表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
焔鬼  作者: はじめアキラ
6/34

<6・焼殺。>

 当たり前だが。

 あの死体が発見された時、一番近くにいたのは梨華とマイである。警察から話を聞かれるのは当然のことだっただろう。まあ、十四歳の女子中学生二人が、そんな残虐な犯罪に関わっていると疑われたわけではなかろうが。

 そもそも、あの現場を目撃したのは自分達だけではない。商店街の多くの人が口をそろえて言ったというのだ――あの死体は、突然何もないところから降ってきた、と。


「……私達、普通におしゃべりしながら歩いてたから、出現したところ見てないんだけども」


 梨華は眉をひそめる。


「マジで、空から降ってきたの?何もないところから?」

「みたい。見た人がみんなそんなこと言ってるって。警察の人も困ってるみたいだったんだかんね。だって、何もない空中から焼死体が出現して商店街のど真ん中に落ちるなんて……もう完全にホラーじゃん?ドラマのガリレオ先生みたいな人なら、科学のなんちゃらで証明!とかできるかもしれないけど」

「ああ、まあねえ……」


 確かに、自分達一般人にとっては魔法にしか見えないことでも、やり方次第で科学で再現できるらしいというのは知っている。

 が、そういうものは大抵、大掛かりな装置や実験の準備が必要であるはず。あんな人が多い場所に、そんなものがあったとは到底思えない。


――そういえば、落下の音は私も聞いてる。その直前に、変な臭いがしていたのも。


 そうだ、臭いだ。

 さすがに音とタイミングが大幅にずれていた、ということはないだろう。そして、自分とマイは音がするよりも前に異臭を嗅ぎ取っていたはずだ。


『なにこれ、変なニオイしない?』

『確かに。なんだろ、梨華ちゃ……』


 この台詞の直後に振り向いて、ほぼ同じタイミングで死体が落ちて来た。

 ということはあの焦げ臭さは、死体が出現する前触れのようなもの、だったのだろうか。――死体というのは本来腐乱していたりなどして、それこそ吐き気がするような臭いがするものだというイメージがある。焼け焦げすぎて炭になってしまい、焦げ臭いにおいのイメージしか残らなかったのは不幸中の幸いなのかもしれない。腐敗臭と比べたらまだマシだ。というか、現実感がいまいちなかったからこそ、梨華はマイほどのパニックは起こしていないのである。

 そう、死体だ、とは思ったはずだったのに。

 まだあれが死体だと信じ切れていない自分もどこかにいるわけで。


「突然空中で死体が出現してみんなの前に落ちた、だけでもイミフなんだけど……」


 マイはぎゅっとかけ布団を握りしめて言った。


「警察の人にあたし、もう一つ聞いてることがあってさ。ほら、うちってバアちゃんよりも前の代から焔ヶ町に住んでる古参の家なもんだから。土地も多少持ってるし」

「何か訊かれたの?」

「うん。その……巨大なオーブンのようなものがあるような工場とか、そういうのないかって。ゴミ処理場とか」

「んん?」


 どういうこと、と言いかけて梨華は気づいた。あの死体の死因だ。


「あれだけ人を丸焼きにするには、相当な火力と設備が必要だってこと?」


 梨華の問いかけに、うん、とマイは頷いた。


「警察の人が言うにはね。古鷹さんの死因は、やっぱり焼死らしいの。しかも、生きたまま丸焼きにされたんじゃないかって話で。でもさ、人が無抵抗で丸焼きにされるケースなんてそうそうないんだよ。もちろん、ガソリンでもぶっかけて燃やせば燃えるんだろうけど……あれは気化するから、火をつけた人も大抵一緒に死ぬんだよね。ていうか、むしろ爆発の中心地にいると焼け死ぬ前に吹っ飛んじゃうんだって」

「ああ、つまりそんな爆発が近くであったら、警察が把握してないはずがないのか」

「うん。それに死体は四肢も揃ってた。爆発で吹っ飛ばされたんじゃない。本当に、全身をひたすら焼かれて死んだんじゃないかって話なの。それも、かなり高温の焔で、一気に炙られて死んだんじゃないかって。……でもさ。火事も起こさず、ピンポイントで人一人だけ焼くのって簡単なことじゃないんだかんね」


 言いたいことはわかる。火をつければ、どこかしらに燃え広がって火事になることが多い。実際、電車の中で火だるまになって自殺した人がいたせいで、他のところにも燃え移って他の人も死んだとか、そういうニュースも過去にはあったはずなのだから。最近は何年も前のニュースをまとめた動画などもユーチューブで見られるので、梨華もその当たりは良く知っているのである。

 火事にならずに、人を燃やす。

 その方法があるのだとしたらそれは、巨大なオーブンのような専用の機械を使った場合。警察はそう考えた、ということだろう。


「巨大なオーブンとか、焼却炉があればそれも可能だって?」

「可能というか、可能かもしれない、って言い方だったかな。古鷹さんって成人女性くらいの身長はある人だったから、すっぽり入るものだとそれだけでかなりサイズが必要だしね。しかも、拘束された形跡がなかったんだって。縛られてもいないのに火をつけられたら普通抵抗するし、逃げようとするもんでしょ?それをしなかった、ということは」

「できなかった、か。閉じ込められていたから」

「うん。警察もそう言ってたし、あたしもそうだと思うんだかんね……」


 確かに、と梨華は頷く。

 思い出したのは、古代ギリシャの頃にあったとされる恐ろしい拷問器具、『ファラリスの雄牛』だ。ファラリスというのは、シチリア王の名前であるという。まとめ動画で見たので知っている。

 ファラリスは、彫刻家であるペラリウスにアポロ神への奉納品を作らせた。精巧な雄牛である。恐らく想定していたのは、普通の調度品となるような代物だったのだろう。

 しかしなんとこのペラリウスは何を思ったか、拷問装置の付いた牛を製作してしまう。

 雄牛がどのような金属でできていたのかは定かではないが、熱をよく通す素材であったのは間違いない。人が中に入れるように作られており、そして鼻部分には笛が取り付けられるようになっていたという。

 罪人をまず、この牛の体内に閉じ込める。さらに牛の鼻の穴に笛を固定させて、下から火で炙るというのだ。当然ながら鋼鉄の牛はあっというまに熱っせられ、閉じ込められた罪人は灼熱の空間で悶え苦しむことになる。立てば足の裏が焼け、膝をつけば膝が焼け、手をつけば手が焼け、仮に宙に浮くことができようと今度は灼熱の空気で肺を焼かれる。まさに地獄の苦しみであったはずだ。

 その罪人の苦痛の呻きが、牛の鼻にとりつけた笛を通して外に漏れ聞こえる。さながら柔らかいメロディのように聞こえて、外で聞く人を楽しませるだろう――と、まあ、こういうことを言ったという。

 近代的理性から考えれば、もうサイコパスとしか言いようがない。直接火に当てない分、長く苦しんで死んだことだろう。そんなものを考えつくなんて、梨華からすれば正直イカレているとしか思えない。

 実際、ファラリスも同じことを思ったのだろうか。これを見た王は「なんて非人間的な発明品をしたのだ!」と怒り、ペラリウスを騙して雄牛の中に入らせ、そのまま扉を閉じて火あぶりにして処刑したという。発明者が、最初の犠牲者となったわけだ。なおこの一件により、ファラリスは暴君とみなされるようになり、さらには後世には発明者のペラリウスではなくファラリスの名前がつけられて広まってしまったのはなんとも皮肉な話であるが。


――確かに、閉じ込めてしまえば拘束しなくても人は焼ける……。


 想像して、ぞわっと背筋が泡立った。ファラリスの雄牛の動画を見ても「サイコだなー」くらいの感想で終わるのは、それが現実にあると思っていないからである。そもそも、ファラリスの雄牛のエピソードそのものが伝説でしかないという説もあるくらいだ。

 しかしもし、令和の日本でそのようなことを考える人間がいたとしたら。まさに、鬼畜の所業、としか言いようがない。それも、たった十二歳か十三歳の女の子をそんな風に焼いたとすれば。


「相当な高温で真っ黒コゲになるほど焼いて……しかも、彼女の体には余計なものが何も付着してなかったのが奇妙だって言ってた」

「余計なもの?」

「ほら、例えばゴミ処理場とかの大きな焼却炉でゴミと一緒に焼いたならさ。溶けて癒着したゴミが、彼女の体に残ってそうじゃない?でも、そういうの全然なかったんだって。服が残ってないのは残らず燃えちゃったからだろうけど、金属とかなら多少燃えずに残るものもあるはずなのにって。だから、本当にこのためだけに用意したオーブンとかで人を焼いたんじゃないか、みたいな。……でもそんなものあたし、心当たりないし。昔は軍需工場があったこの町も、今は大きな工場とかないし、ゴミ処理場も町からずーっと離れたところだったはずだし……」


 だから、とマイは頷いた。


「こんなやり方で人を殺せるのなんて、焔鬼様くらいしかいないだろうって。そう思ったらあたし、怖くなっちゃって」

「そこがわからないんだよ、マイ」


 古鷹未散の死が非常に不自然なものであること、人間の手で行うとしたら極めてハードルが高いものである、というのはわかった。だが、マイはオカルト的なものが苦手で、信じないようにしているタイプの人間だったはず。それが、焔鬼だけはここまで信仰するのはどうしてだろう。

 それに。


「駄菓子屋のばーちゃんも言ってたじゃん。焔鬼サマは、優しい神様で、祟りなんか起こさないんでしょ?そんな神様が、どうして古鷹さんを殺すの?しかも、生きたまま焼くなんて惨たらしい方法でさ……ってこれは、焔の神様だから仕方ないのかもしれないけど」


 確かに承認欲求の強いタイプの子ではあったというが。かといって、祟られるほどの罪を犯すようには思えない。何より、彼女がいなくなったのは自宅の部屋だ。自室で、一体何ができるというのだろう。

 あるいはその日帰ってくる前に、余計なことをした後だったというのだろうか。


「そう、焔鬼様は、優しい神様。町の人が大好き。でも、あたし達は……知ってるんだかんね」


 俯いて、マイはぽつりと言ったのだった。


「罪のない人を苦しめるような祟りは起こさない。でも町の人を助けるための天罰は下してくれる……そういう神様だってことを」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ