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掌編小説/おぞましき森の宴!

 証言者・奄美。

 森林浴が私の日課だ。運動不足になるんでね。谷の奥から水平線がわずかにみえる。森にはブナの原生林で覆われている。なんとなくいつもより多く歩きたいと思ったんだ。尾根づたいにどのくらいいったろう。

 鬱蒼とした木々が、夏の陽射しを和らげ、木漏れ日がわずかに下草を照らしている。

 私は倒木に腰を降ろしちょっと休憩した。

 静かな森だ。木葉がさわさわ鳴る。そしてキジバトが、く~く~くく~くくう、と鳴いていた。それ以外はなにもきこえない……はずだった。だが、やがて、人工的な、ドリルのような音がしているので、気になった。やたらと足音もする。複数だ。何十何百という音だった。おかしい。この散策路は滅多に人が訪れるところじゃない。木陰をそっと移動してゆき、音のするあたりに近づいてゆく。

 一本のブナの大木、幹の陰からのぞきこむ。

 ――な、なんだ、あれは!

 人の丈くらいはあるだろうか、頭がエビに似た格好で尻尾が生えている。それでいて二足歩行で歩く甲殻生物。甲殻は黒光りしている。こんな生き物、地球上にはいないはずだ。映画『エイリアン』にでてくる獰猛な生命体を思いだす。そいつらが、坑のところから外に、ガラスというか、岩石というか、ちょっとわけのわからない鉱物を運び出しては入口から少し離れたところに集積していた。するとだ、背中の甲殻が、ぱかっ、と開き。そこから透明な虫に似た羽がでてきて飛翔しだしたではないか。そいつらは、ホバリングして、鉱物の塊を脚に挟み、ふわっ、とある程度の高さ、そうだな、木のてっぺんの高さくらいだ。そのあたりまでゆくと、ロケット、みたいに、シュルル……って感じで空に吸い込まれみえなくなった。

 心臓がバクバク鳴っている。

 しかし、こんなことを警察に話したって信じちゃくれないだろう。というより、私は、みちゃいけないものをみたのではないか。ここは退散するに限る。しかし慌て逃げちゃならない。奴らに悟られる。そろりそろり、ゆっくりゆっくり、崖を斜めに歩いてゆく。おかげで家に着いたときは夜中近くになっていたね。

 テーブルの上に携帯電話が置いてある。そうだ、今日は持ってゆくのを忘れてたんだ。カノジョからメールがあった。

 ――ねえ、ボスう。今日はどちらへいらしてたの? 週末はいるでしょ? また食事つくってあげるわ。

 それはそれは感謝したいところだね。

 安楽椅子に腰を降ろし、フランス窓から、深淵の海を眺めた。闇の中を横一文字に船が連なって航行しているのを示す小さくなったライトがみえた。立ちあがってシャワーを浴びようとしたときは、やたらにいろんな鳥がさえずりだしてきて、薄明るくなってきていた。どうやら疲れてうたたねをしていたようだ。身体が冷えている。

 フランス窓の外をまたみやる。タンカーが一隻、水平線近くに浮かんでいるのがみえる。 そのときだ、また、携帯が鳴った。おいおい、カノジョ、素敵なモーニングコールかい? だが予想に反して液晶画面に映し出されたものは……。

 ――ボスう、サン、ミナカッタコトニ、シテクダサイ。オ互イノ利益、判リマスネ。昨日、坑道ノコト。

 安い翻訳ソフトで変換したような語句だ。だがピンときたね。奴ら、しっかりと私を見張ってたんだ。するとなんだ。ひょっとして、この家もつけられてマークされてるってことか!

 『エイリアン』どもは、言葉を話せない。代わりに、電波をつかってメッセージを発信するようだ。

 こういうときは、即、行動に移すべきだ。財布だけ持って、ガレージに走った。白いオープンカーのアウディTT・ロードスターがある。衣類なんか途中で買えばいい。携帯電話にはGPS機能がついている。俺の居場所を知らせるようなもんだ。これも買いなおすしかない。エンジンキーを回すとけたたましくカーラジオがお喋りをはじめる。


 ――茹でたてのおいしい伊勢エビをはじめました。漁港直送、美味しいのを召し上がれ。ロブスター・ステーション♫


 こんなときに、伊勢エビかよ。

 ばさっ、と天井から黒いものが落っこちてきた。『エイリアン』だ。畜生!

 助手席に奴は助手席に落ちた。

 ラジオが五時のNHKニュースだと告げた。そこに、割り込むように、干からびた声がした。昨日のメールみたいに、すこしずっこけた言葉だ。

 ――ニゲナケレバヨカッタノニ。ボスう、逃ゲルカラ…。

 黒い甲殻のそいつは、運転席にいる俺を押し倒してきた。私を餌にでもする気かよ。奴の尻尾がチャンネルスイッチにあたった。料理番組になった。


 ――本日はオマールエビのアメリカ風です。エビ一キログラムをご用意ください。絵シャロット、にんにく、パセリ、トマト・ピュレ。コニャック。白ワイン。それに塩、油、バターもね。ちょっとワイルドにね。

 では調理だ。

 オマールエビを生きたまま、尾のところを横切り。ハサミ部分を外して割る。胸分の甲殻を建て半分に斬り、砂袋を取り除く。ワタとエビのミソは取り出してとっておこう。厚手のココット鍋に、油大匙四杯を熱し、切り分けたオマールエビを入れ、殻が赤く色づくまで炒める。コニャック一カップを加え、点火して、フランぺしよう。続いて辛口の白ワイン二カップ、エシャロット、パセリの微塵切り、潰したにんにく、トマト・ピュレ大匙三杯を加え、味をととのえる。蓋をして二十から二十五分ほど煮込む。そしてオマールの尾肉、ハサミ部分の実を取りだし、縦半分に切った甲殻の上に盛りつける。煮汁を煮詰め。ワタとエビのミソを刻んで加える。鍋を火から降ろし、バター百グラムを加えてソースをつけ、オマールの上にかける。

 週末、海辺の空似は入道雲が浮かんでいる。さあ、いつものように、奥方を呼んでみましょう。奥方が、「もうこんなに贅沢につくちゃって」と呆れ顔。でもそんなときはこういってやるのです。「君にはそれだけの価値がある」 ぽっ。そして、貴男の奥方はイ・チ・コ・ロ。


 くそっ、イ・チ・コ・ロに料理されるのは私のほうだ。奴の顔がドアップでみえる。なっ、なんだそのスパナみたいな舌は。

 そして、そこに、唐突に、なんの脈絡もなく私を救う者が現れた。

 ――キリモミ返し。

 キリモミ返し? 『エイリアン』が私を抱きかかえる感じで、のしかかる。あのスパナみたいな舌が私の喉にあたるのを感じた。

 はあ~ひい~。

 喉が食い破られた……に違いない。だが意識は保っている。そいつが横に倒れた。

 助手席で突っ伏した奴の亡骸の上に、灰色姿のヒーローがいて、こっちをみていた。

 自分の咽喉をなでてみる。大丈夫だ。奴の舌があたってはいたが、食い破られてはいない。しかし、え、君が仕留めたの? 君って何者なんだ?

 ――俺かい? 猫だよ。

 そんなふうに捨て台詞を吐き、不敵に笑ったようにさえみえた。やがてその猫は、すっ、と車からガレージの床に跳び降り、足取りも軽く、長い尻尾を立てた格好で、外へ歩いていった。

 唖然。

     了

参考文献/

 猪本典子ほか 『修道院のレシピ』 朝日出版社 2002


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