キットカット
『ごめん! 来週の土曜、補講あるの忘れてた! 私遅くまで補講あるから、収録再来週でもいい? 日曜日もバイトなの』
『俺も補講忘れてた! おっけ!』
収録の次の日、こんなラインが来ていた。となると、来週に朝奈さんに会えるのは大学かサークルの研修ぐらいか。朝奈さんにあまり会えなくて残念だ。
◇
大学の図書館で暇を潰していた。次の講義まではあと30分。特に喋る人もいない。携帯をいじっていた。
ひんやりとした感触が俺の首筋を襲う。誰かが俺の首筋に手を当てている。危うく声をあげそうになったが、耐えて触った人物の方に振り返った。
「よう、柏木君。何してんの」
「朝奈さん!」
背後には朝奈さんがいた。嬉しくて、声が大きくなる。
「俺は次の講義までの暇つぶし。朝奈さんは?」
「私はコピー機使いに来てたの。もう帰るけどね」
朝奈さんは手に持っていた紙を俺に見せる。講義のレジュメだ。レジュメってかっこいい名前を使ってはいるが、ただの講義で配られる資料だ。なんでこんなわかりにくい名前で呼ぶのかは謎。大学に入ったら、みんなカッコつけたくなるのかもしれない。
「これあげるよ、柏木君。手だして」
朝奈さんに言われるがまま、俺は左手を開いて差し出した。朝奈さんが俺の手のひらの上に何かのせる。……お菓子の袋だ。くしゃっとしている。中身の入ってないゴミじゃん。
「朝奈さん、残念ながらここはゴミ箱ではありません」
「あらら残念」
朝奈さんはくすくす笑いながら、ゴミを自らのポケットに入れた。
「うそ、うそ。はいこれ、あげるよ。チョコ」
朝奈さんは俺の手のひらに、また小包のお菓子を置いた。今度はちゃんと中身の入ってるやつ。
「ありがとう、朝奈さん」
「いえいえ〜。じゃあ、またね」
朝奈さんはひらひらと手を振って、笑顔で去って行った。胸がこそばゆい。この出来事だけで、今日1日が幸せに感じる。知ってはいたが、自分は結構ウブらしい。
◇
朝奈さんと図書館で会ってから2日後。サークルの研修の日。広めの会議室のようなところを借りて、サークルのみんなが集まる。真面目に聞いてはいるが、そんなにかしこまった研修ではない。研修と次の活動のミーティング合わせて1時間程度。活動は週一で行われているが、全部に参加する必要はないので、その週の活動に参加しない人は、他の人のミーティング中、帰ったり喋ったり、ゆるゆるしている。
今はまさにミーティングの時間。俺は今週の活動に参加しないので暇だ。朝奈さんもミーティングに参加せず、端の方で荷物を片付けている。ちょうどいいし、俺は朝奈さんに話しかけることにした。
「朝奈さん」
「おっ、柏木君じゃん。元気?」
朝奈さんはニコニコ笑った。
「朝奈さん、手、だしてくれる?」
「え? うん」
朝奈さんが手のひらを開いて、そっと俺の前に差し出した。俺はその手のひらに、自分のポケットから出したものをのせる。
「あ、キットカット。何これ、柏木君?」
「あげるよ。前、図書館でチョコくれたから、そのお返し」
「え〜、いいの? やった!」
朝奈さんはにっこり微笑んで、キットカットを受け取った。俺は正直、朝奈さんと喋るためにこのキットカットを買って来たのだ。計画は無事に成功した。
「私はもう帰るんだ。柏木君は?」
「あっ、俺も帰るよ」
「じゃあ、一緒に行こ」
別に急ぎの用はないが、朝奈さんと一緒に帰りたいだけだ。
駅まで朝奈さんと二人で歩く。現在の時刻は20時過ぎ。11月の終わりなこともあって、外はすでに真っ暗で肌寒い。朝奈さんはあったかそうなマフラーをしていた。
「ねえ、キットカット、今食べてもいい?」
「へ? いいけど」
俺にわざわざ聞かなくても、朝奈さんにあげたのだから、朝奈さんの好きにすればいいと思う。歩きながら食べるのは、多少行儀が悪いのかもしれないが、俺はあんまり気にしない。周りに人もそんなにいないしな。
朝奈さんはカバンから出したキットカットを、袋のままパキリと真ん中で割った。袋を開けたままで、朝奈さんは食べ始めない。キットカットを手に持ったまま、朝奈さんはからかうような笑みを浮かべて俺を見てきた。
「ねえ、柏木君。お腹減ってない?」
「え? いや、別に……」
「減ったでしょ? ね?」
「? は、はぁ……減りました」
「よろしい」
「むぐ」
朝奈さんは俺の口に、割れて半分になったキットカットを突っ込んだ。
「へへ、ありがとね、柏木君」
朝奈さんは笑いながらそう言って、残りを口に入れる。俺はキットカットを咀嚼するのも忘れて、朝奈さんに見惚れてしまっていた。自分の頬が赤くなってないか心配だ。




