デュエット
『ゆかなん』の動画をどうしていくか。俺と露さんで互いに思いがぶつかり、議論が白熱した。なかなかいい議論になった。当の本人である朝奈さんは、どこかのほほんとしてポテトを食べているだけだったが。
「ふう……なかなかやるなぁ、柏木さん」
「ふふ……露さんもなかなかできますね」
俺は露さんと謎の絆を感じていた。強敵との戦いの後、芽生える友情的な。
「だいたいのスケジュールも決まったし、今日の会議はこれで終わりにしよか」
「そうだね〜。ありがと、露ちゃん」
朝奈さんは残っていたジンジャーエールを、ストローで飲み干した。朝奈さんが机にコップを置いて、カランと氷の音が鳴る。
「そういえばゆかなんと柏木さんって、今どこにおるん?」
「カラオケにいるよ〜」
「ふふふ、お二人さん仲よさそうやねぇ。これから歌うん?」
「うん。ね?」
朝奈さんが俺に目を合わせて、ニコッと微笑んだ。俺はドキッとしながら、朝奈さんに頷き返す。
「よかったねぇ、ゆかなん。またお正月会おうね! 柏木さんもまたね! さいならー!!」
「さ、さいならー、露さん」
「露ちゃん、ばいばい」
通話が切れる。会議は白熱した結果、2時間もしていた。部屋の残り時間は1時間。
朝奈さんがマイクを二つ台からとって机の上に置き、カラオケのリモコンを手に持った。
「ね、ねえ、柏木君ってどんなの歌うの?」
朝奈さんが俺に寄り添うように、肩を触れ合わせながらカラオケリモコンの画面を見せてくる。朝奈さんと肩が触れ合ったことで、俺の緊張感が一気に増した。自分の心臓が高鳴り始めているのがわかる。
「えっと、なんか、こういうのとか」
俺は適当にランキングに載っていた曲を指差した。無難に誰でも知ってそうな曲を、俺は歌えるようにはしているのだ。それが一般サークルに紛れる大学生の嗜み。
「あ、私もこの曲知ってる。確かデュエットで歌えるよね」
「そうだね。確かに」
焦って、パッと見で知ってる曲を指差したので、意識はしていなかった。
「ね、一緒に歌わない? だ、だめ?」
朝奈さんに、上目遣いでそんな可愛くお願いをされたら、断れるわけないじゃないかぁ!!
「い、いいよ」
俺はリモコンを操作して、曲を入れた。俺は今から、朝奈さんとデュエットで歌うのか? こんなことなら、ちゃんと練習しておけばよかった……。
朝奈さんも俺もマイクを手に取った。朝奈さんはマイクを両手で握っている。今だに朝奈さんとは、肩が触れ合う距離感だ。というか、むしろマイクを持ってからより距離が近くなった気がする。朝奈さんは俺に寄り添うというより、もたれかかると表現した方が近い感じになってきた。
曲を上手に歌えるかどうかのドキドキなんか気にならなくなった。朝奈さんと触れ合っている感覚に、俺は意識が集中していた。朝奈さんと触れ合っている所が、ほんのり暖かくて柔らかい感じがして、ドキドキするしそれを顔に出さない様にするので俺は必死だった。
「ねえ、柏木君のとこだよ?」
「あっ」
曲はとっくに流れていて、俺の歌うパートはすでに始まっていた。俺は全然気づいていなかった。慌てて歌い出す。
「ふふっ、柏木君頑張れー」
すぐ側で聞こえる朝奈さんの声で、歌には集中できない。ぐにゃぐにゃの音程で、最初の自分のパートを歌い終わる。次は朝奈さんの歌うパートだ。
(なんか『ゆかなん』さんっぽい声だな。歌ってる時に声が変わる人なんだな、朝奈さんって)
朝奈さんは特に音程を外すこともなく、可愛らしい声、というか『ゆかなん』さんの声で歌っていた。
朝奈さんと一緒に歌う。俺はもう緊張で音程なんか合わない。声が震えてしまう。朝奈さんとの触れ合っている接点にしか、意識がいかない。
朝奈さんのお尻が、肩が、肘が触れている。近い、近い。嬉しいけど近い。椅子が狭いのもあるけれど、それにしたって近いのだ。やばい、汗かいてきた。
間奏になる。ちらっと朝奈さんの方を見ると、朝奈さんもこっちを見てきた。目と目が合う。
「楽しいね、ふふっ」
部屋の中は少し薄暗い。でも朝奈さんの表情が、俺には眩しく見えた。朝奈さんのその笑顔に、俺は本当に胸が融けてしまったようで、朝奈さんのことが愛おしくてたまらなくなって、本当に何が何だかわからなくなってしまった。朝奈さんのことが、好きでたまらない。
——本当にわからなくなった俺は、朝奈さんを抱きしめてしまった。思いっきり、ぎゅっと。
抱き寄せるとお互い元は一つだったみたいに、ピタッとくっつき合う。朝奈さんの体は、どこもかしこも柔らかい。朝奈さんの匂いも、触るとくしゃっとする茶髪も、全部全部、俺は大好きだ。
「かっ、かしわぎくん……」
「——あっ、ごめ」
朝奈さんの震えた声で頭が冷えた俺は、朝奈さんを抱きしめていた腕を離した。
朝奈さんは頬を染めていて、すぐに俯き動かなくなった。俺は何も言えなかった。曲なんかとっくに終わっていて、部屋に沈黙の時間が生まれる。聞こえるのはカラオケの広告cmだけ。
「トイレ……行ってくる……」
そう言って、朝奈さんは部屋を出て行った。




