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焔鬼  作者: はじめアキラ
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<4・氷菓。>

 中学生のお小遣いなんて微々たるもの。梨華の場合は月に三千円。それでもマイより千円多いと知っている。

 だからまあ、たまーに百円ちょい程度のアイスをマイに奢るくらいはできるのだ、一応。


「アイスうまい」


 焔ヶ町店街には、古くからある駄菓子屋も存在する。今、梨華がマイにアイスを買った店もその一つ。この町に来て一ヶ月の梨華からすれば『多分』という枕詞がつくが、まあ木造ボロボロの店構えからしてそうなんだろうという推測は成り立つ。

 なんと二階の壁の一部がガムテープ?らしきもので止められてそのままになっているのだから凄い話だ。店主の元気なおばあちゃんは「次の台風で倒壊するかもねえ!」と笑っていた。何故笑えるのだろう?となんだかんだ東京っ子の梨華は解せない。


「長らく思ってたんだけど、やっぱりクロッケシリーズのバニラに勝る棒アイスはないと思ってるんだかんね、あたし」

「クロッケシリーズが好きなの?チョコバニラだから?」

「やっぱり、チョコとバニラの組み合わせに勝るものはないというか。時々他の味も食べてはみるんだけど、結局バニラに戻ってきちゃうこの感じ」

「言いたいことはなんとなくわかるかも。バニラってフルーツとかじゃないのにね。発見した人は偉大だよね」

「マジでそれなーだかんね」


 良かった、と梨華はほっと一息ついていた。どうにか、マイの機嫌は直ってくれたらしい。昼休みについ「古鷹未散の失踪はオカルトかも」なんて言ってしまったせいで、放課後までずっと機嫌が悪かったのである。

 このまま彼女がいつまでもご機嫌斜めなのはつらい。友人として気まずいのもあるが、宿題を教えてもらえなくなるという致命的問題も発生する。作画スキルは梨華とどっこいどっこいのマイだが、成績は圧倒的に彼女のほうがマシなのだ。成績トップの彼女の弟ほどではないが。

 先日の小テストで凄まじい点を取った時はマイに「中学生で留年とか新しいことしたいんだかんね?」と冷たい目で見られたものである。それでもなんだかんだ言って見捨てないでいてくれるあたり友達なのだが。


――何はともあれ。アイス一個でごきげんになってくれて良かった―。


 授業が終わってすぐ、アイスを食べようとマイを誘ったのは大正解だったらしい。梨華は心底胸をなでおろしたのだった。財布の中身は減ったが、留年回避の(中学生で留年なんてあるのか知らんけど)ためにはこれも必要な投資なのである。


「この店、確かマイが紹介してくれたんだよね?」


 多分昔から、店の前のベンチでアイスを食べる子供が少なくないのだろう。店の前には二つ、学校のロッカーにでもありそうな細長い水色のベンチが設置されている。現在そのうちの一つを、梨華とマイで独占している形だった。


「アイス安いし駄菓子屋も安いけど、建物直さないのかなぁ?ぶっ壊れそうなんやが」

「それはあたしに言われてもねえ。金がないし面倒いって店主のばーちゃんずっと言ってるし」

「昔からあるんだよね、この店?」

「らしいね。ていうか、戦争でこの町のあたり丸焼けになっちゃったーって話は、授業でやってたでしょ?」


 丸っこいバニラアイスの端っこをかじりつつ、マイが言う。


「その焼け野原状態から、真っ先に復興したのがこの焔ヶ町商店街らしーんだかんね。闇市とかも結構出てたって話。まあ、人間生活に困ったら、必要なものから順に復活してくのは普通のことよねー」


 喋るたびに、彼女の頭上のお団子が揺れる。ふーん、と言いつつついついツンツンしてしまう梨華。

 なんというか、昔から丸いものと、ふわふわしたものに目がないのだ。


「今は駅前にちょっと大きなスーパーとかできて廃れ気味だけど。昔は随一の大きな商店街だったみたい。まあ、焼け野原になってから町に戻ってきた人は少なくなかったんだけど」


 それと、と彼女はアイスの棒をぱくり、と咥えて言った。


「焔ヶ町って名前も変えようかって話があったんだってさ。確かに、縁起悪いんだかんね……」

「あー、焼け野原になっちゃったから」

「そうそう。でも、生き残った人たちの根強い反対でなくなったらしい。なんでか知ってる?梨華ちゃん」

「いんや」


 引っ越してきてから一ヶ月。色々と町の歴史は聞いたものの、まだまだ知らないことは多い梨華である。

 まあ、聞いたのに忘れてしまったことも多いのだろうが。いかんせん、物覚えの悪さには定評があるのだから。


「この町の守り神様?が焔って名前がつくからみたい」


 名残惜しそうにアイスの棒を舐めるマイ。


「焔の鬼と書いて、焔鬼(えんおに)様ってゆーらしーよー。鬼ってつくけど妖怪とかじゃなくて、この町の守り神様なんだって。それで、敬意を評して町に焔って字を入れたんだかんね」

「へえ、知らなかった。守り神様なのになんで鬼?」

「あー何でって言ってたっけ?……でも神棚で、焔鬼様を祀ってる人は少なくないみたいだよ。あたしの家にもちっちゃな神棚あるし。できれば梨華ちゃんの家でも神棚買っておいた方が無難だと思う。お年寄りの人とか、祀ってないって言うと結構煩いんだかんね」

「そ、そうなんだ。わかった、お母さんたちに言っておくよ」


 むしろそういう話はもっと早く教えてくれても良かったのでは、なんて言葉を呑み込んだ。当たり前になりすぎていることは忘れられガチである。彼女達にとって神棚にお参りするのが当たり前ならば、神棚がない家がある、ということがすっぽ抜けていてもおかしくあるまい。

 それに、この町に定住する者ばかりではないはずだ。短期間しかいない者に神棚まで買えというのはなかなか酷な話だろう。


「そんな言い方したらいけんね、マイちゃん」


 後ろから声がした。駄菓子屋店主のおばあちゃんである。普段はニコニコと優しいおばあちゃんが、珍しく少し怒った顔をしている。


「焔鬼様は、今こうしている間もあたしらを守ってくれてるんね。事故に遭わないのも、病気にならないのも、みーんな焔鬼様の加護のおかげ。感謝の気持ちを忘れたら、バチが当たるんだかんね」

「ご、ごめんなさい」

「ねえねえ、おばあちゃん」


 多分八十は過ぎているだろう駄菓子屋のおばあちゃんは、しかし現役で仕事をしているからなのか腰も曲がっておらずハキハキと元気に喋る。

 梨華は振り返ると、せっかくなので気になっていたことを尋ねたのだった。


「私、一ヶ月前に引っ越してきたばっかりだから、焔鬼様のことも初めて聞いたっていうか。どういう神様なの?なんで神様なのに、鬼、なんて呼ばれてるの?」


 尊敬する神様に興味を持ってくれたのが嬉しいのだろう。おばあちゃんは機嫌を直して、そうさねえ、と苦笑いをした。


「実は、あたしらも焔鬼様についてはようけ知らんね。ただ、戦争のずーっとずーっと前、この土地を御殿様が守っていたくらいのころか、それよりも前から町の守り神様だったらしいんよ」

「歴史があるんだね」

「そうさね。古すぎて、ルーツまでは知らん人ばっかりなんやないかなあ。記念館に行くと焔鬼様のことも情報があったかもしれんけど。あ、でも鬼と呼ばれる理由は知っとるで。焔鬼様はな、ほんまに優しい鬼で、人間が大好きなんやって。で、人間の業も受け入れて吸い取って、願いを叶えてくれるから……正式には神様に昇格できなくて、鬼のまんまなんやってあたしは聞いたことあるかんね」

「へえ」


 優しい鬼で、優しすぎて人間の業を叶えすぎてしまうから――神様になりきれずに、鬼。

 なるほど、と合点がいった。

 お化けも妖怪も怖いマイが焔鬼のことはまったく怖がっていないのは、つまりそういう理由だったらしい。祟りを成すような恐ろしい神様やアヤカシでないと認識しているからこそ、なのだろう。


「人間が大好きやから、祟りで人を苦しめたりなんてことはせん。でも、そんな優しい神様だからこそ、怒らせたら恐ろしいことが起きるとも言われとる。お前さんたちも、敬いの気持ちを忘れたらあかんね」


 おばあちゃんは言い聞かせるように、梨華とマイの顔を交互に見て告げたのだった。


「焔鬼様は、焔の守り神様。本気で怒らせてしまったら、焔の天罰があるけえ、恐ろしい言われとるかんね……」


 焔の天罰。想像するだけで恐ろしい。ちょっとだけ青くなったマイと、梨華は顔を見合わせたのだった。


「わ、わかりました!神棚買います、きっと買います!ご馳走様でしたぁ!」


 信心深いわけじゃないが、そらでも少しだけ怖くなってしまった。マイが食べ終わったようなので、梨華もそそくさとベンチから立ち上がったのだった。




 ***




「うーんうーん。……あたし、焔鬼様のこと疑ってるわけじゃないんだけど」


 商店街を歩きながら、マイが腕組みをして言う。


「どうしても疑問があるというかなんというか」

「おう、言ってみ?」

「焔鬼様は焔の神様なんだかんね。なのにどうかて、空襲で町が焼け野原になるのを防げなかったんだかんね……?」


 やっぱり、同じ疑問は彼女も抱いたというわけらしい。そりゃあ、と梨華は天を仰ぐ。

 少しだけオレンジに染まりかけた空が眩しい。夏なので、日が落ちるのが遅いのが有り難い。


「神様って、都合のよい存在じゃないからじゃね?人間が大好きで人間がやることを肯定するっていうならさぁ、爆弾落としてくる人間のことも否定しないんじゃないのかなっていうか」


 そもそも焔鬼様なんていない、の可能性もあるだろうが。焔鬼様を信じてる者達に、そのようなことは言うべきではないだろう。梨華だってそれくらいの空気は読む。


「それが人間の運命だと思ったなら放置しそうじゃん?神様なら尚更」

「そういうものなのかな」

「そういうものだって。むしろ、神様ならなんでも都合好く願いをきいてくれる、叶えてくれると思うほうが傲慢ではないかね?と、あたしは思うんだけども」


 祈れば叶えてくれるなら。

 信じればそれだけで救われるなら。

 きっと今頃、この世界で泣いている人はこんなにたくさんいないし、きっと屍の山だってなくなっているはずなのだから。


「人間が自分の努力で叶えるべきだと思ったら、神様も多分何もしないって選択をすると思う」


 半分は詭弁だった。しかし、マイには結構響いたようで、へえ、と目を丸くしている。


「すごい。梨華ちゃんにしては素敵な考え」

「マイさーん?もしもーし?」

「でぃ、ディスったつもりじゃないからね!?うん!素直に褒めたつもりだから!!」

「はいはい」


 結局、何を信じて生きるかはその人間次第。それによって幸せになれるか、なれないかも変わるのではなかろうか。

 梨華の家族がこの町に来たことで、笑顔を取り戻していったように。


「ん?」


 郵便局の前を通り過ぎた、その時だった。ふと、梨華は妙な焦げ臭さを感じることになる。

 さながら、オーブンにお肉を突っ込んで、そのまま焼きすぎて焦がしてしまったような。焦げパンを作ってしまった時の匂いをさらに酷くしたような。


「なにこれ、変なニオイしない?」

「確かに。なんだろ、梨華ちゃ……」


 二人仲良く振り向こうとした、まさにその瞬間だったのである。

 どさっ、と。

 自分達がさっきまで通った道の上に――大きな黒い塊が落ちてきたのは。



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