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6.あの看板はブタイヨウではなくトンパレらしいです。

 翌日からあたしの格闘が始まった。


 朝七時に眠たい身体を無理矢理起こし、七時半から一時間ほどトモと散歩。

本当はウォーキングと呼ばれる速度で歩きたいけど、ムリ。私もトモもへとへとになってしまう。

 そして、一時半にはお弁当をトモの元に届けに行き、一緒にお昼御飯にする。

このお弁当も酷かった。本を見ながら作っているはずなのに、出来上がるのは得体の知れない物。試行錯誤の結果、一週間でお弁当と呼んでも許される物になった。

 その後、遊びに出かけたりもするが、大半をトモのお店で過ごしている。

大体が調理室の見える場所でダイエット本や料理本を読み漁っている。

 そんな生活が三ヶ月過ぎ、身体が慣れてきて、あたしの調子も最高に良い。

今はウォーキングを過ぎ、ジョギングが出来るようになった。恐るべき進化だ。


 夕方近くの時間、今日のあたしは自宅のソファーに寝転がり料理本を見ている、そんなあたしに呆れた視線を送る男が二人。

「何?」

「最近、いったい何をしているんだ?」

「見ればわかるでしょう?料理の本を読んでいるのよ。」

「いや、そうじゃなくてさ。」

 クウヤが口を開くが、その横でヨウタも興味を隠さない瞳で見ている。パパとママは、二人でデートに出かけている。要は三人だけで、親の目を気にせずに話が出来る訳だ。

「いったい、何があって料理の本を読むようになったのか、聞いているんだ。それで、その本を読んで、どうするんだ?」

「俺、知っているよ。」

 ヨウタが人差し指を立て、偉そう。

「何を?」

「朝七時から出かけて、一時間半ほどで帰宅。すぐにシャワーを浴び、弁当作り。午後一時にそれを持って出かけ、七時半頃から八時に掛けて帰宅。最近のセイコのスケジュールだ。ちなみに月曜日は当て嵌まらない。」

「何だ、それ?まさか、セイコ、誰か好きなヤツが出来て、一生懸命、貢いでいるんじゃないだろうな?貢いでいると言うより、家政婦をしていると言うか、何と言うか…。」

「どうして、そんな風に結びつける訳?あたしが、男にしかそんな事をしない女だと思う訳?酷いわねぇ。」

「じゃあ、女?まさか、レンの事がショックで女に鞍替えしたんじゃ…。」

「バカ、クウヤ。」

 頭を抱え、大きく溜息を一つ。

「それより、ヨウタはどうして、それを?」

「あぁ、母さんに聞いたんだよ。キッチンに立っているセイコに驚いてね。」

「ありえなぁい。」

 クウヤが気持ち悪いオカマ声を出す。

「今まで手が荒れるとか言って、一切料理をしなかったセイコが弁当作り?」

「どういう意味よ。」

「じゃあ、レンや過去に付き合った男に料理を作った事あるのか?ちなみにレンと暮していた時には、家政婦が来ていたんだろう。」

「そうよ。やる必要がなかったもの、しなかったわ。でも、やり始めると楽しいのね。」

「何だ、それ。」

「どんな男なんだ?」

 ヨウタが真剣な表情であたしに視線を向ける。

あぁ、結局、そっちに結びつくのね。

「性別上は男だけれど、そんな関係じゃないから。誤解しないでよね。」

「じゃあ、どんな関係なんだよ。」

「友達、かな?」

「友達ぃ?」

 ヨウタとクウヤの声が重なり、いかにも信じられないという表情。

「何よ。」

「ふぅん。」

 クウヤとヨウタが視線を合わせ、何か内緒話を始める。

すっごく嫌な感じ。

「それより、腹減らないか?」

 何か凄くわざとらしい。

まぁ、いいけど、確かにお腹が空いた。

「ヨウタが夕食奢ってくれるって言うんだ。食べに行こうぜ。」

「やった。ヨウタの奢り。」

「えっ、俺、いつ、そんな事を言ったか?」

「いいだろう。たまには兄妹水入らず。そんな時、奢るのは長男の役目。」

「ズルイよなぁ。そんな時ばっかり長男って、ないだろう。」

「まぁ、気にするな。そんな高い物をねだったりしないよ。豚晴(トンパレ)だから、さ。」

「仕方がないなぁ。」

 クウヤの車に乗り込み、豚晴なる場所に向かう。何か、毎日通っている道なんだけれど、いったい何処?車が止まった場所は、藤本の駐車場。

「本屋に何の用なの?」

「本屋で食べ物が売っているか?隣のトンカツ屋だよ。」

「えぇ、豚に太陽でトンパレって読むの?てっきり、ブタイヨウだと思った。」

「ブタイヨウ?」

 クウヤが豪快に笑い出す。確かにトモに一度も名前を聞いていなかったし、ブタイヨウもどうかと思うけど…。

「続けて読むと、フジホントンパレ。藤本友晴に因んで付けたらしいよ。親父さんが。」

 フジホントンパレ?もっと悪趣味だわ。でも、笑えるぅ。確かに豚晴かも。

「まぁ、とにかく、行こう。」

 今日は混雑している。だから、トモが出てくる事はないだろう。

別に知られてもどうって事ないけれど、余計な一言二言ある覚悟はするようだろうな。自分でもどうかしていると思っている事だもん。

「いらっしゃいませ。」

 入り口に出てきたのは、ハルトくん。ほら、あたしが始めて来た時の男の子。

「あれ、セイコさん。今日、確か、夕食がない日ですよね?」

 あたしが口元に人差し指を立てるより早く全てを言い終わってしまった。

「ふぅん。」

 クウヤが斜め四十五度の見下す視線であたしを見ている。

「何よ?」

 負けずに斜め三十度の視線で睨み上げる。

「別にぃ。」

「ハルトくん、今日はお客様で来たのよ。」

「あぁ、そうですか。じゃあ、こちらへどうぞ。いつもの席が空いていますよ。」

 ハルトくんが案内してくれるのは、いつもトモとお弁当や夕食を食べる窓際の角席。

「ご注文が決まりましたら、そちらのボタンでお知らせください。」

 ハルトくんが営業スマイルを残し、厨房に入っていく。

入れ替わりに来たのが、ハルミちゃん。お茶とお絞りを持ってきてくれる。

「いらっしゃい、セイコさん。今日はお客様でいらっしゃったと聞きましたよ。」

「そうよ。兄妹水入らずで。」

「通りで。皆さん、セイコさんみたいに素敵な人だと思いました。ごゆっくり。」

「ありがとう。」

 ハルミちゃんの背中が見えなくなると、あたしはメニューに視線を落とした。バレバレだよ。

「やけに常連みたいだな。」

「それは、毎日、お弁当を持って、来ていれば、常連みたいにもなるよな。」

 二人の視線が痛い。そんな深い意味がある行動じゃないのに…。

「そうじゃないのよ。」

 あたしが口を開きかけると、聞き慣れた足音。ゆっくり視線を向けた。

「よく来てくれたな。」

 あぁ、トモまで出てきたぁ。

「トモ?」

 ヨウタとクウヤの声が綺麗に重なり、目を見開き、トモに視線を向けている。

「あぁ、びっくりしたか?三ヶ月でここまで痩せたんだ。全部、セイコのお陰だよ。ヘルシーな食事を二食も作ってくれて、朝、ウォーキングまで付き合ってくれて、さ。最近、身体が軽くなって、動きやすくてさ。」

 トモが嬉しそうに笑っている。

もちろん、髪もハゲを意識させないように、短く切り揃えさせている。ヘンに伸ばすから目立つと説得の上、理容室のおじさんにも認めさせ、こまめに行かせている。

「へぇ、いいんじゃないか?」

「だろう?本当にセイコには感謝しているよ。くじけそうになると励ましてくれるし、さ。」

「ふぅん。」

 ヨウタとクウヤが顎を上げながら、何度も頷いている。

「あっ、ところで、注文は決まったか?今日は俺の奢りにするから、好きなだけ食べていけよ。まぁ、太らない程度に、な。」

「ラッキー。」

「そのつもりで来たんじゃないの?」

 あたしがヨウタとクウヤを交互に横目で睨み付ける。

「まさか。なっ、ヨウタ。」

「そうそう。」

 怪しいなぁ。まぁ、いいわ。これで誤解は解けたはず。

「じゃあ、あたし、いつもの。」

「いつもの?」

 オーバーアクションはヨウタ。これがわざとらしくないのよねぇ。

「じゃあ、俺達もセイコがいつも食べているのを貰おうかな?なっ。」

「あぁ。」

「じゃあ、ゆっくりしていけよ。」

 トモがそう良いながら、厨房に戻っていく。

その後ろ姿が消えると同時に、テーブルから身を乗り出し、あたしの顔を見つめる二人。

あぁ、誤解は解けていないらしい。それだけじゃなく、もっと酷い誤解を生じているみたいね。

「付き合っているんだろう?」

 クウヤがふざけ半分本気半分の口調。

「付き合っていません。ただ、あまりにトモが酷い状態だったから、手伝いをしただけ。ボランティアよ、ボランティア。」

「ふぅん。セイコがボランティアなんてする、奇特なヤツだったっけ?」

「たまには、ね。」

「本当に違うのか?」

 ヨウタは本気で聞き返している。あぁ、何でこうなるんだろう?

「本当に違いますっ。」

「そうかぁ。」

 ヨウタは信じてくれたみたい。でも、クウヤは相変わらず疑いの眼差し。

「まぁ、いいや。後でじっくり取り調べしてやる。」

「セイコがそう言っているんだから、そうなんだろう。そんなに疑うなよ。」

 ヨウタは単純で扱い易い。

あぁ、そうじゃなくて、クウヤが疑い深いヤツなのよっ。

「本当に違うの。タイプじゃないの。」

 力一杯、言葉を吐き出すあたしに、苦笑を浮かべる二人。

まったく、冗談じゃないわ。ただ、放っておけなかっただけなのに。


 その後、閉店時間までいて、トモも混ぜて、四人で飲み始めた。帰宅したのは、午後十一時を回っていた。


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