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『虚像』  作者: 闇深太郎
8/10

残光


 …長(なが)い夢(ゆめ)から覚(さ)めた私(わたし)は、初(はじ)めて見(み)た天井(てんじょう)に驚(おどろ)いた。この身(み)に何(なに)があったのだろう。私(わたし)は記憶(きおく)を辿(たど)ったが何(なに)も分(わ)からない。


 身体(からだ)を起(お)こすと、母親(ははおや)と菜月(なづき)さんが居(い)る。ここは何処(どこ)だろう。私(わたし)はベッドで寝(ね)かされていたようだが、家(いえ)ではなさそうだ。

「ここは…、」

菜月(なづき)さんが私(わたし)の手(て)を握(にぎ)った。

「病院(びょういん)、三日間(みっかかん)ずっと意識(いしき)がなかったけどやっと戻(もど)ったんだね。」

「私(わたし)…どうしたんだろう。」

「路上(ろじょう)で刺(さ)れて倒(たお)れてたのよ。助(たす)けてくれなかったらどうなってたか分(わ)からなかった。」

「そうだったんだ…。」

母(はは)は私(わたし)が意識(いしき)を失(うしな)っている間(あいだ)の話(はなし)をしてくれた。



 何者(なにもの)かに刺(さ)された私(わたし)は路上(ろじょう)で倒(たお)れていたそうだが、親切(しんせつ)な人(ひと)に助(たす)けられて病院(びょういん)に運(はこ)び込(こ)まれたらしい。それからはしばらく意識(いしき)を失(うしな)っていたそうだが、奇跡的(きせきてき)に目(め)を覚(さ)ました。

「お父(とう)さんの声(こえ)を辿(たど)ったらここに来(き)た。それ以外(いがい)は何(なに)も分(わ)からない。」

意識(いしき)を取(と)り戻(もど)した私(わたし)だが、自分(じぶん)でも何(なに)が、起(お)こっているのか分(わ)からなかった。


 犯人(はんにん)の顔(かお)はそもそも見(み)ていなかった。母(はは)も警察(けいさつ)の人(ひと)に色々(いろいろ)聞(き)かれたらしいが、何(なに)も分(わ)からない。ただ一(ひと)つ確(たし)かなのは犯人(はんにん)がまだ捕(つか)まっていない事(こと)だけだった。



 それから、私(わたし)の病室(びょうしつ)には見知(みし)った人(ひと)もそうでない人(ひと)もやって来(く)るようになった。大抵(たいてい)の人(ひと)は質問(しつもん)を投(な)げかけてくるだけで、私(わたし)の話(はなし)は聞(き)いてくれなかった。

 ところが、一人(ひとり)だけそうでない人(ひと)が居(い)た。彼(かれ)は赤(あか)の他人(たにん)であるはずの私(わたし)を心配(しんぱい)しているのだ。その上(うえ)、緑(みどり)の着物(きもの)を着(き)ていて、ずっと私(わたし)の話(はなし)を聞(き)いてくれる。

「どうしてここに居(い)るんですか?」

「君(きみ)を助(たす)けたのが私(わたし)だからだよ。」

彼(かれ)は道端(みちばた)で倒(たお)れていた私(わたし)を助(たす)けてくれたそうだ。怪(あや)しい風貌(ふうぼう)をしていたが、話(はなし)をしている限(かぎ)りでは悪(わる)い人(ひと)ではなさそうだった。

 ひょっとすると彼(かれ)が菜月(なづき)さんが言(い)っていた都市伝説(としでんせつ)の青年(せいねん)なのだろうか。ふとそんな考(かんが)えが過(よ)ぎったが、菜月(なづき)さんには言(い)わなかった。



 ある日(ひ)の話(はなし)だ。彼(かれ)は私(わたし)を外(そと)に連(つ)れ出(だ)した。正直(しょうじき)に言(い)うと嫌(いや)だった。父(ちち)が路上(ろじょう)で刺(さ)された話(はなし)を聞(き)き、そして自分(じぶん)も刺(さ)されたからだ。それからというもの、外(そと)に出(で)るのが怖(こわ)くなっていた。人(ひと)と擦(す)れ違(ちが)う度(たび)にまた刺(さ)されるのではないかと恐(おそ)れていたのだ。


 私(わたし)は彼(かれ)と一緒(いっしょ)に歩(ある)いていた。彼(かれ)は祖父(そふ)の形見(かたみ)のフィルムカメラを持(も)っていて、それを触(さわ)らせてくれた。あのカメラが無(な)くなってから、写真(しゃしん)を撮(と)らなくなったが、久々(ひさびさ)に撮(と)れて嬉(うれ)しかった。

「どうしてここまでしてくれるのですか?」

「君(きみ)なら面白(おもしろ)い話(はなし)を持(も)ってると思(おも)ってね」

私(わたし)は自分(じぶん)の境遇(きょうぐう)が面白(おもしろ)いとは思(おも)わなかった。むしろ不幸(ふこう)だ。死(し)にかけた人(ひと)に何故(なぜ)面白(おもしろ)いと言(い)えるのだろう。

「人(ひと)の不幸(ふこう)を面白(おもしろ)いと思(おも)うのですか?」

「捉(とら)え方(かた)によっては、そうかもしれないね…」

私(わたし)から出(で)た言葉(ことば)に、流石(さすが)の彼(かれ)もたじろいだのだろうか。口数(くちかず)が少(すく)なくなった。そして彼(かれ)は私(わたし)に背(せ)を向(む)けた。その姿(すがた)は父(ちち)によく似(に)ていた。

 彼(かれ)の名(な)は渡辺茂(わたなべしげる)といった。よくある名前(なまえ)のはずだが、彼(かれ)はよく分(わ)からない人(ひと)だった。



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