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五章 平和な村

 他のみんなのことを見に行ってあげてください。ゼクディウスは、クフェアのその言葉に従うことにした。

「しかし、誰のところに行くかな・・・ガレイのやつは見に行かなくても大丈夫だろうし。授業以外での関わりがない連中・・・そうだな、さっき名前が出てこなかったカークスのところにでも行くか」

 そう言ってゼクディウスはウブラリア・カークスの働く仕立屋に向かうことにした。

 その道中で通りすがりの住人達に声をかけられる。その多くが、新入りに対する好奇心をもっていることは否定できない。それは態度からしても想像できた。

 だが、ゼクディウスはそのひとつひとつに真摯に対応した。彼がこの村になじんでいくのは、そう遠いことではないだろう。

 さて、道中のことを話している間に彼は仕立屋に到着した。ここからは彼の話に戻ろう。

「そういえば、新しい服も頼んだほうがいいかもしれないな。ついでに注文していくか」

 言いながら仕立屋の扉をノックするゼクディウス。

「開いていますよ。どうぞ」

 返事を受けたゼクディウスはノブに手をかけ、扉を開く。

「カークス、元気か?」

 椅子に座っている青年にそう声をかけるゼクディウス。

「ゼク先生でしたか。ええ、元気ですよ。まあ、お客さんはあまり来ないので暇ですけどね」

「はは。たしかに、この村じゃはやりすたりなんて関係なさそうだからな」

「ええ、とにかく動きやすい服であればいいんです。まあ、俺なりのしゃれっ気は入れてますが」

 そう言って縫っている途中の服の一部分を指差すカークス。そこには花の刺繍がなされていた。

「まだ途中みたいだけど、きれいな刺繍だな。なんて名前の花なんだ?」

「これですか? これは、ウブラリアって言う名前の花です」

 その言葉を聞いてゼクディウスは一つの疑問を感じた。

「ウブラリア? それって・・・」

「ええ、俺の名前です。パークウェル孤児院に入るときはね、過去の名前をある程度捨てるんですよ。それで、新しい名前をもらう。そのとき、花の名前から俺たちの名前は決められるんですよ」

 そういわれてゼクディウスは考えてみる。アオイ、サクラはそのままだ。ミウメは美梅だろう。そして、シロツメはシロツメクサを略した形。ローザはローズの転じたものだろう。

 他の皆も有名ではないかもしれないが花の名前から名をとられているのだろう、とゼクディウスは結論付ける。

「しかし、過去を捨てる、ねぇ。ちょっと俺には理解出来ないな。過去があっての現在。簡単に捨てていいものじゃないと思うんだが・・・」

「・・・その過去が両親から理不尽な暴力を受けていた、ということだったとしても?」

 カークスの表情を見てゼクディウスは失敗したことを悟った。

孤児院にいるということは、それなりの事情があるはずなのだ。それを察することなく過去があっての現在などと言った軽率さを恥じるゼクディウス。

「・・・すまない」

「ああ、気にしないでください。昔のこと思い出したせいで、言い方がきつくなっただけです。すいません」

 そう言って笑うカークス。しかし、場の雰囲気はなんとなく重いものとなっている。

「あー・・・そうだ、ゼク先生はどうしてここに?」

 雰囲気を変えるためか、話題を変えようとするカークス。

「ああ、気分転換に出かけようと思ったら偶然クフェアに会ってな。あいつと話しているうちに普段授業ぐらいでしか関わりがないやつとあっておこうという考えが浮かんだんだ。生徒のことをしっかり知っておくのは教師の務めだからな。お前の仕事ぶり、よく見させてもらうよ」

「なるほど。まあ、見ていて面白いものだとは思えませんが、どうぞごゆっくり」

 そう言って仕事に戻るカークス。真剣な表情で刺繍の続きを仕上げていく。その手際は非常によく、ゼクディウスが思わず見とれるほどだった。

 そして、しばらく後。

「ふぅ、完成と。あ、すいません。せっかく来ていただいたというのに、お茶もお出しせず」

 刺繍が完成すると同時にカークスはそうゼクディウスに言う。

「いや、気にしないでくれ。俺が勝手にたずねてきただけだからな。他のやつも見に行きたいし、そろそろ出させてもらうよ」

「そうですか。それじゃあ、せめて見送りを」

「いやいや、本当に気にしないでくれ。それも刺繍が終わっただけでまだ完成はしていないんだろう? まず仕事を終わらせてしまってくれ。来ておいてなんだが、仕事中のやつの邪魔をする趣味はないからな」

「わかりました。それでは、そうさせていただきます」

 カークスの言葉に頷いて仕立屋を後にするゼクディウス。その背にカークスは手を振っていた。

「さて、次は誰のところにいこうかな」

 どこか楽しげにそう呟くゼクディウス。彼の脳内では、大勢の生徒達の顔と名前が渦巻いていた。もっとも、まだ顔と名前が一致しない生徒もいるのだが。

「よし、ビスカとロベリアのところにでも行こう。あいつの働いている場所は・・・料理屋だったな。だったら、夕飯の前に軽く食事ってのも悪くないかもな・・・」

 そう言ってゼクディウスは歩みだす。その足先はビスカこと、ビスカリア・サクタリィと、ロベリア=クルクゼニアスの働く小料理屋に向いている。

 ちなみに、その小料理屋はこの村では有名な場所である。小さな村ゆえ有名になるのも当然のことかもしれないが、その味に定評がある事はたしかだ。

 そして、小さな村ゆえ移動もすぐに終わる。事実、こうして話している間にゼクディウスは移動を終えた。

「おや、先生。いらっしゃいませ」

「よう、ビスカ。どうだ? はりきってやってるか?」

「ええ。給料をもらっている以上、それに見合うだけの働きはしているつもりっす」

 そう言って不敵な笑みを浮かべるビスカリア。それにゼクディウスも笑みを返す。

「そう思うんだったら、まずは注文をとったらどうです?」

 その後ろ、厨房から顔を出したロベリア。その手には包丁が握られている。それだけならいいのだが、どことなく不穏な笑みを浮かべているため、非常に物騒な雰囲気が漂う。

「わーってるっす、ロベリア! で、先生、ご注文は?」

「そうだな・・・お前達の顔を見に来たようなものだから、特に決まってないが・・・今食べても夕飯が食べられる程度の量のものを適当に頼むかな」

「それなら、軽食っすね! こちらになるっすよ」

「ビスカ、顔見知りとはいえお客様。ちゃんと敬語を使いなさい」

 そういうロベリアは、包丁を顔の高さまで持ち上げている。それゆえに、物騒な雰囲気は更に高まっている。

「わかったから、包丁置くっす、ロベリアー。なんか怖いっす」

「当たり前でしょう? 怖くしているんだもの・・・フフッ」

 そう言って笑いあう二人の乙女たち。もっとも、その身にまとう雰囲気は対照的なものだったが。

「ったく、お前は・・・では、あらためましてお客様、ご注文は何にいたしましょう?」

「フフッ、やればできるじゃない」

「そりゃ、後ろで包丁構えて立たれてりゃ誰だって敬語使うぐらいするっす」

 その様子を見ていたゼクディウスがこらえきれないという様子で笑いだした。

「まったくお前らは・・・! 見ていて飽きないよ、本当に」

「特にコントをしているつもりはないのですが、そう思っていただけるなら何よりです」

「いや、何よりっすかぁ? そんなことないと思うんすけど・・・」

 そう言って包丁を下ろすロベリアと、頬をかくビスカリア。

「で? 結局何にするんすか、先生」

「そうだな・・・軽食から、卵サンドでももらおうか。お前たちにも食べてもらえば夕飯もはいるだろ」

 笑いすぎて涙を出しながらもゼクディウスは注文を出した。それに返事を返しながらロベリアは厨房へと戻っていった。

「そういえば、店主はどうしたんだ? お前たちだけでやってるわけじゃあるまいに」

 ゼクディウスがそう言うと、ビスカリアは苦笑交じりに答えだした。

「オーナーっすか・・・あの人は、散歩に出かけてるんすよ。店のことは自分たちに丸投げっす。ひどいと思いませんか?」

「それは確かにひどいな。店主として失格だ」

 同じく苦笑交じりに返すゼクディウス。

「そうっすよね? まったく、あの人は・・・オーナーとしての自覚が足りてないんっすよ」

「まったくだ。だが、本人には聞かれないようにな。店主の悪口なんて言ってるのを聞かれたら下手すりゃクビだろう?」

「そうっすね。まあ、そのために窓の外をちょいちょい見てるので、あとはロベリアが告げ口しなきゃオーケーっす。まあ、さすがに今は聞こえてないと思うんで、問題なしっすね」

 そう話しているところにロベリアがやってくる。ビスカリアは若干表情を変えるものの、それ以外に何かを察せられるようなことはしない。さすがに、言いなれているというような感覚を覚える。

「お待たせいたしました、卵サンドです」

 接客の態度でそういいながら卵サンドを置くロベリア。

「店員さん、自分にはコーヒーをよろしくするっす」

「あなたも店員でしょう」

 卵サンドを載せてきた銀色の盆でビスカリアの頭を叩くロベリア。聞くだけでこちらまで頭が痛くなるような音が喫茶店に響く。

「いった・・・! そんな強くたたくこたないっすよ、ロベリアー!」

「あら、もう一発行っておく?」

「自分で淹れてくるっす。お金もちゃんと出すっすよ? 先生もどうっすか? さすがにおごりとはいかないっすけど」

「そうだな。喫茶店に来て茶を飲まないのもなんだし、一杯もらおうか」

 今度はビスカリアが厨房へと入っていく。その間、ロベリアとゼクディウスは談笑する。

「どうだ? ビスカリアは普段はちゃんと働いているのか?」

「ええ。今日は先生が来たことで少しはしゃいでいるのだと思います。普段はちゃんと働いているので、ご安心を」

 もっとも、その内容はビスカリアとしていたものより若干固いものだが。

「それにかまけて自分がさぼったりはしてないだろうな? お前はまじめだからそういうことはないと思うが」

「ふふ、仕事に関してはあの子のほうが真面目かもしれませんよ。私はどうすれば楽に、手早くできるかを考えてしまいますが、あの子は真面目に、少しでも良い品質でお客様にお出しできるように気を使っていますから」

「そうなのか。その辺、お前のほうが細かそうな気がしていたから何か意外だよ」

 ゼクディウスのその言葉にロベリアは薄く笑みを浮かべる。

「そうかもしれませんね・・・」

 二人がそう話していると、ビスカリアがコーヒーを持って戻ってくる。そのカップの数は三つ。

「ロベリアも一緒に飲むっす。おごりっすから、何らかの形で返してくださいよ?」

「・・・ふふ、勝手におごりとは、とんだ恩の押し売りね」

 そういいつつもロベリアはコーヒーカップに手を伸ばす。

「いただくわ。あなたの入れたコーヒーよりおいしいコーヒーは飲んだことないもの」

「そういってくれるのは嬉しいっすけど、入れてから時間たってるから、ちょっと酸味強いかもっすよ? はい」

 笑いかけながらコーヒーを皆に配るビスカリア。彼女が持っているコーヒーカップからは湯気がそれほど出ておらず、確かにある程度の時間がたったのであろうことを想像させる。

「なんだ、淹れたてじゃないのね。自分で淹れてくるって言ってたからてっきり淹れてくるのかと思ったわ」

「さすがにそれだと時間がかかるっすよ。ちょっと前に入れたのがあったから、それを持ってきたっす」

「ああ、そういえば淹れてたわね。店長が出る前だから、三十分くらい前かしら?」

「そうっすね。でも、保温もしてあったから大丈夫かと思ったんっすよ」

 まずかったっすか? と心配そうな目でロベリアの手に持たれた銀の盆を見るビスカリア。先ほどの一撃がよっぽどこたえたのだろう。

「私は問題ないわ。お客様がどうかは別として、ね」

 そう口にしながらコーヒーを一口すするロベリア。その視線はゼクディウスに向けられている。

「俺も問題はないぞ。あんまり熱いと飲めないからな」

 微笑みながらそう答えるゼクディウス。その言葉にほっとした様子を見せるビスカリア。それを見てロベリアは笑う。

「バカね、三十分くらいならいつものことじゃない。それでお客様からの苦情は来ていないのだから、私があなたに何かすることはないわ」

「だったら最初から何も言わないでほしいっすよー! また殴られるのかとドキドキしたっすー!」

「付き合い長いのだからこの程度では何もしないってわからなかったかしら?」

 やや悪い笑みを浮かべながらコーヒーをすするロベリア。それを見てビスカリアは一気に疲れたような様子を見せた。

「あーもー・・・これだからロベリアは嫌なんっすよー・・・」

 同意を求めるかのように、苦笑いをしながらゼクディウスのほうを見つめるビスカリア。それにゼクディウスも苦笑いを返す。理由は単純。どのように返せばいいのかわからないからだ。本人の前ではそれに同意をするのもしないのも問題があるように感じられたらしい。

「そうかしら? そういう割には付き合い長いわよね」

「腐れ縁ってやつっすね。そうでないとロベリアみたいな怖い奴と一緒にいないっすよ」

「あら・・・そんなこと言われると、さすがの私も傷つくわ」

 そういって悲しげで、寂しげな表情を浮かべるロベリア。その表情は今にも泣きだしてしまいそうなほどだ。

「あー、えっと・・・じょ、冗談、すよ? ちょっと暴力的で怖いところもあるっすけど、それに負けないくらいいいところもあるっす!」

「くすん・・・例えば?」

「えっと、そうっすね・・・って、この流れは前にもなった覚えがあるっすよ?」

「あら。ばれちゃった。ええ、ウソ泣きよ」

 その言葉を聞いてため息をつくビスカリア。

「やっぱりっすか・・・まったく、前にやってなければ信じたところっす」

「おいおい、前にもやったことがあるのか? ・・・くくっ、今みたいな流れを?」

 笑いをこらえながら、といった様子で尋ねるゼクディウス。

「そうなんすよ! ロベリアときたら、キャラに合ってないってのに泣きまねだけはやたらうまくて・・・前もだまされたんすよ」

「鳴きまねなんてうまくないわよ。にゃーん。にゃーにゃー」

「その鳴きまねじゃないっす!」

 二人のそんな様子を見て、ゼクディウスは腹を押さえて、しかし小声で笑いだす。それに気が付いてロベリアも笑みを浮かべる。

「私たちのやり取りはそんなに面白かったですか?」

「ああ、おもしろいよ。まったく、ロベリアは案外ひょうきんなんだな」

「たまにはそういうこともしますわ。年がら年中真面目では疲れてしまいますから」

「それもそうだ。はは」

 そういってゼクディウスはようやく卵サンドに口をつけた。

「うん、うまいな。塩コショウ、それとマヨネーズの量がちょうどいい。塩梅がいい、ってのはこういうことを言うんだろうな」

「へへっ、今日は特にうまくできた自信があったんすよ! ロベリアにも味を見てもらいながら味を調えていって・・・いやぁ~、楽しかったっす!」

「へぇ、ビスカが作ったのか」

「うす! 自分が卵ゆでるところから作ったっす! 半熟感を出したかったので、時間調節するの大変だったっすよ」

 ビスカリアの言う通り、パンにはさまれた卵の黄身はとろりとしており、とても美味しそうな雰囲気をかもしだしている。

「そうか。道理でうまいわけだ。とりあえず、二人も食べてくれ。夕飯が入らなくなるといかんからな」

「そうっすか。それじゃあ、お言葉に甘えていただくっす」

「ありがとうございます、先生」

 そういって二人もタマゴサンドに手を伸ばす。

「うん、おいしい。卵だけで食べたときは少し味が濃く感じたけれど、パンと一緒だとちょうどいいわね」

「ちゃんとそのあたり考えて作ってるんすよ。これでも料理好きっすからね」

「なるほど。私も見習わなくてはいけないわね」

 そういってうなずくロベリア。その様子をほほえましげにゼクディウスが眺めている。その様はまさしく教師と生徒のそれで、実に楽しげだった。

「さて、俺はこれくらいでお暇するかな。店員さん、お会計よろしく」

 そのしばらくのち、ゼクディウスは席を立ちながらそういう。

「かしこまりました、お客様。お会計、こちらになります」

 そういってロベリアは伝票を見せる。

「えーっと、4ガレアと30リズルか・・・ちょっと待ってくれ、小銭を使いたい」

 そういいながら財布を取り出すゼクディウス。その財布は小銭で膨らんでおり、多少使いたくなる気持ちもわかるというものだ。

「はい、4ガレアと30リズル、ちょうどお預かりいたします」

 少々手間取りながらも小銭を出し終えるゼクディウス。それを見終えたロベリアはあくまで店員としてそう告げる。ビスカリアのように、知り合いに対する態度はかけらほども見られなかった。

「では、先生。また家で会いましょう」

 そういってほほ笑むロベリア。

「ああ、またあとでな」

「またあとで、っすー!」

 手を振るビスカリアに見送られながら、ゼクディウスは喫茶店を後にした。

「さて、孤児院に戻るとするか」

 ひとり呟きながら、ゼクディウスはその場を後にする。そこから孤児院にたどり着くまでの道すがら、丘から眺めたこの村の景色を思い出すゼクディウス。今再び丘に登れば、あの日見たような景色を再び見ることができるだろう。

「やれやれ、気分転換のはずがずいぶん長いことぶらついたもんだ」

 そういって笑うゼクディウス。ぶらついていたといっても、ほとんどの時間をウブラリアのもとで過ごしたのだが・・・まあ、そんなことはどうでもよいだろう。

 夕暮れ時ゆえだろうか、帰り道、ゼクディウスはまったく人と出会わなかった。

「ただいまー」

 帰ったことを皆に伝えるために若干大きな声でそういうゼクディウス。しかし、その言葉に返事が返ってくることはない。

「聞こえてないのか・・・?」

 とはいえ、どこかにいるだろう。そう思ったゼクディウスはいったん食堂へ向かう。

「おや、お帰り。遅かったね」

 そこには、アカネの姿があった。真剣な表情を浮かべ、何かを考えているらしい。

「まったく、いたなら返事位してくださいよ」

「すまないね、ちょっと、大事な考え事をしていて、ね・・・」

 そういうアカネの顔色は若干悪く、体調が悪そうだ。それに感づいたゼクディウスは、心配そうに問いかける。

「どんなことかわかりませんが、俺も一緒に考えますよ。何か大事なことなのでしょう? それだったら、一人でも多いほうがいいはずです。ほら、三人寄れば、というでしょう?」

「・・・そうだねぇ。一人で悩んでいるには、ちょいと重い荷物だからねぇ・・・悪いけど、欠片くらい持っていてくれるかい?」

「ええ、もちろんです」

「ありがとう。少しばかり長い話になるかもしれないね、そこに座ってちょうだい」

 ゼクディウスが椅子に座ると、アカネはめを閉じた。そして数秒後、瞳を開き、ゼクディウスを見据えると、言った。

「再び、戦争が起きるかもしれない」

 一言。それはたった一言だった。だが、その言葉はとてつもなく重い。

「戦、争・・・?」

「うちのスポンサーになってる好事家曰く、だけどね。最近、ク・マキナの動きが怪しいらしい。妙に、武器を作っているらしい」

「バカな・・・ク・マキナも、神の意志を受けたはずだ。再び戦争を起こしたころで神の意志によって止められるだけだぞ。なんでそれが分からない?」

「さあね。ただ、噂だけどもう一つある。神の意志を防ぐ、あるいは中和する何かが完成したらしい、ってのがね」

「嘘だ・・・」

 あまりの事態の大きさに、ゼクディウスはその場に呆然としてしゃがみ込む。

 それも当然だ。過去の戦争で、ク・マキナも、ムル・クアリアス甚大な被害が出たというのは小学生が歴史で習うようなことだ。

 それほどのことが、再び繰り返されるかもしれないという言葉を聞けば、誰だって衝撃を受けずにはいられないだろう。

 しかし、さすがというべきか、ゼクディウスはすぐにその衝撃から立ち直り、アカネの座っている席の向かい側に座る。

「とりあえず、詳しいことを聞かせてください。話はそれからです」

「詳しいことと言われてもね。私もそんなに話を聞いたわけじゃないんだよ。ク・マキナの動きが怪しいことと、神の意志を中和するような何かが完成したかもしれないってことをぽつりといわれただけでね」

 それはつまり、アカネも何が何だかわからない、ということだった。

「戦争だぞ・・・? 大勢の死人が出るんだぞ・・・なのに、なんでまた・・・」

「ク・マキナは昔から科学で説明できないものを悪、敵とする傾向があった。その最たるものが、魔法に、神。つまり・・・ルア・メクルイデスとムル・クアリアス。それらを防ぐ手段ができたからこそ、再び戦争を起こそうとしているのかもしれない。そう考えれば、合点は行くね」

「それが分かっていて国はなぜ止めようとしない!? できるはずだ、武器を生産させないことくらい!」

「あくまで輸出用や、民間用のものだと言い張れる程度の生産量の増加らしくてね。現在の友好関係を壊そうと思わない限り、それ以上聞くこともできない。まったく、困ったものだね」

「そんな、他人事みたいに!」

「そうはいうけどねぇ。戦争なんて国家単位のこと、私程度の存在に口出しなんてできやしないって」

 その言葉にゼクディウスは唸る。確かに、彼女の言う通り、田舎の孤児院の院長程度には国家単位のことに口出しなどできるはずもない。

 それでも、ゼクディウスは何か言わずにはいられなかった。しかし、その言葉は口を出ることはない。何か言いたい、しかし、何を言えばいいのかなど分からないからだ。

「話したら少しばかり肩の荷が下りた気分だよ。ありがとうね」

「・・・この村に戦争の火花が降りかかったら? その時はどうするつもりですか?」

「何とかなるさ。まだ始まると決まったわけじゃない。それに、好事家様に助けを乞えば、一個分隊くらいの防御隊を送ってくれるはずさ。そのためなら、うちの子たちを守るためなら・・・どんなに無様な頼み方をしてでも、それぐらいの支援はしてもらうつもりだよ」

「アカネさん・・・」

「心配ないさ。そう、心配ない・・・」

 そういってゼクディウスに歩み寄り、肩に手を置くアカネ。しかし、その眼はどこかおびえた様子があり、まるで先ほどの言葉を自分に言い聞かせているようだった。

「アカネさん、万が一の時は、うちの親も使うよ。金の力で傭兵を大勢雇ってもらう。そうすれば、この村もそう簡単には落とせないでしょう」

「・・・悪いね、家の力を使いたくないのがあんたのポリシーらしいのに」

「ケースバイケースというやつですよ。ここの子供たちを・・・家族を守るためなら、ちょっとの恥くらい、どうってことない」

 そういって席を立つゼクディウス。

「子供たちには話していないでしょうね?」

「もちろんだとも。戦争が始まるかもしれない、なんて言ったところで無用な心配をさせるだけだからね。これからも言うつもりはないよ」

「そうですね。俺も言わないようにします。感づいたものにはそれとなくいうかもしれませんが・・・」

「そうしておくれ。無理に隠そうとしたって、それはそれで不安をあおるだろうからね」

「わかりました」

 そういってゼクディウスは食堂を後にしようとする。しかし、その動きは扉を開けたところで止まってしまう。

「アオイ・・・?」

「ゼクさん・・・母さん、戦争って・・・? 何かの、冗談ですよね・・・?」

 おびえた様子で立ちすくむアオイ。それも当然のことだった。戦争が始まる。その言葉が何と恐ろしいものであることか!

「・・・また、始まってしまうのですか? 授業で習った、あんなに恐ろしいものが?」

「アオイ・・・! 違う、まだわからない! ク・マキナが武器を増産しているというだけで・・・」

「それだけの情報でもわかりますよ! それに、母さんが言っていたじゃないですか! 神の意志を中和するものが完成したかもしれない、という情報があるって! その二つを結びつければ戦争が始まるかもしれないってことくらい、私にだってわかります!」

 感情的に叫ぶアオイ。ゼクディウスは慌ててその口をふさぐ。ほかの者たちにまで伝わればパニックになるかもしれない、そう考えてのとっさの行動だった。

「アオイ、頼むから落ち着いてくれ。大丈夫だ、大丈夫だから・・・」

 その言葉には何の根拠もない。だが、アカネがそうしたように、ゼクディウスもそうするしかないのだ。大丈夫だ、と気休めの言葉を吐くことしか。

 暴れるアオイの体を押さえること数十秒、アオイも気分が多少静まったようで、暴れることはやめた。それを見てもう大丈夫だろうとゼクディウスも拘束の手を緩める。

「すいませんでした・・・ですが、本当にどういうことなんですか? 戦争って・・・」

「・・・俺も詳しいことは知らないんだ。アカネさんに戦争が始まるかもしれないと聞いただけで」

 そういってアカネのほうをうかがうゼクディウス。ため息をひとつついてアカネは再び話し出す。

「神の意志云々のことを知っているということは、割と最初のほうから聞いていたんだろうが、私も好事家様からそういったことを言われた程度でね。だから、まだ始まると決まったわけじゃないんだよ。ただ・・・アオイの言う通りさね。偶然も重なれば必然、二つの情報は、そして昔からのク・マキナの性質は、戦争を思わせる情報になっている」

 アカネのその言葉にアオイは息をのみこんだ。

「だから、戦争が始まるというのは事実なのかもしれない・・・好事家様も、そう考えていたようだから、ね」

「そんな・・・」

 そうつぶやくと、アオイはその場にへたりこんだ。戦争が始まるかもしれない、その言葉はそれだけ衝撃的な言葉なのだから、無理もないことだ。

「だけど、まだ憶測の域を出ない。だから…私はあえて断言するよ。大丈夫、心配ない。いざという時には好事家様の兵に、ゼクディウスの実家の傭兵だ。こんな田舎に攻め込んでくるバカもそういないだろうさ。だから・・・きっと、大丈夫だよ」

 アカネはそういってほほ笑んで見せた。不安はあるだろう。それでも、少しでもアオイを安心させるためにそうしたに違いない。実際に、それを見たアオイは普段の冷静さを取り戻しつつあった。

「そうですね・・・そう、ですね。それに、いざというときは私も何かできるかもしれません・・・」

 まだ困惑を残してはいるものの、アオイはそう状況を判断する。確かに、一級呪文師ともなれば相当な戦力となるだろう。一級呪文師になるためには平和な状況でも使えるものだけでなく、攻撃の呪文も一定以上使えなくてはいけないのだから。

「人間に対して使うなんて、やったことがないですが・・・大丈夫です、いざというときには・・・やれます」

 立ち上がりながらアオイはそういう。その眼がどこか暗い光をたたえているのを、ゼクディウスは見た。

「すまない・・・俺がもっと強ければ、呪文適正や戦闘技術があればお前の手を汚させるようなことしないのに・・・」

「気にしないでください。適材適所、ゼクさんは皆を避難させるだとか、ゼクさんにできることをしてください」

 二人がそう話していると、突如アカネが手をたたき、二人の注意を自分に向けた。

「二人とも、戦争が始まること前提で話すんじゃないよ。何度だっていうけれど、まだ始まると決まったわけじゃないし、仮に始まったとしてもこんな田舎まで攻め込んでくるバカがいるもんか。だから、アオイの手を汚すようなことはさせないよ」

 そういって再び笑みを浮かべるアカネ。芯の強い人だ、ゼクディウスはそう思った。

「とりあえず、この話はここまで。さっきも言ったとおり、このことは必要以上に口外しないこと。それと、私たちの中でのみこの話をするんだ、それ以外の時はこのことを考えないようにね。感づかれるといけない」

 アカネのその言葉に二人は黙ってうなずく。異論はない、ということだった。

「それじゃ、日常生活に戻るとしようかね。二人も、何かやってたことがあるんだったらそれに戻っておくれ」

 そういってアカネは台所へと姿を消した。あくまで笑みを残したまま。

「・・・やっぱり、母さんは強いですね。私はあそこまで切り替えることはできそうにありません」

 体の震えを押さえるかのように身をかき抱きながらアオイはそうつぶやく。

「そうだな。母はつよしってやつか」

「そうですね・・・ゼクさんもなかなかお強いようで」

「そうか? 心の中では割と動揺しまくってるぞ。なにしろ・・・戦争だからな」

 ゼクディウスがそう答えると、アオイは困ったような表情を浮かべた。

「そんな風に、ある程度の余裕がある受け答えができるだけで十分強いと思います。私なんて、知ったとたんに叫んじゃいましたから」

 そういって無理やり笑おうとするアオイ。しかし、その表情はどこかひきつったものになるだけで、常日頃のような笑みを浮かべることはできない。

「無理はしないでくれよ。それに、さっきは流してしまったが、俺だってアオイの手を汚させるようなことはしたくない。だから、さっきみたいなことは言わないでくれ」

「はい、ありがとうございます」

 アオイがそう言うと、二人の話は終わったようだった。二人ともどこか困ったように並んでいる。

「あー・・・よし、アカネさんの言っていた通り、日常生活に戻るとするか。俺は明日の授業の準備でもしてくるよ。アオイはどうする?」

「えっと・・・そうですね・・・うん。もうすぐ晩ご飯ですし、母さんの手伝いでもしてきます。母さん一人じゃいろいろ焦がしてしまったりしそうですから」

「はは、それは困るな。じゃあ、後は頼んだ」

 不器用な笑みを浮かべながらゼクディウスは食堂を後にした。

「戦争、か・・・」

 ぽつりと、そんな言葉を漏らしながら。

 静かな村は、徐々に騒がしくなりつつあった。










五章 END


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