虚構の海
高校生の私の周りには、一癖ある人が集まりやすいらしい。その証拠に、私の友人は一癖も二癖もある。
一人は島本遼、私とは同級生で、昔からの仲だ。彼は未確認飛行物体の研究と称してずっと空にカメラを向けている。ついこの間、本物の未確認飛行物体を見たと騒いでいた。一人で随分楽しそうだった。
もう一人は寺岡千鶴という子だ。千鶴は私よりも年下で、中学校に通っている。カメラが友達で、私と遼以外の子と一緒に居た試しがない。それぐらい、人付き合いが希薄な子だった。
今日の私は一人だった。二人の事はもちろん気になるが、今目の前には居ない。私は一人で学校から帰宅していた。
横断歩道に差し掛かった時だった。冬でもないのに空から白いふわふわしたものが舞い降りてきた。それは胞子のようにも見え、掴もうとすると指の間をすり抜けてしまう。
その白い何かは地面に落ちると、氷のように解け、道路に海を造った。そして、その海は私の膝が浸かるくらいに深くなっていく。だが、誰もそれに気づかない。私以外に誰も居なかったからだ。
私はその海に浸かりながら歩いていた。この海は水ではない何かで満たされているらしい。そのせいかどれだけ浸かっても濡れなかった。
海のようになった道路を私は歩いていた。普段この道路はそこそこ交通量は多い方だが、今日は人どころか車も見ない。神隠しに遭ったみたいだ。
このまま家に帰ってしまおう。そう思った私の前に何かが現れた。それは真っ白な人影のようなものだった。その影には顔は無かったが、私をじっと見て声を発した。
「菜月じゃねえか、どうした?」
「誰…?!」
私はその得体の知れないものから逃げた。あの影が話すのも驚いたが、それ以上に私の名前を知っているのが一番不気味だった。
その足は無意識に家に向かっていたそうで、そこに辿り着いた私は大急ぎで扉を閉め、中に入った。
家の中は不思議と海にはなっていなかった。それを知った私は一安心して制服のままソファーに寝そべった。
翌日、遼にその話をしたが、遼は信じていなかった。それもそうだ。あの出来事は私以外誰も見ていないからだ。遼はその話は興味ないようで、今も未確認飛行物体で頭がいっぱいなんだろう。
それから、しばらく経ってから町中である噂を聞くようになった。確証はないが、この町の誰かが広めている。私は早速遼にその話をしてみた。
「この町の都市伝説?」
「そう、深緑の着物の男性の話。」
「見たら幸せになるか不幸になるかっていう類いのものかな?」
「それが、どっちかは分からないみたい。だからこそ都市伝説じみているんだと思うんだけどね。」
遼は携帯電話を触っていた。恐らくまた未確認飛行物体について調べているのだろう。年から年中その事ばかり考えているから、もしかすると彼は間違えて地球に来て帰れなくなった宇宙人なのではないか、というふうに私は考えているが口には出さなかった。
遼は携帯電話から顔を離して私を見た。
「この前怖い目に遭ったばかりというのに懲りないね。」
「遼だって、今も未確認飛行物体、だっけ?それを追ってるじゃない!」
それを聞いた遼は突然吹き出した。
「僕達、同じ事で怒ってる。変だよね?」
それを聞いた私は怒りを忘れて笑ってしまった。
「っていうか怒ってたの?らしくないなぁ…。」
「僕だって怒る時は怒るよ。」
「そっか、そうなんだね。」
残念ながら、遼は興味がないようだった。千鶴の方はどうだろうか。今は気持ちが沈んでいるだろうから、今度その話をしてみようかな。私は今目の前に居ない千鶴の事を考えながら、遼と話していた。