始まり?
登場人物の名前
勇斗
恒
六月の終わり。夏の気配が少しずつ近づいていた。蝉の声はまだ聞こえない。でも、照りつける日差しと、夕方になっても残る暑さが、もうぐ夏が来ることを教えていた。俺――勇斗には、いつも隣にいる親友がいた。名前は恒。(わたる)くだらないことで笑って、どうもいい話を何時間も続けられるような、そんな大切な友達だった。あの日も、いつもと変わらない一日になるはずだった。でも、六月の終わりの日。恒は交通事故で帰らぬ人になった。昨日まで隣で笑っていた奴が、もうどこにもいない。その現実を、俺はまだ受け入れられずにいた。葬式が終わった。帰り道の景色は、いつもと何も変わらなかった。空は青くて、街には人がいて、時間は当たり前みたいに進んでいる。でも、俺の隣にはもう恒はいない。家に着いても、いつものように「ただいまと言う気にはなれなかった。静かに玄関を開け、自分の部屋へ向かう。何も考えたくなかった。ドアノブに手をかけ、ゆっくり扉を開ける。その瞬間――「勇斗、おかえり!」聞き慣れた声がした。心臓が止まったような気がした。恐る恐る顔を上げる。そこにいたのは――「……恒?」昨日まで隣で笑っていた親友。もう会えないはずの恒が、そこに立っていた。「……なんで」声が震えた。「なんでお前がここにいるんだよ」
俺は恒を見つめた。「お前……交通事故で……」その先の言葉が出なかった。葬式で見た現実。もう二度と会えないと思った時間。全部、頭の中を駆け巡る。でも恒は、不思議そうに首を傾げただけだった。「え? 何言ってんだよ、勇斗」そして、いつものように笑う。「よく分かんないけどさ、とりあえずゲームしようぜ!」そう言って、恒は俺にコントローラーを差し出した。何も変わっていない笑顔。何も知らないような声。俺はそれを受け取ることができなかった。「何してんだよ。早くやろうぜ!」恒は笑いながら、俺の方へ近づいてきた。その姿を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。ありえない。いるはずがない。目の前にいるのは、確かに恒なのに。俺は反射的に叫んでいた。「……お前、誰なんだよ!」自分でも驚くくらい、震えた声だった。恒の表情が少しだけ曇る。「……え?」俺は息を荒くしながら、目の前の存在を見つめた。「お前は……恒じゃないだろ」すると恒は、少し寂しそうに笑った。
「何言ってんだよ、勇斗」そして、いつもの声で言った「俺は恒だよ」一歩近づいて。「お前の親友の、恒だよ」「……じゃあ」
俺は震える声で聞いた。「お前の葬式は……何だったんだよ」恒の顔を見る。そこにいるのは、間違いなく親友の姿だった。「俺は……確かにお前の葬式に行ったんだぞ」頭が混乱する。すると恒は少し考えるように黙った。「あっ……」そして、小さくつぶやく。「あれは……何だったんだろうな」俺は息を飲む。「夢だったのか?」そう聞くと、恒は首を横に振った。「夢じゃないよ」「……え?」「現実だよ」その言葉に、背筋が凍った。「じゃあ……」俺は声を絞り出す。「じゃあ、なんでここにいるんだよ」恒は困ったように笑った。「俺にも分かんない」少しの沈黙。そして恒は、窓の外の空を見ながら言った。「多分さ……」「神様が、もう少しだけ時間をくれたんだよ」翌朝、目を覚ますと、昨日の出来事が夢じゃないことを思い知らされた。机の横には、二つのコントローラー。そして――「勇斗!起きろー!」聞き慣れた声。「朝からうるさいんだよ……」そう言いながら部屋のドアを開けると、そこには恒がいた。昨日まで失ったと思っていた親友が、当たり前みたいに笑っている。「今日はどこ行く?」「……どこって?」「決まってんだろ。夏休みみたいなことするんだよ」恒は笑った。その笑顔を見るたびに、胸の奥が苦しくなる。こいつは本当にここにいる。でも、俺は知っている。この時間には、終わりがある。




