暗黒舞踏
あれから、私は遼や他の生徒達と高校生活を過ごしていた。
千鶴は最近どうしているのだろう。あんな事があったせいで話にくくなったけど、元気にしているだろうか。もしかすると、様子を見に行った方が良いのだろうか。毎日千鶴の様子を見に行ったが姿は見なかった。相当落ち込んでいるのだろうか。
私は今日も例の噂を探っていた。深緑の着物を着た男性の話、本当に居るのだろうか。私は隣町まで歩いていた。
青波台、海辺の栄えた町だ。国営鉄道の駅があり、活気に満ちている。
その一方、私達が暮らす高瀬は、閑静な町だ。あの出来事があるまでは、事件なんて他人事だった。
私は青波駅前の本屋で本を探していた。都市伝説や遼が好きな未確認飛行物体の本はないかと本棚を見ていた。すると、真っ黒な背表紙が目に飛び込んだ。手を伸ばして読もうとすると、妙な音が聞こえた。しかも、本を持った手が痛い。
私が本を掴んでいる訳ではない。本が私を掴んでいた。私は慌てて本を外そうとしたが、本は更に力を入れてくる。
その時、通りがかったのは小学生くらいの少年だった。彼は私の異変に気づくと、本を引き剥がしてくれた。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう、少年…」
「これは責任を持って僕が買いますから。あなたはじっとしててください。」
少年はその本を何事もなく買い、私の所へ元へ戻って来た。
彼は別の町から知り合いを訪ねてここまで来たらしい。家族も一緒だったそうだが、今は一人だった。
私達は本屋を出て、駅前のベンチで休んでいた。私が今まで集めた都市伝説の話をすると、彼は複雑な顔をしていた。
「そういう話は嫌いだった?そうだったらごめん。小学生なら好きだと思ったのになぁ…」
「好きでも嫌いでもないですが、身近ではありますね。」
少年は自分の左手首を掴んでいた。
「あまりそういう怪異には首を突っ込まない方が良いですよ。それで悲惨な目に遭った人を知ってますから。」
それから、少年は自分の話を始めた。
その話は異様なものだった。彼には霊感があり、その上霊媒という霊を呼び出せるらしい。その力で彼はおぞましいものを見てきたらしい。それも一度や二度ではない。私が想像しているよりも悲惨な光景が彼の目に焼きついている。
少年の力を知った私は、もしかすると千鶴のお父さんを呼べるのではないかと思いついた。
「やめた方がいいですよ。」
私がそれを話す前に、その少年ははっきりと言った。
「死んだ地点でこの世界からは絶たれるんです。それに干渉するのはお互いの為にならない。」
「そ、そうなんだ…。」
彼は本当に小学生なのかと疑うくらいしっかりしていた。それも、彼の異様な経験が形づくったものだろうか。もしかすると彼は生死のぎりぎりのところでやっと立っているのかもしれない。真っ暗な所で踊っているかのような、自分でも何をしているのか分からなくなる、そんな感覚で彼は生きているのかもしれない。
私がそんな事を考えていると小さな子供があの少年に駆け寄って来た。
「お兄ちゃん、こんな所に居たんだ!」
「あの人にお土産を買ってたんだ。」
二人は私に向かって手を振ると、どこかへ向かってしまった。
「大人になりすぎるなよ、少年。」
彼は早くに大人になってしまった悲しい少年なのかもしれない。彼は輝やくものを見る前に、悲惨なものを見過ぎてしまった。彼はこれからもそれを背負って生きていくのだろうか。
私は青波台を後にした。帰りはバスに乗って家に帰る。その時、携帯電話が鳴った。掛け直すと、お母さんが慌てていた。
「菜月、千鶴ちゃんが大変なの!」
「千鶴が、どうしたの?!」
私は行き先を病院に変え、急いで向かった。