
「うわぁぁぁん! ままぁ! びぇぇぇん!」
……ダメだ。作戦は完全に失敗した。
二人は涙を流しながら、家の中をうろうろと徘徊しはじめた。でも残念ながら、どこを探してもパパとママはいないのだ。
任せておいてよ! と宣言した手前、パパとママが帰ってきた時に双子がびえびえ泣いていたら、何だか気まずい。「ユーリに三歳たちのお世話を任せるのは、まだ無理だったか」なんて思われるのも悔しい。
そんなことを考えたぼくは、あらゆる手段でエリオットとベルナデットの気を引こうと努力した。
「よし! おいでー、二人ともー。お兄ちゃんが絵本読んであげるよ。こないだパパが買ってきてくれた『こぐまのハンフリーちゃん』シリーズの新しいやつ!」
「うぇぇぇぇぇん!!」
「……そ、そうだ。積み木でもしようか! よーし、お兄ちゃん、すんごいお城作っちゃうぞー!」
「ひゃぁぁぁん! うわぁぁぁん!」
「…………か、かくれんぼ……。よし! お兄ちゃんとかくれんぼしよう、エリオ、ベル。お兄ちゃんがどこに隠れてるか、見つけてごらん。今から隠れるぞー。隠れるからねー」
「ぎゃぁぁぁぁぁん!! ぱぱぁぁ!!」
「……ほら、隠れたよー。お兄ちゃんどーこだ♪」
「ままぁ! ままぁ!! びやぁぁぁぁぁん!!」
……全っ然ダメだ……。何で今日に限って……。
ぼくはがっくりと肩を落とし、大きな洗濯かごの中からのそのそと這い出た。
どうやら双子は、パパとママの外出を完全に察したらしい。玄関扉の前に並んで立ち、雄叫びのような声を上げながら泣いている。何だかぼくも泣きたくなってきた。
(どうしよう。どうしよう……。何か二人の気を引けるもの、ないかなぁ。うーん……)
小さな二人の後ろにそっと立ち、それぞれの頭を撫でながら、ぼくは一生懸命考えた。
そして。
(……あ、そうだ! 閃いた!)
とっておきの宝物の存在を思い出し、急いで自分の部屋のクローゼットへと向かう。
奥の方を探り、目的の衣装たちを見つけると、それを抱え急いで双子のもとへと戻る。
「エリオ、ベル、ほら、見てごらん! ジャジャーン!」
涙で顔中を濡らしていた二人は、ぼくの「見てごらん」に反応し、振り返ってくれた。
そしてようやく、泣き声が止んだ。
ぼくがジャジャーン! と見せつけたもの。その一つは、ぼくが四歳の誕生日にパパからもらった、セレネスティア王国騎士団の、騎士服のレプリカだ。
そしてもう一つは、五歳の誕生日の時にもらった、治癒術師の真っ白なローブのレプリカ。
二人は口をぽかんと開けたまま、それらの衣装を見つめている。
(本当は大事にとっておきたかった気持ちもちょこっとあるけど、仕方ない。お兄ちゃんだからね、ぼく。ふふん)
パパとママは、いつもぼくの気持ちを大切にしてくれる。
弟や妹が生まれてからも、ぼくが寂しく思わないようにと、ぼくにだけ向き合う時間を作ってくれたり、ぼくのためだけのプレゼントをこっそり買ってきてくれたりした。
パパやママやおばあちゃん、それに学校のお友だち。
みんなに優しくしてもらえて、ぼくは幸せなんだ。
ママのもとに生まれてきて、パパやおばあちゃんもいて、弟や妹たちと家族になれて、毎日とっても楽しいんだ。
だから、ぼくの宝物は、全部弟や妹にも分けてあげなきゃ。
ぼくがしてもらって嬉しかったことは、きょうだいたちにもしてあげなきゃいけないんだ。
幸せは、大事な人たちとみんなで分け合うものだから。
「ほら、おいでエリオ。セレネスティア王国騎士団の騎士さまの服だよ! 着てみてごらん。すっごくかっこいいんだぞ」
そう言って、ぼくは目を丸くしているエリオットに、レプリカの騎士服を着せてみる。
「……むふ。ふふふ」
思わず笑いが込み上げた。可愛い。ブカブカだ。
エリオットが着た騎士服の袖は、手をすっぽりと覆い隠し、裾は床を引きずる長さだ。
ぼくは慌てて笑みを引っ込め、エリオットを褒めたたえる。
「すっごくかっこいいよエリオ!! 騎士様だ!! パパと同じ、セレネスティア王国騎士団の一員みたいだよ!!」
「……きししゃま?」
「うん!! すごいなぁ、エリオ。まるでパパみたいだ」
「……えへ」
ぼくの言葉にすっかりその気になったらしいエリオットは、腰に手を当てて得意げな笑みを浮かべる。
レプリカの剣も引っ張り出してきて持たせてやると、さっきまで号泣していたのが嘘のように、エリオットは大はしゃぎを始めた。短い腕で、剣をブンブン振り回す。
「ぼくはきししゃまだじょ! ちゃきーん!」
「おおっ! かっこいいよ、エリオ!」
本当は「かわいい!」と叫びたかったけれど、ぼくはかっこいいかっこいいと囃し立て、拍手する。そして、はしゃぐエリオを羨ましそうに見ているベルナデットを手招きして、治癒術師のローブのレプリカを被せてやった。
「……ふふっ」
小さな妹が、真っ白なローブに埋もれ、また笑ってしまった。袖は長すぎて手が見えず、裾もたっぷり余る。丸い顔だけがひょこりと覗いているその姿は、とても高名な治癒術師には見えず、小さな雪の妖精みたいだった。
けれどベルナデットは、そんな言葉を期待していない。
「おにいちゃ、べる、かっこい?」
こてんと首を傾けてそう問いかける妹に、ぼくはもちろん満面の笑みで答えた。
「めちゃくちゃかっこいいよ、ベル! ママみたいだ」
「にししし」
照れくさそうに妙な笑い声を上げもじもじしている妹の頭を撫で、ぼくは温かい気持ちになった。
それからしばらくの間、すっかりご機嫌になった小さな騎士と治癒術師のごっこ遊びに付き合っていると、玄関扉が音を立てた。
「ただいまぁ。遅くなっちゃったわ。ごめんね、ユーリ。大丈夫だっ……」
溌剌としたママの声は、そこでぴたりと止まった。そして、紙袋を抱えたまま玄関を入ったところで固まり、双子を見つめている。
その後ろから、片腕にクロエを抱っこし、もう片方の腕に大きな紙袋を抱えたパパが入ってきた。
双子はたっぷり余った布に足をもつれさせながら、我先にと玄関の方へ歩いていく。
そして、エリオがフンと小さく鼻を鳴らし、胸を張った。
「ぱぱ、まま、みて! ぼく、きししゃま!」
「べるも! ちゅーじゅちゅししゃま!」
「治癒術師」が全く発音できていないベルも、エリオの隣で同じように小さな胸を張る。
パパとママは、完全に言葉を失っている。
しばらくするとパパが、クロエをしっかりと抱っこしたままうなだれ、その場にへたり込んだ。
「……か……可愛すぎるだろ……」
どうやらパパは、双子の可愛さに悶絶しているようだ。腕の中のクロエは、ぼくと目が合うとニパッと笑った。
ママは得意満面な双子を見つめ、目を細めている。
「わぁ、本当ね。素敵な騎士様と治癒術師だわ! 将来が楽しみねぇ。ふふ」
そう言ってエリオットとベルナデットの頭をそれぞれ撫でてやると、ママは荷物を置き、ぼくのそばへとやって来た。そして少し屈み込み、ぼくのほっぺたを両手で優しく包む。
「あんなに大事にとっておいた服なのに、二人に貸してくれたの? ありがとう、ユーリ。あなたは本当に優しいお兄ちゃんね」
「……えへ」
じっと見つめられて恥ずかしくなったぼくは、もじもじしながら少し笑った。
まるで魔法使いみたいに、いつもぼくの気持ちを分かってくれるママ。
強くてかっこよくて、優しいパパ。
二人が帰ってきてくれてほっとしたぼくは、またちょっとだけ泣きそうになった。
ママがぼくを抱きしめてくれる。
ママの肩越しに、エリオットとベルナデットの頭をわしゃわしゃしている嬉しそうなパパが見えた。そのそばでは、床に降ろされたクロエがちょこんと座って三人を見上げていた。
ぼくのおうちは今日もにぎやかで、そしてとびっきり幸せだ。
─── end ───
2026年8月4日、「初恋相手の子どもを隣国でひそかに育てていたのに、再会した彼が執着して離してくれません」の電子書籍2巻が配信開始となりました。完結巻です。
読んでくださった皆様のおかげで、素敵な書籍として世に送り出すことができました。心から感謝いたします。
ありがとうございました!!♡♡




