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デートのお誘い

「どうしたの? 寝れないの? そっか、じゃあ私が寝かしつけてあげる……」



朝奈さんが耳元で台本のセリフを囁きだした。俺の腕に朝奈さんの胸が触れたまま。触れているというより、軽く押し当てられている気がするのは俺の気のせいか? ふにふにした感触だ。

 朝奈さんは俺の耳元で、甘いくすぐったい囁き声で喋り続ける。吐息が耳に当たる。朝奈さんの衣擦れの音が聞こえる。


俺の心臓はとっくに、すごい速さで脈を打っていた。刺激が強すぎて、油断すると俺の下腹部のあたりのヤツが反応してしまいそうだ。膝を曲げててよかった。



「トントン♪ トントン♪」


(うおぉぉぉおあああ!!? り、理性を保てっ、俺なら我慢できるはずだっ!!)



朝奈さんは囁きながら俺を寝かしつけるように、ポンポンと俺のお腹を優しく叩く。数回叩いた後、その手がスリスリと俺の腹筋の辺りを撫で始めた。

 今日、腕を縛る判断をした俺はナイスだった。耳を『ゆかなん』の最高に可愛い囁き声でくすぐられ、腹部を柔らかい手でスリスリ撫でられ、朝奈さんのふわふわしたおっぱいが俺の腕に押し当てられている。3点責めだ。これで我慢できている俺は、聖人と讃えられるレベルだと思う。



「やっぱり寝れない? どうして? 不安なの? そっか……じゃあ、ぎゅってしてあげる」



朝奈さんはそのセリフの後、遠慮がちに、それでも今より俺にくっつくように体をよじらせた。朝奈さんの胸の感触をさっきより強く感じる。



「君が不安でも、私が一緒にいてあげる。……何でって、そんなの。君といたら幸せだからだよ、言わなくてもわかってよね。……わかんないって? ふふっ、そうだね」



朝奈さんの片腕が、俺を抱きしめる。そっと、壊れやすいものに触れるように、ゆっくりと。



「君と一緒に過ごせて、私はとっても幸せだよ。こうやって一緒に寝転べることも、ぎゅってできることも、君の匂いも全部が……好きだから」



これが台本に書いてあるセリフだとしても、本当に告白されているようで心臓が爆発しそうだ。というか、爆発している気がする。朝奈さんは震える声で、セリフを読み続けた。



「私は君のことが本当に……好きで、大好きで…………」



ピタッと、朝奈さんのセリフが止まってしまった。朝奈さんの吐息だけが聞こえる。



「ねえ、柏木君……顔見せて」


「えっ……?」



朝奈さんが俺のアイマスクを外した。困惑しながら、俺は朝奈さんのいる方に顔を向ける。


朝奈さんの顔がすぐそこにあった。同じ枕の上。本当に目と鼻の先に、真っ赤で可愛い朝奈さんの顔がある。お互いの顔が真正面から向き合って、朝奈さんの体温まで伝わってきそうだ。



「柏木君……これはセリフじゃなくて……っ、うっ……わ、わたしは……」



朝奈さんの言葉を最後まで聞くんだ。前みたいに手を離すような真似を、朝奈さんから目を離すような真似を、俺は絶対にしない。俺は身じろぎひとつせず、ただ黙って朝奈さんの紡ぐ言葉に耳を傾け続ける。


朝奈さんは真っ赤な頬で、目をぎゅっと閉じたり開いたり。綺麗な唇がふるふると、次の言葉を発しようと震えている。朝奈さんは真っ直ぐ俺の瞳を捉えた。


——腕なんか縛らなければよかった。朝奈さんの手を取って、朝奈さんと向き合いたい。



「あっ……」


「!?」



朝奈さんの目から、すぅっと涙がこぼれた。涙は朝奈さんの真っ赤な頬を伝って、枕を少し濡らした。


お互いに固まって、少しした後、朝奈さんはごしごしと目をこすった。涙をごまかすように何度も拭う。



「あ……あはは! なんで私泣いてるんだろうね! 変なの、あは」



朝奈さんはベットから起き上がり、目をこする。まだその目は潤んでいる。



「ご、ごめんね、なんか。……ありがとう、柏木君。今日はいい練習できたよ! 今日はこれでいい? あとは一人で収録できそうだし!」


「えっ」



今日はこれで終わり?


俺は今日、朝奈さんをデートに誘いたくて……。でも、まだ収録が終わっていない。余計なことを言って、朝奈さんの収録に影響が出てしまうかもしれない。俺は、おとなしくこのまま帰るべきなのかもしれない。朝奈さんもそれを望んでいるのかもしれない。だからこそ、こうやって帰って欲しいと朝奈さんが伝えている。



「——あっ、朝奈さん!!」



俺はベットから身を起こした。正座で朝奈さんと向き合う。


違う、違う。もうごまかさない。伝えるぞ、もういいんだ。自分の思いを真っ直ぐ伝えるのはやっぱり怖い。でも、伝えることが、朝奈さんと真っ直ぐ向き合うことだろう。こんなに必死になって、俺に何かを伝えようとしている朝奈さんに、俺も真っ直ぐ向き合うんだ。


朝奈さんの目を真っ直ぐ見つめる。朝奈さんの潤んだ瞳と、しっかり目が合った。



「……でっ、デートに行きませんか?」


「えっ……?」



朝奈さんはポカンと口を開けた。



「でーと? ……デートって、あのデート?」


「そう、デート。朝奈さん、来週とかダメですか」


「えっ、あっ……ら、来週の土曜日、収録の代わりにできる……」


「わかった。じゃあ、また来週に会おうね朝奈さん。収録頑張って!」



俺はベットから下りて、立ち上がった。


……言えた。言えたぞ。よく頑張った、俺! 



「今日はありがとう! 朝奈さん!!」



俺は真っ直ぐ部屋から出て玄関に向かう。



「ま、待って柏木君!! カバン忘れてる!! あと腕解いてないよ!?」


「あっ」



俺はどうも冷静じゃないらしい。朝奈さんをデートに誘えたことで、今の俺は興奮状態なのだ。頭を冷やさないと。とりあえず、カバンを取りに部屋に戻ろうとしたら、朝奈さんが俺のカバンを持ってきてくれた。


朝奈さんがカバンを置いて、俺の腕を解いてゆく。腕の解けた俺の肩に、朝奈さんがカバンをかけてくれた。



「ありがとう、朝奈さっ——」

ぎゅっ



一瞬なにが起きたのか理解できなかった。伝わる温もりと、目の前の光景で俺は理解する。朝奈さんが俺を抱きしめていた。固まった俺の耳元に、朝奈さんの顔が近づく。



「ありがとう、柏木君。……また来週会おうね」



朝奈さんに、耳元でそう囁かれる。俺の首筋に、ポトリと朝奈さんの涙が一粒落ちた。


俺は頭がぼんやりしながらも、朝奈さんを抱きしめ返そうと腕を伸ばす。だが、俺が抱きしめる前に朝奈さんがそっと俺から離れてしまった。



「デート、よろしくね」



朝奈さんは微笑んでそう言った。小さく手を振っている。


俺も手を振って、朝奈さんの家を後にした。


俺の頭はしゅわしゅわだ。嬉しいも興奮も、色んな感情がごちゃまぜになっている。でも、確かな満足感はちゃんとあった。

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