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覚書/中世オーストリア食生活

   中世の庶民の食事


 庶民の食材は豆類と果物類だ。豆類は、エンドウマメ、ソラマメ、レンズマメ。果物類は森に自生するプラム、さくらんぼ、スモモ、西洋ナシ、リンゴ、アンズ、スグリ、イチゴだ。果物に蜂蜜や香辛料を漬け込んで食べていたのは貴族階級だけである。

 庶民は主に粥を食していた。

 庶民は肉類を食することはほとんどない、家畜を飼育していた農家でも年初に解体した豚を塩漬けにしたものを食べることができた程度だ。

 中世末期の欧州最高の文化を誇ったブルゴーニュ公国の宮廷料理をオーストリアに持ち込んだのは、同公国の跡取り娘マリーと結婚したハプスブルク家中興の祖・皇帝マクシミリアン一世だ。

 ブルゴーニュからもたらされてものではないようだが、マクシミリアン一世が好んだ、在来の焼菓子クッキーに、「レーブ・クーヘン」というのがある。さまざまな香辛料と蜂蜜で味付けをした素朴なクッキーだという。(関田2010;12-21、32頁)

 さて、ここで問題となる庶民が食していた「粥」とは何かである。wikiを引用し、次節で取り上げてみたい。


   ポリッジ

 

 稲作栽培は北イタリア・ポー川及びスペイン・バレンシア地方で、中世から行われていた 。北イタリアには米をつかったリゾットが作られている。スペインはバエリアという焼き飯がつくられる。いずれも稲作の伝播はアラビア世界を経由したようだ。

粥は米だけではなく、ソバや燕麦なんかもある。中欧では、燕麦を脱穀したオートミールを素材とした粥が主食であった。

 中世オーストリアにおいても同じで、パンは富裕層の食卓にしかあがらなかった。東欧や北欧など、寒冷地における平民の主食はといえば粥(ポリッジ/Porridge)である。東欧ではカーシャと呼んでいる。

 この場合のポリッジは、好みで塩、砂糖、バター、ジャムなどを加える。 塩で味付けした場合は、日本の白粥に類似しており、現在でも、朝食で、焼いた肉類を添えて食べられているらしい。


引用参考文献/

●関田淳子『ハプスブルク家の食卓』新人物文庫 2010年

●wiki


ノート20130927

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