第二十四話 「レンの家に訪れた者」
ルイはいつものように自分が丹精込めて育てている花達の手入れをしていた。
ルイ自身、この作業をこの家に来てからずっとやっているが全く飽きていない。自分は植物の世話をするのが一番向いているし、好きなのだと自覚しているからだ。
あの二人が出て行ってから数日ぐらいが経った時に国からある一通の通達が来た。要約すると、
『不正に在国している倭人を見つけ次第捕らえ、国に通報しろ』
という内容だった。
倭人というのは隣国の倭という少し貧しい国の人達の事だ。最近になって小型船での無断入国が頻発し、国が総力を挙げてそれらを取り締まっているらしい。
しかし、それでも前々から住んでいる倭人の人々も居るから全てを取り除くという事が出来ない。
なので、包囲網を敷く為にこういう事をし始めたのだろう。
倭人ではない純正国民のルイには関係の無い事なのだが。
ただ、とても狭く暗い視野でルイは見てしまった。
その通達を見て、妙に焦燥にかられるレンの姿を。
「ま、いいか。バレなきゃ良いんだし」
「おいルイ、茶葉が切れた。持ってきてくれ!」
「はーい」
えらくガタイの良い料理担当、シュウが顔を出してきて茶葉を要求してきたので、茶葉を10枚ぐらい切ってそれを渡し、自分の庭をちらりと見て、別に変な所が無いかを確認した後に、家へ入ろうとした時。
「そこの人。すまない、少し家にお邪魔させてくれないだろうか」
「え?」
「追われてるんだ。入れてくれ」
「あ、うん。どうぞ……?」
その人物はとても大きな菅笠を被っており、素顔が良く分からないし、長そうな黒髪を一つに纏めている。そして、その人物は汗塗れで、妙に焦っていた。
本当に誰かに追われていたかのような。
状況を察して急いでその男を家の中に入れて、一つの空き部屋に隠れさせる。
その時にレンが扉を開けて入ってきた。
「どうしたんだい?ん、お客さん?」
「うん。誰かに追われてるみたいで…入れて良かった?」
「……追われてる?あぁ…成る程、君も倭人か」
「……そういうお前も倭人なのか?」
「…………………黙っとくよ」
「そりゃそうだな…純正国民が居る前で話せるわけないな」
そこで会話が途切れた。ルイは別に、レンが倭人であろうがなんだろうが突き出すつもりは一切ない。ルイも、彼に助けられた人物の一人だから。
しばらくの静寂はある一つの騒音で打ち破られた。
ドンドンと玄関の扉を叩く音がする。その音が聞こえた男は、口を開いた。
「来た…!あいつら…まだ追って来やがってたのか」
「ルイ、ここで少し待っててくれ。僕が出る」
「えっでも…!レン兄が出たら不味く…」
「大丈夫さ」
そう言って、レンは部屋を出て行った。ルイはいつもその言葉を吐くレンが頼もしく見えていたが、今回はなぜか、胸の奥底から不安感が湧き出ていた。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
レンは玄関の扉を開けた。其処にはずらりと並んだ軍服を来た男達。後ろまで人が居た。
「これはまた…大勢だね」
「大変申し訳ない。此処に倭人が逃げ込んだと思ったのだが。調べさせていただけないか?」
「お断りだ。そんな奴一切来てないよ」
「ほう?なら、通させて貰っても良いと思うんだが」
「だからお断りって言ってんだよ。大事な書類とか部下の庭を荒らされたら大変だ」
「………蓮锯朝。この地区の管轄者であるお前も倭人か?」
「おっと…?家の中を調べさせないだけで、倭人扱い?ふざけた事抜かすなよ」
「ぐぁっ!?」
腹に一撃、発勁を入れる。
その不意打ちにより突き掛かって来た男は血を吐いて倒れた。
周りがざわめき始め、慌てて武器を構え出す。
剣、銃、槍。様々な武器だ。
「全く、この国も廃れたな、みんな武器を持っちゃってさ、拳と脚があるのにね」
全員の矛先が余裕をかますレンの方へと向く。
その状況の中で滅多に目を開かないレンが目を開けて、獲物を見つけた様な顔で言う。
「掛かってきな。全員一撃で葬ってやる」
「待て、そいつは儂がやる」
そう言って、手を上げながら軍服の男を掻き分ける様にして一人の軍服の老人が包囲網の中へと入ってきた。帽子の下から覗く目には途轍もない殺気を孕んでいる。
その男を見た瞬間にレンは目を見開いた。
「儂が教えた術を使おうとするとはな…。儂が育てた奴らも舐められたものだ」
「そん………な」
「全く…修練場を抜け出したかと思えば、こんな所で随分と良い生活をしているようだな、そして、二人の子供に負けたそうだが」
「李書文…!?なんで!」
「知る必要はない。お前は儂に負けるのだから」
ずぐんと、鳩尾を抉りこまれる様な衝撃がやってきた。内臓が一瞬爆発するような感覚がレンを襲い、耐え切れず、大量の血を地面に吐き散らした。
そのまま目がぐるりと上を向き、ピクリとも動かなくなった。
腕の上で気絶したレンを見て、李書文と言われた老人は声を上げる。
「結局追っていたのは捕らえられなかったが、別の倭人を捕らえられた。充分だ。帰るぞ、お前たち」
「ハッ!」
軍服達はその指示で家を退去していった。
暫くした後にほとぼりが冷めたのを確認して玄関を開けたルイと黒髪の男、シュウが目の当たりにした光景は。
もぬけの殻になった庭と、血で汚れた石畳だった。
ルイが、蒼い顔で膝をついて、消えそうな声で言った。
「そ、そ……んなレン兄が……」
「俺のせいだ…」
「連れてかれたのか?あいつらに」
「あぁ。あいつも倭人だったから…きっと連れて行かれた」
「あ、あぁ…あっ…あぅ…」
「ルイ、落ち着け。あの兄妹を待とう。あいつらなら…」
「待てないよぉ…」
ルイは今にも泣きそうだった。
目が涙を孕んで赤くなっている。
そんなルイを見て二人は申し訳ない顔をする、だが。
黒髪の男だけは違った。
「俺が行く」
「……え?」
「俺が行くって言ったんだ。俺が蒔いた種だしな」
「……何馬鹿な事言ってんだよ!お前が言ったら本末転倒じゃねえか!」
「あぁ、だが。少し猶予が欲しい。一週間だ。一週間で俺の技能を底上げして国の中心に矛を向ける」
「……何言ってんだよ」
そんなこと出来る訳無いと言おうとしたが、その目は本気のものだった。
名前も分からない突然やってきた黒髪の男。
まだまだ青少年って感じで大人になってすらない、子供。
そんな奴を頼るのは癪だったが。
ルイとシュウは何故だか、その男が内側に秘められた技の全てが、少しだけ見えた気がした。




