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10.結局は他人事?

 豚晴で働き始めて、一週間。立ちっ放しの仕事に最初は筋肉痛になったが、もう慣れてきて、手際も良くなったと思う。

ハルミちゃんもハルトくんも『さすが、セイコさんですね』と褒めてくれたし、トモも『よく頑張っているな』と子供扱いの顔で笑った。

それでも少しだけ辛い事がある。トモの気持ちがわからなくて、一人でじたばたしている。ちょっとした言葉で、落ち込んだり、笑ったり。バカみたいにトモの行動に、揺れてしまう。あたしらしくないと思うけど、どうにもならない。本当にアホらしい。



「トントン。」

 たっぷりの化粧水を馴染ませ、店のエアコンで乾いた肌を癒していると、ノックの音。

「はぁい。」

 鏡を覗きこんだまま、返事をすると、ヨウタが映りこむ。

「あっ、おかえり。」

「ただいま。」

 ドアを開いたまま、小さく返事をする。

「どうしたの?」

 振り返ると、言い辛そうに視線を落とす。

「ちょっと、いいかな?」

「うん。どうぞ。」

「いや、俺の部屋に。」

「うん。」

 簡単に乳液を塗り込み、ヨウタの部屋に行くと、クウヤもいる。

「なぁに?」

 二人の前に座ると、正三角形が出来上がる。

言い辛そうに言葉を探すヨウタと、真っ直ぐにあたしに視線を向けるクウヤ。

もちろん、口を開いたのはクウヤ。

「働き出したんだってな。」

 あぁ、思い出した。誰かに何か変化があると、こうやって呼び出されるんだ。高校や大学を決める時も、恋人が変わった時も、ちょっとした変化の時に事情聴取を受ける。

まぁ、お互いを心配しての事だけど、もう子供じゃないのよ。

それに、する側は楽しいけど、される側は面倒臭い。

でも、拒否はしない。これがあたし達のコミュニケーション。

「うん。」

「何をしているんだ?」

「豚晴でウェートレス。」

「豚晴?」

「トモに頼まれたのか?それともこの間の子が辞めて、代わりが見つかるまで?」

「どっちも違う。このまま、遊んでいても仕方がないじゃない。だから、働こうと思っただけ。それに、豚晴なら、ハルミちゃんもハルトくんも知っているし、何よりトモがいるから、気楽じゃない。」

「まぁ、表向きはそれでもいいけど、ここでは本音を話せよ。」

「何が言いたいの?クウヤ。」

 ヨウタは訳がわからないという様子で瞬きを繰り返している。

「トモと付き合い出したんだろう?」

「付き合ってなんか、いないわ。」

 動揺しているあたしがいる。

そう、確かに付き合ってはいない。

「じゃあ、どうして、トモと寝たんだよ。」

 ヨウタがあたしの顔を驚きの表情で見つめる。

朝帰りしたのは知っていても、トモと一緒だとは思っていなかったのね。

「寝ていないわよ。確かに一緒にはいたわ。でも、何もしていない。」

「何もしていない?」

 クウヤが顔を歪め、あたしの言葉を繰り返す。

確かに信じられないのはわかる。

あたしだって、あの夜の事を信じられないもの。

「ちょっと、待て。何を言っているのか、わからない。」

「一週間前かな。セイコが一晩帰らなかった事があっただろう。その時、トモから電話があって、『酔い潰れて、寝てしまった。このまま、寝かせておきたいから、両親には適当に誤魔化して欲しい。俺と一緒だから、心配しなくても良い』って。つまり、ホテルで一緒にいたって事だろう。」

「そうよ。でも、その言葉の通り。あたしは朝まで目覚める事なく、寝ていたわ。朝も起きたら、化粧を直す暇もなく、帰宅したの。」

「じゃあ、トモと?」

「何もなかった。」

 ヨウタが安堵の溜息を、クウヤは顔を歪めながら呆れた溜息を零した。

「可哀想なトモ。一晩、お預けをくらった上に、酔っ払いの介抱なんて。」

「トモらしいって言えば、トモらしいかな?」

「だって、仕方がないじゃない。あたし、酔っていたし、部屋に着いて、すぐに爆睡しちゃったもん。」

「でも、どうして、ホテルなんかに?この辺だと山際の所だろう?」

「……。」

 さすがにあたしから誘ったと言うのは、躊躇いがある。

でも、この二人、特にクウヤが大人しく引き下がると思えない。

「まさか、トモから誘ったなら、何もしないはずがないよな。そのつもりなんだから。」

「あの辺りに飲める場所って言ったら、歩きで十五分位掛かるよな。まさか、トモがセイコを背負って歩くには距離があり過ぎる。飲んだなら、車の運転はまずいし、タクシー拾ったのなら、そのつもりって事だよなぁ。」

 二人の冷たい、嫌な視線。

「あたし、酔っていたし、憶えていない。」

「嘘を付け。」

 鋭いクウヤからの突っ込み。

ヨウタは苦笑で誤魔化しているが、同意見らしい。

「いいじゃない、どうでも。」

「ふぅん。」

 嫌なクウヤの頷き。絶対にあたしが誘ったとわかっているなぁ。

あぁ、嫌だなぁ。絶対にからかわれるなぁ。

「でも、セイコは恋人としかしないんだろう。それは決めているんだろう。それを何でトモとホテルに行く事になったんだ?酔っていたにしても、なぁ。」

「おぉ、良いつっこみ。」

 クウヤが嬉しそう。

上手い切り替えしが思い浮かばない。降参、かな。

「あぁ、もうわかったわよ。」

 髪を勢いよく掻き上げ、両手で顔を覆う。溜息を大きく吐き出し、覚悟を決めた。

「正直に話せばいいのね。そうでしょう?」

「最初からそうすればいいんだろう。」

 偉そうな態度の二人の声がぴったり揃う。

三つ子と言っても一卵性じゃないんだから、シンクロしなくてもいいわよっ。

「トモが、トモの事が気になって仕方がないのっ。ただ、それだけ。」

「それだけって、何だよ。何の説明にもなっていないだろう。」

「俺たちの間で照れる事ないだろう。」

「何が聞きたいのよ。」

 女は開き直ると怖いのよ。もうこうなったら、何の質問でも答えてやろうじゃないの。

「まず、どうして、豚晴に勤め始めたんだ?仕事する必要はないだろう。」

「このままじゃいけないと思ったのよ。何もしないでいるのが、嫌だったの。何か、あたし一人が取り残されている気がしたの。」

「なるほどなぁ。でも、どうして、豚晴?」

「トモがいるから。少しでもトモと過ごしたかったし、居心地も良いし…。」

「一緒に仕事出来たら、楽しいからなぁ。」

 明らかにあたしの反応を楽しんでいるクウヤ。ヨウタは遠慮がちに笑っているだけ。

「それで、これからが本題だ。どうして、トモとホテルに行く事になったんだ?本当に何もしていないのか?」

「多分、何もしていないと思う。起きた時、服着ていたし、あたし、爆睡していたから、全然記憶ないけど、トモが嘘付く必要ないでしょう。あたしから行こうと誘ったんだから。あっ。」

 言っちゃった。あぁ、これで餌食決定だ。

「そうかぁ。やっぱりセイコから誘ったのか。大胆だな。それなのに、トモは喰わなかったなんてもったいない。」

「…。」

「セイコ?」

 何で泣きたくないのに、涙が出るの?

本当はあたしの事なんて、何とも想っていないんだ。じゃなくちゃ、あの時、エッチしてもいいでしょう?あたしなんて、トモにとって、女じゃないんだ。そうだよね、バツイチで二十九歳なんて、誰も相手にしないよね。まともな男なんて…。

「セイコ、何で泣いているんだよ。まさか、トモが何か酷い事をしたのか?」

「わかった。トモを呼び出して、絞めてやるよ。仇はとってやるから。だから、泣くな。」

 ヨウタとクウヤが、一生懸命慰めてくれる。

まるで子供の頃みたい。男の子に苛められて泣くと(あたしが可愛いからなんだけれど)、二人がこんな風に慰めてくれた。あたしを囲んで一生懸命に。時には、その子達からあたしを守ってくれたりもした。

「トモが、酷い事をするはずないじゃない。」

 あたしが泣き笑いすると、二人は肩の力を抜いて、安堵の笑みを見せる。

「ただね、何か、わかんないの。トモの事。やっと、自分の気持ち、見つけたのに、きっと、私の気持ち、わかっているのに、何も言ってくれないし、何も変わらないの。そんなのずるいと思わない?」

「へっ?」

 唖然と口を開き、二人が視線を合わせる。

一瞬の沈黙の後、大爆笑。

「何がおかしいのよっ。」

 苛立つあたしに笑いながら視線を向ける。

「自分でおかしいと思わないのか?」

 クウヤが目尻に涙を溜めながら、お腹を抱えている。

ヨウタなんて、身体を二つ折りにして、笑い続けている。

「あたし、本気で悩んでいるんだからね。もう、いい。そんなに笑うなら、もう話してあげない。完全無視よ、無視。」

 あたしが立ち上がり、部屋を出ようとすると、ヨウタが腕を掴む。

「悪かったよ、悪かった。機嫌を直してくれよ。なっ。」

 目尻の涙を拭いながら、にっこり笑うヨウタ。

あたしは、どうにか笑いを収めたが、未だ口元に笑みを残すクウヤを睨み付けた。

「笑い過ぎたのは、悪かったと思っているよ。許せ。」

 偉そうな態度。

「本当にそう思っているの?」

「もちろん。」

 二人の声が綺麗に重なる。

「仕方がないなぁ。じゃあ、ヨウタはいつもの洋菓子店のケーキセット、クウヤはいつものカフェでランチを奢ってくれれば、機嫌を直さない事もないわ。」

「どうして、俺の方が高いんだよ。」

「当たり前でしょう。クウヤの方が笑い過ぎているからよ。笑った度合いで変わるの。まぁ、金額的にはちょっとの差よ。気にしない、気にしない。」

 クウヤが不満げな顔でヨウタに視線を向ける。

あたしはドアに手を掛けたまま、二人の返事を待っていた。

「その位でセイコの機嫌が直ってくれれば、安いんじゃないか?俺は、その条件、喜んで飲むよ。」

「ヨウタは甘い。絶対にセイコには甘過ぎる。この位で、奢っていたら破産するぞ。」

「煩いな。自分の妹を可愛がって何が悪い。」

 ヨウタは胸を逸らせ、偉そうな態度。

「なぁ、セイコ。」

 あたしにとびきりの笑顔を向ける。元気良く頷き、ヨウタの横に座った。

「猫可愛がりしているだけだろう。」

「じゃあ、もう、クウヤとは口を聞いてあげない。いいもん、ヨウタと仲良くするもん。ねぇ、ヨウタ。」

 とびきりの笑顔をヨウタに向けると、頬を緩め、笑い返してくれる。

「わかったよ、奢ればいいんだろう。奢れば。」

 クウヤが投げ遣りに言葉を吐き出す。

あたし、知っているんだもんね。何だかんだと言いながら、二人ともあたしに甘いの。

「で、話を戻すけど、さ。」

 クウヤが不満を隠しながら、口を開く。

「お前、中学生か高校生に戻っているぞ。はっきり言って、初恋の頃みたいだ。」

「その通り。相手の出方でそんなに悩んで、セイコともあろう女の行動には見えない。」

「自分でもそう思う。だって、今までの男には、強気で振り回す事だって出来たのに…。でも、ダメ。怖いんだもん。何を考えているのか、さっぱりわからないし、何も変わらないんだよ。もしかして、あたしの事、女として見てくれていないのかもしれない。」

「セイコを女として、見えない男はホモだな。それ以外、考えられない。」

「あたし、確かに綺麗だし、スタイルも良いけど、二十九歳でバツイチだし、若い女の方が良いに決まっている。」

 今までのあたしなら絶対に言わない台詞だな。

そう。レンと結婚するまでどうにか若い女に分類されていた。

それが離婚したら、嫌でも目の当たりにさせられた事実。

確かに、結婚する前まで勤めていた会社では、二十五を過ぎたら受付嬢は退職を余儀なくされる。頭の良い子は秘書課に回される事もあるけど、それも三十まで。

それから目を逸らすために、レンと結婚したんだもん。

「若い女は、確かに肌もつるつるだし、無条件に水を弾く。堪らないよなぁ。でも、それだけで女を選ぶヤツなんか、こっちからお断りしてやれ。」

「クウヤ?」

「そうだよな。そんな条件で女を選ぶのは、はっきり言って、ろくな男じゃないな。」

「セイコはセイコの魅力がある。それでダメなら、仕方がないんじゃないか?バツイチでも二十九歳でも関係ない、そう思える男と幸せになって欲しいな。俺達としては。」

「もし、トモがそんな男なら、俺達が絞めてやるから、安心しろよ。なっ。」

「もし、振られても、振られてよかったと思うような次の男を見つけてやるよ。なっ。」

「クウヤ、ヨウタ…。」

 何か、二人の優しさに泣けてくる。目元を少しだけ拭い、唇を噛んだ。

「俺達が手助けするのは簡単だけど、一人で頑張れよ。あと、逐一報告する事。わかった?」

「そうそう。心配しているんだからな。」

 あたしの感動を返せ。少しは手助けをしてくれるのかもしれないと期待したあたしが間違っていたわ。

「あぁ、わかりました。あたし一人で頑張ればいいのね。えぇ、頑張りますとも。二人を驚かせる結果を出してやるわっ。」

 拳に力を入れ、言葉を吐き出した。

「その意気、その意気。」

 二人は楽しそうに笑っていた。結局、人事なのね。最後は…。


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