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8.ヤケ酒はほどほどに…

御無沙汰です。

 タクシーを拾い、豚晴に辿り着いたのは、午後九時を回ったばかり。フロアの電気は消され、キッチンにだけ電気が点っている。きっと、後片付けをしているのね。裏口に回り、ドアをノックする。

「はい?」

 すぐにドアが開き、トモが顔を覗かせる。

「よっ。」

 片手を挙げ、挨拶するあたしに驚きの顔。

「セイコ、どうしたんだ?」

「飲みに行こう。嫌な事があって、苛立っているの。付き合って。」

「あぁ、いいよ。着替えてくるよ。ちょっと、待っていて。」

「着替え?何処で?」

「二階に休憩所と俺の部屋みたいな場所があるんだ。そこに私服が置いてある。まさか、脂臭い格好で行けないだろう。」

「そうね。あたしも覗きに行って良い?」

「俺の着替えを?」

「バカ。」

 どうしてだろう。あんなに苛立っていたのに、トモの顔を見た途端、どうでも良いって言うか、何となく落ち着いた感じ。

狭い階段を上がり、小さなドアが二つ。

手前には休憩所と書かれた部屋、奥には関係者以外立入禁止と書かれている。

「関係者じゃないから、あたしは入れないのかしら?」

「いや、俺の許可があれば、入れるよ。」

「じゃあ、許可を貰える?」

「もちろん。」

 トモがドアを開けると、小さな洋服タンスと無造作に積まれた本があるだけ。

「これだけなの?」

「当たり前だろう。別にここで寝起きしている訳でもないし、着替えを置いてあるだけなんだから。」

「そうなんだ。つまんないの。」

「何を期待していたんだ?」

「いや、エッチな本とかDVDとかが隠されているのかと思ったんだけれど。」

「バカ。」

 笑いながら、あたしの頭を小突くトモ。

高校の時、よくふざけあったみたいなくすぐったい気持ちが心の奥を温かくさせる。

「どうする?俺、着替えるけど、見ている?それとも隣の部屋に行く?」

「窓の方を向いているから廊下側で着替えて。隣の部屋も同じような感じでしょう?」

「テレビとテーブルがあるよ。」

「あっ、わかった。そっちに隠してあるんだ。」

「違うよ。普通の休憩所。」

「冗談よ。」

 笑いながら、トモに背中を向ける。

「覗くなよ。」

「覗きません!」

 二人の笑い声が部屋に響く。おかしいな。どうして、トモといるとこんな楽しい気持ちになるんだろう。何でもない事なのに…。

「昔、トモの部屋に行った事、あったよね。」

「あぁ、高校の時だろう。」

「そう。あたしが我儘を言って、両親がいない時間を見計らって、トモの部屋に行ったの。そうしたら、ベッドの下にエッチなビデオが隠されていた。確か、レンタルだったわね。」

「そういう事だけは憶えているんだな。」

 背中越しにトモの苦笑が見える。

「それを見つけたあたしを見て、トモってば、耳まで赤くして、取り上げようとしたのよ。それで揉み合いになって…。」

 あたしは言葉を切った。ううん、続きの言葉を声に出来なかった。

懐かしいような、ヘンな痛みが胸を締め付ける。

「それで、俺達もそのビデオと同じような事をしようとしたら、一階で物音がして、身体を離した。二人ともがちがちに緊張しちゃって、忍び足で家を出たんだよな。今、考えると笑えるよな。」

 あたしは言葉を失くして、唇を噛んだ。

ただ、昔話をしているだけじゃない。何を動揺しているのよ。

「結局、小遣いピンチなのに、ホテルに行っちゃったんだよな。あれからは酷かった。金がなくて、ジュースを半分ずつしたりして、小遣い日まで凌いだんだよな。」

 あたし、何を考えていたんだろう?

嫌だな。トモはただの友達じゃない。あたしはトモなんか、絶対に好きにならない。

ううん。もう、恋はしないの。ただ、条件の良い男を捕まえるだけでいいのよ。

「それより、用意出来たの?早くしてよ。」

「はい、はい。今すぐ。あっ、前に履いていたズボンがブカブカだよ。俺、こんなに太っていたんだよな。」

 振り返ると、ズボンを広げ、あたしに見せる。

本当にトモは痩せたし、ハゲも目立たなくなった。もうTDHじゃない。

もう少し痩せたら、あの時のトモと変わらなくなる。

そうしたら、あたしがやってきた事は終わりね。朝のウォーキングもお弁当作りも。

そうすれば、もっとゆっくり出来るはず…。

「お待たせ。行こう。」

「うん。」

 立ち上がり、トモの後を歩き出す。

何で、こんなに苦しいの?ううん。違う。これはトモのせいじゃない。

アツヤやミーコ達の裏切り行為のせいだ。他に考えられない。

「何処に行く?」

「この辺りにない?」

「じゃあ、居酒屋なら。」

「そこでいいわ。」

 トモと並んで歩くと、あの当時に戻ったみたい。あたしの速度に合わせて、肩が触れ合う距離で歩いてくれる。

人通りの少ない住宅街を抜け、三分ほど歩くと一軒の居酒屋。

昔ながらののれんを潜ると、区切られたお座敷。

「いらっしゃい。」

「空いている?」

「あぁ、どうぞ。」

 店の一番奥のテーブルに案内される。向かい合いに座り、あたしの方にメニューを向ける。

こんな場所、久しぶり。大学の合コンでも数回しか来た事がない。

「何を飲む?」

「じゃあ、赤ワイン。ボトルで。」

「赤ワイン?こんな場所にあるはずがないだろう。じゃあ、日本酒、飲めるか?」

「もちろんよ。」

「じゃあ、美味しい地酒が置いてあるんだ。それでいいだろう?」

「じゃあ、トモに任せる。」

 トモがメニューを見ながら、注文を済ませる。

手馴れている。こういう場所によく来るのかな?

「セイコ、こういう場所には来ない?」

「えぇ、基本的にバーとかレストランとかで飲むくらいだから。」

「ふぅん。やっぱり違うんだな。」

「何が、よっ。」

 トモの言い方、むかつくぅ。

「怒るなよ。俺達一般人と違う暮らししているんだなと思って、さ。俺達が飲むと言ったら、だいたい居酒屋。バーやレストランに行くのは、よっぽどの時だけだな。金持ちと付き合っていたのがよくわかる。」

 何か、凄い疎外感。

「あたしだって、こういう場所に来るチャンスがなかっただけよ。別に嫌がっている訳じゃないんだからね。」

「はい、はい。」

 トモが子供扱いの返事をする。

苛立つわぁ。冗談じゃないわよ。そういう態度がムカつくのよっ。

「お待ち。」

 目の前に出されたのは、コップ酒と焼き鳥。

あたしは少しだけ躊躇いを覚えたが、それを消すようにコップ酒を一気に飲み干した。

「もう一杯。」

「ちょ、セイコ?」

「何よ?」

 ドスを利かせた声になっているのが、自分でわかった。

でも、もう、やってらんない。

「先が思い遣られるな。」

 トモが頭を抱え、大きく溜息。コップを口元に寄せ、ちびちびと飲む。

「そんなケチ臭い飲み方していないし、男らしく一気にいきなさないよ。もう、いいわ。大将!ビンごと、同じ酒を持ってきて頂戴!」

「はいよ!」

 ビンを抱え、手酌で飲み始める。

もう、思考回路なんて何処かに行くほど、飲んでやるわ。二日酔いなんか怖くないわよっ。

「おぉ、ネェちゃん、良い飲みっぷりだね。」

「そう?」

 周りのオジサンがあたしの飲みっぷりを褒めてくれる。

「まぁ、飲みなよ。」

 オジサンがお銚子からあたしのコップにお酒を注いでくれる。

「ありがとう、オジサン。」

 素直にご馳走になり、一気に飲み干す。

「いいねぇ、ネェちゃん。」

「本当に良い女だネェ。」

 次々に注がれ、飲み干していく。

あぁ、美味しいわ。お酒はこんな風に飲まないと、ね。

「セイコ、飲み過ぎ。」

 トモが途中止めようと試みるが、一度火の点いたあたしは止められないわよぉ。

周りにいたオジサン達もまずいと思ったのか、姿を消している。

「聞いてよぉ。トモォ。皆、しどいんだよぉ。あたしに内緒で結婚とか決めちゃってぇ、報告しゃえないのよぉ。それもあたしを好きだと言っていた男達がよぉ。ありえなぁいでしょう?それにねぇ、アツヤは、すげぇオバヒャンと二股していたんだよぉ。こんなにきゅれいなぁ、セイコしゃんがいるのに、しどいと思わにゃい?マジャコンで、エッチがしとりよがりで、すげぇヘタなの。」

「はい、はい。」

 コップ酒を一気に飲み干し、トモに視線を向けると、素面そのもの。コップの半分も減っていない。

「トモォも飲もうよぉ。あたし、奢っちゃうからぁ。ねぇ、ちゅきあってよぉ。」

「あぁ、飲んでいるよ。それより、セイコの話の続きは?」

 呆れた声を出しているのはわかっているけど、未だ飲みたいし話もしたい。

「あたしぃ、男運がにゃいみたい。トモと別れてからちゅきあった男、皆、ヘンにゃの。女の人形を部屋中に飾ってあったり、暴れ回ったり、ホモだったり、浮気性だったり、ふじゃけんなぁの男ばっかり。やっとまともなのを捕まえたと思ったらぁ、しゅごいダサい女を孕ましぇちゃって、離婚。メイドキャフェで働いている従順そうな演技が上手い女。今度こしょと思ったぁ、アツヤはマジャコン。それで、バツイチでぇ、三十代の大台に乗る女なら我慢出来るだろうって。ふじゃけんなぁ。どうせ、バツイチだしぃ、もうすぐ三十よ。何が悪いのよぉ。皆、あたしをバカにしているのよぉ。友達だと思っていたヤチュ等にも裏切られて、もうヤダぁ。」

 テーブルに縋り付く。もう泣けてくる。

「セイコ、帰ろう。送っていくよ。」

 どうして、優しい声を出すのよぉ。トモに両脇を抱えられ、軽々と持ち上げられる。

「ヤダァ。もっと飲むぅ。」

「もう充分に飲んだ。こういう日は家に帰って、さっさと寝た方が良いんだよ。」

「ぐすん。」

 鼻が鳴って、抵抗を止めた。

トモのぬくもりが、やけに優しくて、どうでもいいような気分。

半分引き摺られる形で店の外に出る。

あぁ、夜風が冷たくて気持ちいいぃ。

「帰りたくなぁいよぉ。」

「セイコ、駄々をこねるな。帰るぞ。」

「ヤダァ。」

 トモの手を引っ張り、山に向かい歩き出す。

「ちょ、セイコ?」

「いいじゃん。行こう。」

 この坂の途中には、高校の時によく利用させてもらった(もちろん、トモと)ラブホテルがある。安くて、小汚くて、狭い場所。

でも、あたしはあの場所が大好きだった。トモと二人きりでぬくもりを感じ合える、その事がとても大切だった。

「セイコォ。」

「嫌にゃの?あたし、女としても魅力にゃいの?いいじゃん、行こうよぉ。」

 酔っていたし、よく憶えていないが、あたしはそう誘っていたらしい…。


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