閑話3. ファゴル大公夫妻暗殺未遂事件①
「ぐッ……うぅ……」
カラン、と音を立てて、カトラリーが手からすべり落ちる。
突如襲いかかった耐えがたい苦痛にファゴル大公は顔を歪め、食堂の椅子から滑り落ちるように床へと倒れ込んだ。
「ぐあぁッ……!!」
「誰か、すぐに医師を!!」
大公宮の出入口が封鎖される中、駆けつけた医師により毒が原因であると判明し、宮内が喧騒に包まれる。
「この症状に、即効性。ファゴル国立薬草園の希少種に報告例があります!!」
「ファゴル国立薬草園……?」
居合わせた者達は息を呑み、引き寄せられるように部屋の一角へと目を留めた。
視線の先には、ファゴル国立薬草園の設計を手掛けた第二大公女ミランダ。
あら、と小さく呟いて、ミランダは可愛らしく小首を傾げた。
「もうバレてしまったの? ……困ったわ」
苦痛に喘ぐ父、ファゴル大公の姿などまるで見えていないかのように、キョトンと目を丸くする。
「お義母様は召し上がってくださらないし、これでは駄目ね。……失敗だわ」
「まさか殿下が!? 一体何故こんなことを!?」
「……何故ですって?」
次期大公たるこの私を、人質として送ろうとしたではありませんか。
宗主国グランガルドから『王位継承権を持つ未婚の子女』を人質に送るよう要請があったのは、つい先日のこと。
声を失う医師達へ、グランガルドなんて絶対にお断りですとミランダは言い放つ。
「お父様がいなくなれば、次の統治者はこの私。邪魔なお義母様も一掃し、妹を人質として行かせようと思っていたのに」
護衛騎士長に押さえつけられ、縄で拘束されてもなお動じる様子のないミランダ。
――国内外を震撼させた、ファゴル大公夫妻『暗殺未遂事件』。
前代未聞の事件により主犯として捕縛された第二大公女ミランダは、そのまま投獄された。
そしてこのあと日を置かずして。
虫の息だったはずの父と、再び牢内で相見えることとなる――。
***
――それは、グランガルドから人質を求める勅令が届いた日のこと。
ミランダが主犯として捕まった、ファゴル大公夫妻『暗殺未遂事件』から二日前に遡る。
ミランダの『加護』を知る国内の重鎮を集め、即刻検討を進めたのだが……どちらの大公女を差し出すかで折り合いがつかず、話し合いは難航してしまった。
「いいか、ミランダ。『稀代の悪女』などと悪評が独り歩きをする中、守る者が誰もいない国外で悪意に晒されてみろ。人質という弱い立場も相まって、つらい思いをするのは目に見えている」
「何があっても耐えられる自信はあります」
「そういう問題じゃない。どれほど危険か分かっているのか!?」
「であれば尚更、幼い妹には務まりません」
適齢期のミランダであれば、仮に邪魔になっても下賜という選択肢がある。
生き残る確率という一点のみを考えれば、幼い妹よりもミランダのほうが断然可能性が高いはず。
先程からそう説明しているのだが加護持ちということもあり、皆渋い顔をしてミランダのグランガルド行きを反対するため、話が前へ進まないのだ。
「逆だろう。幼子のほうが与しやすく、利用価値は高い」
「お父様、従属の尻拭いを五歳の娘にさせる気ですか? グランガルドにとって利用価値が高いのは、加護がある私のほうです」
「加護を差し引いても、だ。お前の見た目でこの性格。さらには無駄に思い切りの良い行動力。行ったが最後、心配で心休まる暇もない」
「立場の弱い人質に、何ができるとも思えませんが……?」
「信用できるかッ!! 何度も言うがもっと自分の身を第一に考えて……なんで嬉しそうにしているんだお前は!?」
情に厚く、およそ一国の長らしからぬ父、ファゴル大公。
本音はどちらの娘も送りたくないのだ。
下手をすれば無理をして、三倍の貢納金を払ってしまいそうな気配まである。
「いつ何があるか分からないからこそ、局面に応じて、柔軟に対応できる者が行くべきです」
「駄目だ」
ミランダが何度頼んでも、首を縦には振ってくれない。
心配してくれるのはありがたいが、これでは話が進まない。
説得は諦めて、行かざるを得ない状況を作ったほうが話が早そうだわ、とミランダは居並ぶ諸侯達を見廻した。
「承知しました。それでは、彼らの賛同を得られればよろしいのですね?」
「え?」
「対外的に納得せざるを得ない状況を作れ、と」
「いや、でも回答期限が差し迫って」
「五日あれば充分です。その間、本件は一旦保留とさせてください。それではまた後ほど」
「ま、待てミランダ。何がどう充分なんだ!? おい、何をする気だ!? もう少し話を……」
大声で呼び止めるファゴル大公の叫ぶ声を背に、ミランダは会議室を後にする。
従属国になった際、グランガルドから突き付けられた『降伏勧告状』の内容は、生かさず殺さず……ギリギリ許容できるラインで提示されていた。
つまりグランガルドからの密偵が、ファゴル大公国の中枢にまで入り込んでおり、かなりの情報が筒抜けになっているということだ。
一切の無駄がない文面から察するに、起草者はグランガルドが誇る剛腕のグリニージ宰相閣下、といったところか。
「せっかくだし、派手にやりましょうか」
人質や戦争捕虜となった王女が、国王のお手付きになるのはよくある話。
もしファゴル大公宮内に密偵がいるのなら、いっそ耳に入れてやればいい。
人質ついでにどうせ耳へと入るなら、『狂王』クラウスが手を出す気も起きないほどの悪女を演じたい。
――さぁ、グランガルドへ追放よ!
ミランダはその足で、義母であるファゴル大公妃の部屋へと向かった。







