添い寝収録開始
『明後日に収録、よろしくお願い致します』
朝奈さんからそんなラインがきた。なぜこんなに堅い文章なのか。
『ご丁寧にどうも。こちらこそよろしくお願い致します』
こんな感じで返信すればいいか……。
メモを見直す。俺は朝奈さんをデートに誘う。考えただけでドキドキしてしまうが、これぐらいやらないと告白なんか出来るはずがない。ぎゅっと拳を握りしめた。
やるぞ、俺は。
◇
いつもの駅に着く。朝奈さんの後ろ姿を見つけた。よし、まずは元気に挨拶しよう。
「朝奈さん、おはよう!」
「きゃっ!? あっ、柏木君」
背後から声をかけただけなのだが、朝奈さんは思ったよりびっくりしている。怖がらせてしまったかも。やる気が空回りしてしまった。
「びっくりした? ごめん」
「あっ、だいじょうぶ、だいじょうぶ。おはよ! 柏木君!」
朝奈さんはにっこり微笑んだ。これが見れただけで、俺は今日1日幸せなことが確定した。
朝奈さんの格好は、白のハイネックのセーターに茶色のジャンパースカート。それと、耳に小さい三角形の飾りがついたピアスをしていた。朝奈さんがピアスをしているのを、俺は初めて見たかもしれない。
「朝奈さん、ピアス似合ってるね」
「! えへ、ありがとう。露ちゃんにもらったピアスなの」
朝奈さんはピアスを指でちょんちょん触りながら、にんまり笑う。抱きしめたくなる気持ちを、俺はちゃんと我慢した。
朝奈さんの家までの道を、二人で歩く。朝奈さんの手がふらふらと俺の手の近くを何度も横切るから、俺はその手を握りたくて仕方なかった。
「朝奈さんって、いつもピアスつけてたっけ?」
「私は普段、あんまりつけないんだけどね。今日はつけてみよっかなー、なんて」
いつものように、朝奈さんがオートロックの番号を打ち込んで、俺はそれを朝奈さんに背中を向けて待つ。階段を登り、203号室の扉の前に二人で立った。朝奈さんが鍵を取り出して、ガチャリと扉を開ける。朝奈さんが玄関に入った。
「入っていいよ、柏木君」
「え!? 腕は!?」
いつもみたいに、腕縛ってないんですけど。
「いいよ、別に。……それとも縛って欲しいの? ふふっ」
「うーん……うん、縛って欲しい」
カラオケの時のように、我慢できずに朝奈さんに何かしでかしてしまうかもしれない。すでに俺は一度失敗しているのだ。慎重にいくべきだろう。腕を縛ってもらいたいというのは、そう考えた俺の結論だった。
「えっ…………もしかして、そういう性癖の人だったの? 柏木君」
「そっ、それは違う!!」
朝奈さんはドン引きみたいな顔をしていた。挨拶に続き、また失敗。まだ朝奈さんの部屋にもたどり着いていないというのに。
「変なの」
朝奈さんはそんな呟きをしながら、部屋から持ってきた紐とタオルで俺の手首を縛っていく。
「はい、終わり! どーぞ、柏木君」
「ありがとう。お邪魔します」
朝奈さんは縛り終わって、ぺしんと俺の手首を叩いた。俺も玄関に入り、靴を脱ぐ。俺が靴を脱ぐために足をもがいて動かしていると、朝奈さんがすかさず俺の靴を脱がしてくれた。
「あ、もしかして私にこういうお世話をしてもらいたいから、柏木君は腕を縛って欲しかったの?」
「それも違います。本当に」
このままだと朝奈さんに、俺が変な性癖の人だと誤解されてしまうかもしれない。
「はい、クッション。柏木君はちょっと待っててね」
「ありがとう。待つって、何を?」
俺は朝奈さんが置いたクッションの上に座った。
「着替えてくるから、柏木君はじっとしててね」
「えっ……あ、はい」
朝奈さんは部屋から出て、脱衣所に向かったようだ。今の服で撮るんじゃないのか。
朝奈さんをいつデートに誘おう。収録が終わってから伝えることにしようかな。収録の気が散るようなことはしたくないし。セリフは遊びに行きませんか、でいいだろうか。気の利いた言葉なんて俺が発言できるわけもない。どストレートに言うしか思いつかない。
「ふう。柏木君、お待たせ」
朝奈さんが着替え終わって部屋に戻ってきた。全身ピンクのもこもこパジャマだ。これは確かに、着たまま外を歩けない。
「かわいい」
無意識で口から感想が飛び出ていた。
「あ、ありがと」
朝奈さんは照れ気味に、そう返す。その反応込みで可愛さ100点満点だ。無意識に喋った俺の口、ナイス。
「じゃあ、今日は添い寝の収録するからよろしくね、柏木君」
朝奈さんに向かって俺は頷いた。頑張るぞ、収録のお手伝いも、デートのお誘いも。




