4.同窓会でありえなぁい
人を馬鹿にしたような表現があります。
でも、セイコだから…。
翌日、やっぱり彼から電話があり、お洒落なレストランで食事、その後、ホテルの最上階のバーに行った。もちろん、その日はそこでサヨナラ。良い男と女はすぐにベッドインとか付き合う事をしない。友達の延長みたいなのを楽しんで、お互いを知ってからお付き合いを始める。五度目のデートで付き合って欲しいと申し込まれ、控え目を装い、オーケーした。
でも、何か物足りない。前のようなドキドキ感やワクワク感はない。
「トントン。」
「はぁい。」
ドアが開き、ヨウタが顔を覗かせる。
「用意出来たか?」
「うん。」
今日は同窓会。
アツヤより素敵な人がいたら、乗り換えちゃおうかなっと思っていたりもする。楽しみ。
「クウヤは?」
「用意出来ているよ。」
「じゃあ、さっそく出発。」
ヨウタの車に乗り込み、同窓会の会場まで向かう。今日の会場は結婚式も出来るホテル。その大広間が集合場所。あたし達の学年全体が参加資格を得ている。
「結構、人が多いな。」
「そうね。」
三人で連れ立って歩いていると、周りの同級生が振り返る。確かに、あの当時から目立っていたし、当然でしょう。
会場に入ると、立食パーティー。親しそうに昔話に花を咲かせる人が多数。
とても二十九歳に見えない人もいる。
普段は子供の世話に追われ、おばさんと化した顔をしているのに、今日ばかりははりきっている女性や、バリバリのキャリアウーマンでもないのに表面上だけ装っている女性。
男性陣は会社帰りだと言わんばかりの疲れたスーツ姿やお腹と髪は四十代以上という感じの人。
あぁ、お洒落で格好良くて、お金もあって、そんな条件の男をここでゲットしようと思っていたあたしが間違っていたわ。まぁ、それほど期待していなかったけれど。
「セイコ?」
「あぁ、ごめん。何?」
黙ったまま、周りを見回しているあたしに、心配そうに顔を覗き込むヨウタ。
「あっちにエイチャン達がいるんだ。行かないか?」
「うん、行く。」
クウヤの姿は遥か遠く。女性陣に囲まれ、楽しそうに笑っている。
あたしはヨウタと同じクラスの時のグループメンバーの所に歩いていた。
やっぱり、ヨウタはあの当時から変わらない。あたしに気を使い、優しい。
「ヨウタ、セイコ。」
エイチャンとナルミ、あとエイチャンの隣にいるTDHは誰?まぁ、見事なTDHだ事。
ちなみにTDHとは、チビデブハゲ。三拍子揃った人の事。あたし達の間の隠語。
とても同級生には見えない。こんなにいかにももてなそうなヤツいた?
「相変わらず、セイコは綺麗だな。」
「ありがとう。」
エイチャンは昔、あたしを狙っていた。でも、あたしは願い下げ。タイプじゃない。
「久しぶりね、セイコ。」
「ナルミも元気そうね。エイチャンと付き合っているのよね?」
そう。ナルミはエイチャンの恋人。でも、何度も別れたりくっついたりを繰り返している、いわゆる腐れ縁だ。
「本当に、セイコは綺麗なままだね。」
TDHが瞳を細め、あたしに笑みを向ける。何なの?この親しそうな視線は?
「おっ、ヤケボックイか?」
エイチャンが楽しそうに笑い出す。ヤケボックイ?あの焼けぼっくいに火がついての事?って事は、このTDHは?
「嘘、トモォ?」
会場にあたしの声が響く。あまりに叫び過ぎて、眩暈がする。ふらふらとヨウタの腕に掴まった。
「大丈夫か?セイコ?」
「ちょ、ちょっと、ごめん。椅子に座らせて。」
「あぁ、そうだな。」
ヨウタに掴まり、壁際の椅子に座る。
あれが、トモ?あたしの初恋の相手で、初めての恋人。確かにあの頃から身長は高くはなかった。でも、禿げてもいないし、デブでもなかった。顔は整っていて、会話も楽しくて、本気で好きになったのに。あたしのファーストキスもヴァージンもあげた男なのに…。ますます眩暈が酷くなる。
「大丈夫か?」
クウヤもやってきて、あたしの顔を覗き込む。
大丈夫なはずないでしょう。あれが、トモなんて、トモなんて、ありえなぁい。
「いったい、何があったんだ?」
クウヤがヨウタに訊ねている。
こっちが聞きたいようだわ。トモに何があったの?
「エイチャンとナルミ、トモと会話を始めて、エイチャンがヤケボックイかと言ったんだ。」
「あぁ、なるほどなぁ。」
クウヤが納得したように大きく頷き、あたしに視線を向ける。
クウヤはあたしのショックをわかってくれるのね?
「ヨウタは戻って良いよ。俺がセイコを見ているよ。大丈夫だよ、すぐに良くなる。」
「でも、さ。」
「いいから。」
クウヤがヨウタの背中を押し、ヨウタは何度も振り返りながら、人並みに消えていった。
「ショックなんだろう?」
「そうよ。あれが、トモなんてありえなぁい。そうでしょう?」
「あれが、トモだよ。セイコの初恋で始めての恋人だった藤本友晴。」
「嘘だ。…あんなTDHになっているなんて、ありえない。」
もう泣きそうなくらい、ショック。
未だ、二十代なんだよ。あれから十年くらいしか経っていないのよ。
それなのに、あの変わりようは何?
ちょっと期待していたのに。あの当時と変わらないトモとなら、やり直したいって、思っていたのにぃ。
「セイコと別れてから、トモは結構苦労したんだよ。親父さんが倒れて、実家に戻ってきて、家業を継いだ。その後も傾きかけた経営をやっと軌道にのせたりして、さ。その結果、ストレスであんなルックスになってしまった。でも、中身は何も変わらない。いや、ますます良いヤツになったよ。」
クウヤの言葉が胸に沁み込む。でも、TDHってないでしょう?
「まぁ、ヤケボックイは別としても、話してみたら?きっと、セイコと合うはずだよ。」
「でも…。」
「友達でもルックスを気にするのか?それに、あの当時、あんなに楽しそうだっただろう。あの頃に戻ってみたいと思わないか?」
あの頃…。
あたしは未だ純粋な女の子だった。
こんなに計算高くなかったし、本気で恋もしていた。
付き合う男の条件なんて、今ほど確立していなくて、直感で好きになった。
それがトモだ。一緒にいる時間が楽しくて、夜遅くまで話をした。離れるのが淋しくて、泣きそうにもなった。
でも、今のトモには、その面影さえ見つからない。
「きっと得られるモノが多いと思うよ。」
「クウヤは連絡を取り合っていたの?」
「あぁ、たまには一緒に遊ぶよ。」
「じゃあ、話してみる。」
「あぁ、そうだな。」
クウヤがあたしに手を差し出し、立ち上がる手助けをしてくる。
クウヤは昔からあたしの相談相手だった。あたしを理解しているから話し易いし、兄妹だから気がラク。
時々、苛立つ言葉もあるが、慣れって怖い。
逆にヨウタはあたしの考えを全て肯定してくれる。だから、一緒にいるのは心地良いけど、相談相手には向かない。
「大丈夫か?」
ヨウタとトモ達がいる輪に戻ると、心配そうな笑みが迎え入れてくれる。
「うん。もう平気。」
「じゃあ、よかった。」
トモが照れ臭そうに微笑みを向ける。
確かにルックスは別人だけど、瞳は変わらないのね。
思わず胸の奥が小さな音を立てた。
「俺、変わっただろう?」
もう僅かな髪に触れ、あたしの全身を見つめる。
「うん、すごくびっくりした。TDHになっているなんて想像していなかったから。」
「TDH?」
あぁ、やっちゃった。ついつい、余分な事を口にしてしまった。
「ううん、何でもない。それよりトモは最近、どうなの?」
「どうって?」
「ほら、結婚とか子供とか、そう近況よ。」
「あぁ、今は独身だし、恋人もいない。仕事で手一杯で、さ。セイコは?」
「バツイチ、コナシ、二十九歳。そんな感じ。」
「何かそのフレーズいいな。結婚した噂は聞いていたんだ。でも、離婚なんて、さ。」
「元旦那に他の女性が出来て、その人が妊娠したの。だから、今頃、彼は再婚して、産まれてくる子供のために、色々用意しているんでしょう。」
「…そうか。ショックなんだろう?」
トモが気の毒そうにあたしに視線を向ける。
「そうね。あたしと同じようなタイプの女性だったら、ショックかもしれない。でも、地味で計算高そうな女だから、まぁ、騙された旦那が悪いのかなって。未練なんてないの。たっぷり慰謝料も貰ったし、綺麗さっぱり独身を謳歌する事に決めたの。」
何でだろう?あの当時と同じ。何か、トモには何でも正直に話せる。
こうして、会話していると、気を使わないし、ラク。もっとたくさん話がしたい。
「セイコらしいな。前向きで立ち向かえる。何も変わらない。」
「そう?」
「そうだよ。」
視線を逸らし、話をすれば、あの当時のトモ。
あぁ、どうして、TDHになってしまったの?そうでなければ…。
何を考えているんだろう。バカだ。現実はTDHじゃないか。間違ってもあたしの好みじゃない。
「セイコは、今、実家?」
「そうよ。実家に逆戻り。」
「じゃあ、遊びに来いよ。」
「あぁ、藤本ね。」
トモの実家は藤本という本屋さん。この辺りでは店舗的にも大きいし、品揃えも良い。教科書を扱っている、歴史?ある本屋。
「いや、俺は藤本にはいないんだ。」
「えっ?そうなの?」
「藤本の隣にトンカツ屋があるんだ。親父が道楽で始めた店なんだけれど、そこで働いているんだ。」
「トンカツ揚げているの?」
「そんな体系しているだろう?」
トモがおどけた顔で微笑む。
納得。それで、太ってしまったのね。
「エイチャンは藤本で働いてくれているんだ。隣街に出した店で店長をしている。」
「あぁ、そうなんだ。」
はっきり言って、エイチャンなんてどうでもいい。もっと、トモの事を話して欲しい。
でも、何を質問していいのかわからないし、ヘンな期待もして欲しくない。
「セイコが店に遊びに来てくれたら、トンカツをご馳走するよ。」
「本当に行っちゃうよ?」
「うん、待っている。あっ、でも、大人数は勘弁してくれよ。全員分は奢らないぞ。」
「わかっている。せめて、ヨウタとクウヤの三人で行くくらいよ。」
「まぁ、三人なら奢るよ。」
ルミやミーコ、アツヤ達を連れて行くつもりなんて、さらさらない。
何となく、トモの前のあたしと普段のあたしは別人みたいだと自分でも思っている。
だから、何を言われるかわからない。
「でも、トンカツなんて、太りそう。」
「俺みたいに?」
トモがおどけながら笑う。
「セイコなら平気だろう。それに、カロリーを抑えた女性向きのカツもあるから、さ。」
「じゃあ、お昼にお邪魔するわ。夜だと翌日にひびきそうだし。」
「あぁ、じゃあ、一時半過ぎに来いよ。その前だと、俺の手が空かないから相手出来ないし。なっ。」
「うん。」
何でだろう?トモの笑顔、あの時と変わらない。
こんなに全体に贅肉がのり、別人のようなのに…。胸がときめいてしまう。
何て、ありえなぁい。気のせい、気のせい。
「場所、わかるよな?」
「もちろんよ。藤本の横でしょう?それにしても藤本の横って、おもちゃ屋だよね?潰れたの?」
「あぁ、やっぱり。」
トモが頭を抱え、呆れた溜息。
あの当時と変わらないのね。あたしを子供のように扱う時の表情だ。
「引っ越したんだ。十年前。知らなかったのか?あぁ、確かにセイコは本を読まないから、本屋には用がないからな。」
「本くらい読むわよ。」
頬を膨らませ、トモを見上げた。
チビって言ってもあたしより高いから許してあげようかなって、何を?
「何の?」
「ファッション誌やヘアーカタログ。他にも話題のエッセイとか…。」
最後の方の声が小さくなってしまう。
話題のエッセイは、たった一冊を途中で投げ出したし、ファッション誌なんて、文字は読まない。写真を見るだけだし…。
「ふぅん。まぁ、いいけど。」
わかっていてもあたしを追い込む事はしないトモ。そんな優しさは変わらない。
何で、こんな小さな事で感動しているのかしら?
「で、場所は、元のシューズ屋があった所。」
「えっ、シューズ屋、潰れたの?」
「ショッピングセンターに入ったんだ。」
「あぁ、そうなの。わかった。じゃあ、必ず行くから美味しい物、奢ってよ。」
「わかった。」
明日、夕方からアツヤとデートだから、その前に寄ってみよう。
何でだろう?アツヤとのデートより楽しみになっている。
「セイコ。」
肩から腕がにょきっと生えてくる。それに続いて、クウヤの顔があたしの横からぬぅっと出現した。
「もう大丈夫か?」
「うん。」
「まぁ、トモと一緒だから心配していなかったけれど。随分、楽しそうだな。」
クウヤが意味深な視線をあたしに向ける。
「そう?」
ヤケボックイの話を戻そうとしているのかしら?まぁ、からかって楽しむつもりね。
でも、あたしの好みは知っているはずよ。
だから、間違ってもヤケボックイはありえない。
まぁ、友達として、話をする分には楽しいから、今度からちょくちょく遊ぶつもり。
「そう言えば、エイチャンとナルミ、結婚するんだって?」
「あぁ、そうらしいな。随分、長い春だったんじゃないか?」
「未だ、結婚していなかったんだ?」
「ほら、あの二人は、喧嘩したり、別れたり、またくっついてみたりを繰り返していただろう。だからじゃないか?」
「なるほど、ね。でも、何でそんなに何度もヤケボックイに火をつけちゃう訳?」
「本当に好きなんだろう。ほら、離れてみて、大切さがわかるってヤツだよ。」
離れてみて、わかる、か。確かに離れてみて、いない淋しさに潰される事ってあるよね。
そう。トモと終わりを迎えたのもそれが理由だったね。遠距離に不安が付き纏い、あたしが耐え切れなくなったんだ。
それからだ。一年おきに彼氏が変わったのって。
「でも、何でそんなに喧嘩したの?」
「エイチャンの浮気が主な原因なんだろう。」
「エイチャンが浮気?」
えぇ、もてそうにないのに。
「よく間に入らされたよ。俺。」
「ご苦労さん。痴話喧嘩ほど間に入る虚しさってないよな。」
「その通り。」
トモが残り僅かな髪に触れ、苦笑を零す。
「で、トモは?」
「俺?何にもないよ。何にも。」
「ふぅん。」
クウヤが意味深な口調で頷き、あたしに視線を向ける。
何が言いたいの?あたしは睨み付ける事で返事をする。
「クウヤは相変わらずもてるんだろう?」
「当たり前だ。俺がもてないはずがない。」
「そう言い切れるヤツが羨ましいよ。」
「紹介しようか?」
「いや、振られるのが目に見えているからやめておくよ。」
何て消極的なお言葉。あたしなら、喜んで紹介してもらうのに。
「さて、そろそろお開きの時間みたいだな。どうする?二次会にでも行くか?」
「悪い。明日も早いんだ。仕込みとかあるから、今日はパス。また、今度行こう。」
「あぁ、そうか。わかった。じゃあ、セイコ。ヨウタと三人で帰るか。」
「うん。じゃあ、トモ。今度、行くから、腕を奮ってね。」
「あぁ、待っている。じゃあな。」
お開きの言葉を聞きながら、会場を後にする。
何だろう?胸の奥に刺さるような痛み。遥か昔に忘れてしまった気持ちに似ている。で
も、気のせいね。TDHになったトモに、惹かれるはずもない…。