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7.あっちゃぁぁんはマザコンです

 翌日、あたしはクウヤとヨウタの言葉を気にした訳じゃないけど、アツヤとデートの約束を取り交わした。

しばらく会わなかったけど(一ヶ月くらいかな?)、アツヤは気にも留めていない様子で、オーケーの返事を出した。


「久しぶりだな。」

「ごめんね。色々、忙しくって。でも、お互い様ね。アツヤも連絡くれなかったし。」

「あぁ、海外に買い付けとかに行っていたんだ。それにしても、セイコ、ますます綺麗になったんじゃないのか?」

「そう?ありがとう。アツヤのために、ダイエットとエステに通っていたの。内緒にしておきたくって、今まで黙っていたのよ。」

 どうして、こんな嘘が口から零れるんだろう?まぁ、アツヤは素直に喜んでくれる人だからラクだけど。絶対に、トモには言わない台詞だな。

「それは嬉しいね。今夜はゆっくり出来るんだろう?」

「えぇ、もちろんよ。」

 答えておきながら、気分は憂鬱になる。

アツヤのエッチははっきり言って、最悪。独りよがりで気持ち良くない。

でも、久しぶりに会って、断ったら、関係が終わる。

「少しだけ待っていてくれないか?ちょっと、集計だけさせてくれ。マーが辞めてしまって、新しいバイトは慣れていなくって、さ。」

「マークン、辞めたの?」

「あぁ、何か全国放送のCMに出演して、火が点いたらしいよ。今度、ドラマの準主役を手にしたとか言っていたな。」

「そうなの…。」

 店の奥に入っていくアツヤを見送って、唇を噛んだ。

マークン、売れ始めたんだ。よかったじゃない。

そう思っているはずなのに、胸に痞える気持ち。

何なの?別にマークンなんか最初から眼中になかった。気にもならないわ。そうでしょう?

「あぁ、それで結婚もするとか言っていたな。セイコの所に連絡なかったか?」

 店の奥からアツヤの声。動揺を隠しながら、ゆっくり返事をする。

「ないよ。」

「そうなんだ。てっきり、知っていると思ったよ。相手は、確か、セイコと最初に会った時に一緒にいた、ルミとか言う子だよ。」

「えぇ、ルミ?」

「出来ちゃったとか言っていたな。でも、人気が出そうな頃に結婚ってどうなんだろうな?大丈夫なのか?」

 出来ちゃった?えっ、いつから?ルミとマークンが付き合っていたの?あたし、知らないよ。話してくれても良いんじゃない?酷いよ。仲間はずれ?冗談じゃないわ。文句の一つとお祝いも言わせないつもりなの?

「ちょっと、外で電話しているね。」

 アツヤに声を掛け、さっさと外に出る。

邪魔にならなそうな場所に立ち、ルミに電話を掛けようと番号を表示した。

でも、躊躇いがあって、ミーコに真偽を確かめようと思う。

「はぁい。もしもし。」

 電話口からは甘いミーコの声。

「あたし、セイコ。」

「セイコ、久しぶり。最近、忙しいみたいね。どうしていたの?」

「ちょっと、ね。それより、ルミとマークンが結婚するって本当?」

「本当、本当。ルミが失敗しちゃって、マークンの子供が出来ちゃったの。あぁ、別に付き合っていた訳じゃなくて、この間、久しぶりにセイコと会った帰りに、何となく、そうなったらしいよ。よくある事だよねぇ。でも、ルミにとっては、丁度良かったんじゃない?マークンも売れ始めたし、良いんじゃない?」

「そう…。」

 何であたしには何も言ってこない訳?

あたしはマークンなんて何とも思っていないんだし、報告があってもいいんじゃない?

「あっ、あたしもしばらくしたら遊びに行けなくなりそう。ここを出るんだ。」

「えっ?どうして?」

「パパの体調が良くなくて、病気療養に空気の良い場所に行く事になったの。」

「何よ、パパって?」

「あれ?セイコには話していないっけ?あたし、五年くらい前からパトロンがいるのよ。パパ、ママを亡くしてから、自分も病気がちになっちゃって。ママがいないから、あたしも一緒に行く事にしたの。」

「聞いていないわよ。」

 ミーコにパトロン?色々な男を転々としていただけじゃなく、本命と言うか、決まった男がいた訳?

「ごめん、ごめん。じゃあ、近いうちに遊ぼうよ。マークンやソークンも誘って。カラオケで騒ごう。ねっ。あっ、じゃあ、ごめん。パパが待っているんだ。またね。」

「あっ、ちょ、ミーコ。」

 頭が混乱状態のまま、電話が切られる。

冗談じゃないわ。何なのよ、いったい。

マークンが売れ出して、ルミと結婚?

ミーコには、パトロンのパパがいて、一緒にここを出る?

いったい、何なのよ。

大きく息を吐き出し、再び通話を始める。

「はい。」

「もしもし、ソークン?あたし、セイコ。」

「あっ、久しぶり。」

「本当に久しぶりね。元気?」

「もちろん。セイコさんも元気そうですね。」

「えぇ。」

「あっ、今度、飲みましょう。俺、結婚する事になったんです。婚約者、紹介しますよ。セイコさんほど綺麗じゃないけど、それなりの女性なんです。」

 へっ?何?ソークンまで何を言っている訳?ありえなぁい。

「そう。よかったわね。じゃあ、こんな風にあたしと電話しているとまずいわね。」

「大丈夫ですよ。彼女もセイコさんの事を知っていますし、嫉妬するような子じゃないですから。」

「あぁ、そう。おめでとう。じゃあね。」

 今度はあたしから電話を切った。

何なのよ。信じられなぁい。どうして、あたしの知らないところで、そんなに重大な進展がある訳?何か言ってくれてもいいんじゃないの?冗談じゃないわ。誰がお祝いなんてするもんですかっ。ふぅんだ。

「セイコ?」

「あっ、アツヤ。」

 どうして、自然に笑みが作れるの?

「どうかした?」

「何でもない。それより終わったの?」

「いや、セイコが遅いから。」

「あっ、ごめん。」

 あぁ、自分の作り出したあたしが怖いわ。

アツヤの後を着いて、中に入る。奥に戻っていくアツヤの背中を見送り、店内でぼんやり商品を手に取る。

「あぁ、ありえなぁい。」

 溜息混じりに呟き、視線を落とす。

「アッチャァン。」

 何?入り口から聞こえる甘い声。でも、甘いだけじゃない。オバサン独特の苦味を含んだような、ドスが入っているような、あまり聞いていて、心地良くない声。

思わず、鳥肌が立っているわ。

「ママァ。」

 えっ、ママ?この声って、アツヤ、よね?

「今夜、夕食、どうするぅ?」

「いらないよ。今日、デートなんだ。」

「あら、どんな子なのぉ?」

「凄く美人だよ。」

「ママに会わせないなんて、本当に美人なのぉ?悪い女に捕まっているんじゃないんでしょうねぇ?ママ、心配だわぁ。」

 心配されたくないわ、アンタなんかに。と言うか、アンタの方が心配だわ。

あら?前に一度、会ったよね?アツヤと腕を組んで歩いていた、デブッとしたオバサンだったよね。誰かとアツヤに後で問い質したら、母親だと言っていたじゃない。

まぁ、確かに、すれ違っただけだから、あたしが彼女だとは思わないだろうな。

「大丈夫だよ。ママ。」

「本当に?今すぐ、ここに呼んで、ママに会わせて。アッチャンは可愛くて、純情だから、心配だわ。ねっ、お願いよ。」

 可愛くて純情?冗談じゃないわ。いったい過去に何人の女を騙し、クッた事か。あっと、ちょっとはしたなかったわね。少なくても、純情とは程遠いわ。女を口説く時のアツヤを見せてあげたいようだわ。まぁ、ある点では勉強足らずだから、女に振られるのね。

「実は、来ているんだ。ちょっと待って、今、呼ぶよ。セイコォ。」

 げっ。あたしが出て行くようなの?あのオバサンと顔を合わせたくないな。

仕方がないか。あのオバサンが簡単に引くとは思えないし、一緒に食事とかにならないでしょうね?

「はぁい。」

 影で毒気付き、声は可愛い子を気取る。

まぁ、自分が恐ろしい。

「何?」

 小走りに駆け寄り、アツヤに微笑みかける。そして、前に立つオバサンに小さくお辞儀をした。

完璧だわ。

「ママ、紹介するよ。セイコ。本当に綺麗だろう。ねっ、心配する必要ないんだよ。」

「始めまして、藤堂星子です。アツヤさんのお母様ですか。いつもアツヤさんには良くしていただいています。」

「あら、始めまして。アツヤの母です。本当に綺麗な女性ね。心配する必要はないわね。」

「そうだよ。ママの若い頃にそっくりでしょう。だから、セイコに決めたんだ。」

 げっ、嘘ぉ。ありえなぁい。このママの若い頃が、あたしそっくりのはずがないでしょう?何処をどう間違ったら、こうなるのよっ。

あれ?この間、あったオバサンに似ているけれど、別人。あの時のオバサンはもっと太っていて、化粧が濃かったわ。

「まぁ、お上手ね。」

 アツヤママが機嫌良さそうに真っ赤な口元に手を当て、笑っている。まんざらでもなさそう。

絶対に違う人だ。じゃあ、あの時、アツヤと一緒にいたオバサンは誰?まさか、浮気をしているの?あんなオバサンと?ありえなぁい。冗談じゃないわ。

「じゃあ、アッチャン、あまり遅くならないうちに帰るんですよ。セイコさん、アツヤをよろしくね。ごきげんよう。」

 アツヤママが、グローブみたいな手に大きな指輪を揺らし、店の外に出て行く。

その背中が見なくなり、ドアが閉まる音が聞こえると、あたしはアツヤを睨み付けた。

「用意出来たんだ。行こう。」

 アツヤは何もなかったように、あたしに微笑みかける。

「えぇ、そうね。」

 ここで騒いだら、アツヤの顔は潰れるし、あのママが黙っているとは思えない。

まぁ、いいわ。後でじっくり尋問してあげるわ。

でも、何かどうでもよくなってきちゃった。こんなマザコン、もう終わりでいいわ。こっちから捨ててあげるわ。

「今日は久しぶりだから、ホテルのレストランを予約したんだ。いいだろう?」

「えぇ。」

 アツヤのお気に入りのお店。あたしはあまり好きではない。だって、料理も高いだけで美味しくないし、雰囲気も悪い。客の大半はいかにも不倫と思わせる人達ばかり。いかにもこのまま部屋で事を済ませ、別々に帰ります、そのための余興ですと言わんばかり。男の大半はお金があるけど、スケベなオヤジ。女の大半はスケベなオヤジの視線を気にし過ぎたぎこちない色気。わざとらしいほど胸を強調したり、ミニスカートから出る長くもない足を組んだり、はっきり言って見苦しい。普通にしていたら、それなりなのに。


「いらっしゃいませ。ハラ様。いつものお席をご用意させていただきました。」

 超常連のアツヤは、入り口付近で声を掛けられ、嬉しそう。

いったい、何人の女を騙し、この店に連れ来て、そのまま、ベッドを共にしたのかしら?

あぁ、嫌だな。あたしもその一人なんだよねぇ。

「幻のワインと呼ばれる赤が入っております。いかがですか?」

「今日のコースに合うかな?」

「もちろんでございます。」

「じゃあ、それで頼むよ。テイスティングはいい。信用しているからね。」

 何がテイスティングはいいよ。飲んでもわからないんでしょう。格好付けちゃって。

店員が下がり、あたし達の間にあるローソクの炎がゆらゆらと揺れている。

「アツヤ。」

 あたしは苛立ちを隠しながら、声を潜める。

「うん?」

「前に会ったママと違う人だったわね。アツヤには何人もママがいるのかしら?」

 アツヤが顔を青くして、指先を弄び始める。自分に都合が悪くなった時にする癖。

「違うんだ。」

「何が違うの?今日のママが本物なんでしょう?じゃあ、この間のママは、アツヤとどんな関係なのかしら?説明してもらえる。」

「怒らない?」

 アツヤは、子供が母親に怒られたように、上目遣いであたしを見ている。

子供なら、可愛いけれど、アツヤじゃ可愛くなんかないっ。

「場合によるわ。まぁ、ヘンに誤魔化そうとすれば、もっと酷い目に合うのは覚悟して欲しいわね。」

 アツヤが観念したように息を吐き出す。背凭れに寄りかかり、腑抜け状態。

「つまり、彼女と付き合っているって事?それとも彼女が本命で、あたしは遊び相手?」

「違うんだ。」

 テーブルに身を乗り出し、懸命にあたしの言葉を取り消そうとしている。

「セイコとは結婚を考えている。ただ、彼女達と手を切る事は出来ない。」

「彼女達とも関係があるって事ね。どう見てもマダムでしょう。それも複数形で、そんなマダムがいるって事?」

「そう。旦那様がいる人だ。でも、身体だけの関係なんだ。本当に愛しているのは、セイコだけなんだ。信じて欲しい。」

「どう信じろと言うの?身体だけの関係のマダムが複数いるって事は、マダムの方がお好みなんでしょう?違う?」

「ママとは出来ないだろう。だから、仕方がないんだ。少しでも似ている人を求めると、そうなってしまう。」

 唖然。

口を開けたまま、閉じるのを一瞬だけ忘れてしまったわ。

「じゃあ、その中だけで満足すればいいでしょう?どうして、あたしに声を掛けたの?」

「それは…。彼女達とは結婚出来ないけれど、セイコなら結婚出来る。それに、セイコは綺麗だけれど、バツイチで三十歳の大台に入るから、諦めてくれるかと…。」

 あたしの頭に血が集まり、何も考えずに、テーブルに置かれたばかりのワインをアツヤに浴びさせた。髪から服まで赤く染まり、みっともない姿。

「最低ね。さようなら。もう、会う事もないわ。せいぜい、ママを大切にして、他のマダムで埋め合わせを楽しめばいいわ。」

 乱暴にバッグを持ち、ハイヒールを鳴らし、出口に歩き出す。

アツヤは追ってこないだろう。あそこまでされて、追いかけてきた男なんて、見た事も聞いた事もないわ。

あぁ、苛々するぅ。もう、どうして、あんな男に捕まったんだろうっ。それに、何?バツイチで三十歳の大台に入る?確かに、もうすぐ三十歳だし、バツイチよっ。それが何?どうして、諦めなくちゃいけないの?冗談じゃないわ。

あたしは、いつでも良い男を求め、自分に磨きをかけているわよ。そんじゃそこらの若い子には負けないわ。何よ、そんなに若い子が良い訳?背伸びをしたサイズ違いの格好をして、キャピキャピとした女の何処がいいのよっ。

それに何よ。アツヤはっ。あんなにデブったマダムの何処が良い訳?そんなにママが良いのなら、金魚のフンみたいにくっついていればいいじゃない。気取って、女を口説くんじゃないわよっ、ふざけんなぁ。


 あぁ、こんな時は飲むに限る。誰を誘おうかしら?

携帯を開くけど、ミーコやルミとは会いたくないし、他の子も根掘り葉掘りだからパス。男とは絶対に嫌だし、あっ、いた。トモがいいわ。トモなら、気を使う必要もないし、愚痴にも付き合ってくれる。きっと、あたしの気持ちもわかってくれるはず。


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