第三十四話 「貘耶」
狼はリー達が居る部屋に入った。なにぶん、白いシエンが呼んでいると、ルイから言われたからだ。昼前、リーは庭の花に水をやっているので居ない。なのでこの時間帯はシエンだけしか居ない。
狼は腰を下ろし、髪が白に染まったシエンに向かっていつも通りの口調で語りかけた。
「よいせっと、お前さんが俺を呼ぶとはどういう了見だ。また喧嘩か?」
「いや、そういうつもりはない」
「ならなんだ。妹なら任せろと言っただろ?」
「この体は沉の物だが。今は干将、俺だ。そんな俺からの願いも汲み取ってくれ」
「うん…?なんだ、言ってみろ」
耳を穿りなら面倒臭そうに聞く耳を立てる狼。干将は聞いてくれる様だと思い、口を開いた。
「李、もとい貘耶を意地でも傷付けないでやってくれ」
面倒臭そうに聞いていた狼がピクリと反応する。その後に明らか反感の意が汲み取れるくらいの声音で言ってきた。
「あぁ?そりゃ無理な話だぜ干将さんよ。俺はあいつに剣を教えてくれって言われたんだ。実践訓練だってする、怪我は当然するぜ?」
「させないように立ち回れ。あれを傷付けては駄目だ」
「分かんねえな。何故そこまで危惧する。嫁を納めた器だからか?ハッ、そりゃいいご身分ってやつだ」
「違う。これは李僭王自身を危惧して言っているんだ」
「へぇ?」
どういう事だという意味だろう。干将は構わずに切り出す。
「奴は死なん。貘耶の泥が流れる限り傷を修復して命の灯火を燃やし続ける。人の寿命を迎えるまでな」
「心臓を貫いても死なない訳か。面白え身体を持ったもんだ」
「だが代償に貘耶は取り立てる。元の彼女の寿命を傷を修復していくと同時に蝕んでいき、最終的には完全に奪われる。そして蝕む速さは傷の大きさに左右される」
「へぇ…それで?」
「ちらりと見えた彼女の胸元の黒い傷。間違いない。貘耶の侵食は始まっているんだ」
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
なんていう話があった。とは狼も本人には言えない。彼は、庭先でルイと花に水をやっているリーを眺めながら、ボーッとそんな事を思い出していた。
「狼も多少は水やりとか草むしりとか手伝ってくれないかな?」
「あー?だりぃよんなもん」
ルイに手伝いを要求されても突っぱねた。ただただリーを観察する。白い肌、夕陽色の瞳、白い衣服、白い髪…。どうすりゃこうなるのか、狼には分からなかった。しかし、空いた襟からちらりと覗くその黒い傷は白い肌がたたってはっきりと見え、不気味だった。
「…あーあ。あいつの言っていた事はガチそうだな」
「おい狼、これ」
「あ?」
上から声がすると思い、上を向くと、窓からうつろな目をしたシエンが覗き込んでいた。彼は一つの御盆を持っていた。
「あいつらに分けてこい。って」
「お前さん、やっと起きたのか…。わぁったよ」
シエンから御盆を受け取り、それをみると、昨日飲んだ茶と、軽食が乗っていた。
リーとルイに近づき、声を掛ける。
「ん?あぁもうそんな時間か」
「ご飯ですね。狼さんもどうでしょう?」
「…いや、俺はちょっくら刀の整備をしてくらぁ。リー、今日はどうする。やるか?」
「そうですね…。お願いします」
「じゃ、夜な」
狼はそう言って、その場を後にした。
向かう先は与えられた部屋だが、刀の整備は朝に既にしているのでしない。
なら、何をするのだろう。
それは─────。
「さぁて、どう鍛えるか」
己を、そして彼女を如何にしてどの様に高め磨いていくかを考察するのである。
残り6日。
自身で言っておいてなんだが、短すぎたと少し後悔している。
この短い期間で如何に効率よく強くなれるかを、見つけ出さなければ。




