108. それは、囁きにも似た死刑宣告
皇帝暗殺の現場に居合わせたミランダが、それきり行方知れずになったのは、数日前のことだった。
土地勘もなく、闇雲に探すよりは、手掛かりとなる情報を待つべきだ。
そんなことは百も承知だが、情報が自分達のもとまで届く可能性は低く、気持ちは逸るばかりである。
ついに痺れを切らし、エリアスに掛け合おうと決めたその時、——当の本人が、前触れもなく屋敷を訪れた。
「ミランダを出せ」
一体何を言っているのか。
驚くドナテラ達には目もくれず、第三皇子エリアスはズカズカと邸内へ踏み込んだ。
「皇太子殿下とともに逃亡中ではないのですか?」
「毒を盛られた本物のほうだ。あの夜、ここへ逃げたと報告があった。見つけ次第、連れてこい!」
エリアスは怒鳴るようにして、配下へ命じる。
その声を合図に帝国兵が邸内へと雪崩込み、屋敷中の扉を次々と開け放ち、容赦なく捜索を始めた。
「これはこれはドナテラ様。ご無沙汰しております」
あまりの権幕に委縮し、震えていたドナテラへ、緊張感のない声が向けられる。
見覚えのある容姿と、食えない笑顔。
相変わらず人を食った態度で、ジャノバ領主アルゼンもまた、部屋へと足を踏み入れた。
「ドナテラ様、実はジャノバ以外の二大都市が封鎖しまして」
「……!」
「新皇帝はエリアス殿下ですが、各領主からの祝辞もない状況です」
立ち話で済ますには込み入った内容に、ドナテラは思わず絶句する。
自分の声が周囲に聞こえていないことを確認し、アルゼンは続けた。
「皇太子殿下には、皇帝陛下を暗殺する動機がない。ハメられたのは、皆が承知しているところです」
――ただ、声を上げないだけで。
責めるような視線に気付き、「皆、立場があるのですよ」とアルゼンが言い訳をする。
「ラゴンの疫病も収まる気配がありません。エリアス殿下を支持してきた貴族達からも、疫病は拝する女神の怒りではないか――と。そんな噂が、まことしやかに流れています」
「無実を証明できないのですか?」
「現場を見られてますから、難しいでしょうなぁ」
だが貴族だけではない、その噂は帝都内にまで広まりつつあるのだ。
「そんな折、突然エリアス陛下が……いえ、即位式前だからまだ殿下ですね。その殿下が、『逃走中のミランダは謁見式に入れ替わった偽物だ』と仰いまして」
偽物については当然アルゼンも知っており、必死で捜索を続ける兵士達へ、のんびりと目を向ける。
以前『ミランダ』としてエリアスに対峙したのは、死刑囚である偽物のほう。
だがエリアスからしてみれば、そちらが『本物』なのだ。
「ですが毒殺しようとしたくらいなのに……」
「状況が変わったのですよ。帝国内の雲行きが怪しくなってきた以上、有力貴族を黙らせるための後ろ盾が欲しいのです」
つまりは、ファゴル大公国のミランダがうってつけ。
「悪評はびこるとはいえ強国の次期大公。その権力は絶大です。皇太子妃選定式を引き継ぐ形で、妻に迎えたいとお考えなのでしょう」
ついに私室にまで踏み込んできた帝国兵とエリアスへ、ドナテラは不安げな視線を送る。
「――で、その偽物とやらはどこに?」
「……」
回復はした。話も出来るようになった。
だが人目に触れぬよう安静を期して、部屋続きの使用人部屋で休ませてある。
隠す時間すらなく、見つかるのは時間の問題だった。
命令を出すエリアスの怒鳴り声が唐突に途切れる。
「連れてこい」と短く告げる声が届き、ドナテラが恐る恐る目を向けた。
怯えながらも引き出されてきたのは、――そう。
ティール来訪中だったエリアスに不敬を犯し……死罪となった、ミランダの偽物。
ミランダと似た容姿が幸いして、セトに見いだされ、死罪を免れてここへ来た。
結果、セトの企みに加担することになり、——そして今、因縁のエリアスに利用されようとしている。
「虫の息で逃げ出したと聞いていたが、随分と元気そうじゃないか」
ついに見つけた嬉しさで口元が緩みっぱなしのエリアスが、偽物の腕を掴み、使用人部屋から引きずり出す。
そのまま力任せに床へ放り投げると、偽物は腹ばいになって、床へと倒れ込んだ。
「今となっては都合がいい。皇太子妃選定式は続行だ」
「……ッ」
偽物の髪を鷲掴みにし、ぐい、と頭を持ち上げる。
「この美しい黄金の髪……アルゼン、こいつが悪女と名高い、ファゴル大公国の第二大公女ミランダだ」
「なるほど、噂に違わぬ美しい娘ですな。これほどの娘であれば、陛下のお心を射止められるのも納得です」
羨ましい限りですと羨望の眼差しでエリアスを持ち上げれば、満足げに片眉を上げる。
その隙に逃れようと身体をよじった偽物を睨みつけ、エリアスはさらに強く、……引きちぎれそうなほど強く、髪を引っ張った。
「……、うぅ……」
「抵抗されると妙に支配欲をそそるな」
何が琴線に触れたのか、痛みに顔を歪めた偽物を、エリアスは愉悦に満ちた眼差しで見下ろしている。
「これは、お前にこそよく似合う」
室内を物色していた帝国兵から差し出されたのは、迸る鮮血を固めたかのように怪しく光る、国宝のルビー。
前皇后が公式の場で身に着けていた宝石であり、息子であるセトに遺された品であることは、帝国民なら誰もが知っている。
「逆らえば、即座に殺す」
低く、逃げ場のない声が、偽物の耳元に落ちる。
「――お前が、次の皇后だ」
そのまま抱き寄せるように身を屈め、先ほどの言葉からは想像もつかないほど優しい手つきで、……エリアスは自らの手で、偽物の首にルビーのネックレスをかけた。







