88. 絶対これ、ミランダ様宛ですよね!?
「皇太子殿下より、贈り物が届いております」
まだ朝霧の残る早朝。
ドナテラが住まう屋敷の扉が開き、規則正しい足音が中へと響いた。
恭しく頭を下げる侍従の背後には、ずらりと行列を成す文官らしき男たちの姿。
煌びやかなドレスや宝石入りの小箱、香油、絹織物、――ありとあらゆる贈り物が、次々と運び込まれてくる。
「お、お待ちください! 届け先を間違えてはおりませんか!?」
「いえ、お間違えございません。ドナテラ様宛と申しつかっております」
「……ッ!!」
慌てて止めるドナテラに、侍従は涼しい顔で答える。
助けを求めるように、ミランダを振り返るドナテラ。
なんてことをしてくれるのですかと、その目が強く訴えている。
そういえば昨日、『他国の支援が必要な場合はドナテラに』、とセトに告げたのを思い出す。
遠くを見ると、偽物の住まう屋敷にも同様の贈り物が次々と運ばれている。
一方で、第三皇子の推薦とされる軍部高官の娘だけは、ただ一人、贈り物を受け取っていないようだった。
「これは……あまりに露骨では?」
ミランダに、小声でささやくヴィンセント。
コニーもまた不安そうにミランダを見遣る。
「明らかに、第三皇子を挑発しているわね」
「どちらにしろ、あの程度で気を失うような者に皇太子妃など務まりませんが……」
「でもこれでは、ドナテラ様が偽物と並ぶ有力候補に見えてしまうわ」
冷静に分析を続けるミランダとヴィンセントの背後で、ドナテラは必死に動揺を抑え込みながら、貼り付いた笑顔でセトへの感謝を述べている。
「皇帝陛下への謁見は三日後の予定ですが、第三皇子から申し出があり、先んじて会食が開かれます」
「そ、そうですか」
「候補者たちを交え、事前に顔合わせをしたいそうです」
第二皇子は欠席。
だが第三皇子は、非公式の場での事前交流を希望しているらしい。
すべての贈り物が運び込まれた後、セトの侍従が一際豪奢な箱を開け、ドナテラへと差し出した。
帝国の紋章が刻まれた小箱の中には、ミランダですら見たことのない、美しいルビーの装飾品が納められている。
「こちらは、前皇后が皇太子殿下に遺された品のひとつです」
「そ、そんな貴重なものを……!?」
前皇后が遺した国宝を、まだ皇太子妃と決まってすらいない、他国の王女に贈るとは。
「公式の場でもたびたび着けておられた、国宝です。『似合う者が身につければよい』と、殿下の仰せにございます」
ビクリと肩を震わせたドナテラの瞳は、透きとおるような薄翠。
艶やかなリボンで結い上げられた淡いピンクブロンドの髪が、柔らかに揺れている。
こんな毒々しい赤、似合いませんよね?
……絶対これ、ミランダ様宛ですよね!?
全力で訴えてくる小さな背中。
ミランダとヴィンセントは思わず目を見合わせる。
「あ、ありがたく頂戴いたします!」
原則、強きにはクルクル巻かれる主義のカナン王国の王女、ドナテラ。
本人の思惑は遠く星の彼方に飛んでいき、早々に有力候補に躍り出た(かのように見える)状況に、気遣い屋の王女は泣きたい気持ちを堪えて頑張っている。
前皇后の遺した国宝など、むしろ火種になりかねない贈り物。
なぜこの王女に国宝を……?
とても似合うとは思えないドナテラを前に、侍従もまた、戸惑いの表情を浮かべていた。
***
そしてその夕刻。
皇太子宮の広間に設けられた宴席には、焼きたての仔羊、香草のスープ、黄金色のワイン……帝国の贅を尽くした料理がずらりと並ぶ。
「非公式ではあるが、このような場を設けられ嬉しく思う」
ゆったりと杯を掲げるセトの腕には、偽物のミランダ。
その斜め前には、ちょこんとドナテラが座っていた。
胸元には、今は亡きセトの母……前皇后が公式の場で身に付けていたという、国宝のルビー。
やっぱりとしか言いようがないが、あまりにも似合わず、むしろ宝石が浮いている。
「ドナテラ、贈り物は気に入ったか?」
「は、はい。ありがとうございます! 身に余る贈り物をいただき、光栄です!」
「わたくしの方が似合うのに」と口を尖らせた偽物の頬に、セトが軽く口付け、挑発まじりに第三皇子へと視線を送った。
軍部高官の娘は本日、体調不良により欠席。
だが、彼女にだけ贈り物が届かなかったことは既に広まっており、空席が妙な緊張を落としている。
「まだ選定式が始まったばかりだというのに、兄上は早くも候補を絞ったと噂になっております」
「気の早いことだ。敵前逃亡した者もいたため、随分と数が減ってしまったが」
――早々にもう一人、脱落しそうだな。
小馬鹿にしたような口調で空席へと目を向けたセトに、第三皇子はピクリと頬を引きつらせた。
「……兄上が女性を気に入るなど珍しい」
「そうだな。推薦してくれたギリムに感謝しなければ」
「ですが大公女にしては随分と品がない。本当に、本物なのですか?」
「もちろん。ファゴル大公国にも、すでに確認済みだ」
会場の隅、控えるミランダにそっと視線を向けるドナテラは、先程から落ち着かない様子でワインを口に運んでいる。
「悪評が飛び交うとはいえ、次期大公。ファゴル大公国はお認めになるでしょうか」
「問題ない。ミランダを推薦する際、ファゴル大公から許可も得ている」
クラウスとの婚約待ちの件もアリ、あのファゴル大公が、ミランダの選定式参加を許可するとは到底思えないのだが。
「見合う対応をさせてもらうと告げたら、『好きにしてよい』とのことだった」
「そのような聞き方では……!」
解釈の余地がある誘い文句で、言質を取るのが良いだろう。
セトの思惑に、あっさり乗ったファゴル大公。
「お父様には困ったものだわ」と偽物が、芝居がかった溜息を吐く。
「どうした、何か不都合でもあるのか?」
「いえ……」
「父上の体調も芳しくない。――国内の有力貴族を牽制するには、ちょうどいい機会だな」
つまり、『この先、お前の出番はない』ということだ。
一触即発の気配に、その場の空気が凍り付く。
豪奢な料理も、気まずい空気の前では喉を通らない。
一刻も早く会食を終えてこの場から解放されたいドナテラは、ひたすら沈黙を守り、空気になることに徹している。
緊張と探り合いが続くストレスフルな会食は、その後もしつこく半刻ほど続き、ドナテラの疲労はピークに達した。







