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61 ルーベンス王国の兄と弟


 大陸東に位置するルーベンス王国。王都ルーベンスがある位置は領土の東寄りに存在する。


 過去に東大陸と戦争をしていたのだから「もっと内陸に王都を移転させるべきでは」と思う他国の歴史家も多く存在するが、ルーベンス国内では然して問題に取り上げられない。


 その理由は建国当時から王都を守る前線要塞にあった。


 現在の地図上では、王都を守護するのは最東端にある港街。ここは嘗て東大陸と戦争を行っていた名残で船の製造拠点となりつつも堅牢な水上要塞のような造り。

 

 城壁の下側にはトンネルのような穴があって、そこから船が出発するという当時では守備と船の発着場を兼ね合わせた革新的な造りであった。


 現在は東大陸と戦争を行っておらず、そのトンネルは軍用船が利用する。


 漁師の船や貿易船は街のやや南側にある海と川の合流地点となっている場所に停泊して、貿易の玄関口として利用している。


 この世界の住民が「ルーベンスの特徴は?」と問われれば、偏にこの海を利用した貿易や海上戦を得意とする軍を指すだろう。


 加えて領土内に流れる川を小型船で物資を輸送し、国内では新鮮な魚料理がいつでも食べられるといった文化も特徴と言えよう。


 そこに陸路として魔鉄道が加わる。


 陸の運搬は魔鉄道、海や川は船での輸送。西大陸で最大の運搬路を持つのはルーベンス王国にとって最大の強みだ。


 ともあれ、歴史書や旅のガイドブックに書かれているルーベンス王国の概要は置いておき。


 前線要塞である港街と大きな川で繋がり、水の王都と名高いルーベンス王国の王都。


 水の王都の北側に位置する王城の廊下を歩く1人の青年が、王のいる会議室を両手で勢いよく開けた。


 ドガン! と今にもドアの金具が飛び散りそうなくらいに力一杯開かれた扉に中にいた者達は一斉に注目を向ける。


「兄上! 戻りました!」 


 やや脳筋っぷりを見せる青年は日に焼けた健康的な体躯。伸びた腕についた筋肉は、見る者を一目で彼を戦士と知らしめるだろう。


「エヴァン。ドアを開ける時は静かに開けたまえ」


 そう弟を窘めるのはルーベンスの王。彼は椅子に座りながら日焼けした顔を手で覆いながらため息を零す。


 ルーベンス王国の王、名をハサン。ハサン・ルーベンスという。


 3年前に代替わりし、まだ30と若い歳であるが周囲が納得するほどの才能を見せる王であった。


「Aランク魔獣は仕留めました! エリオスの状況はどうなっているのですかッ!」


 王である兄よりも6つ下の弟、エヴァン・ルーベンスは兄の窘める言葉など聞く事もせずに問う。


 冷静沈着な兄に比べて弟のエヴァンは少し……いや、かなり脳筋寄りだった。


 何たって第二王子という身でありながら戦士として己を鍛え、国内に出没したというAランク魔獣を倒しに行ってしまうのだから。


 こういった彼の思考パターンには理由があるのだが……。


 兄であるハサンは弟の脳筋っぷりを窘めるのを諦めた。何を言っても無駄だと思ったのは、これで何度目だろうか。


 それでも毎回注意してしまうのは弟を想う兄心だろう。


「先ほど、エリオスから緊急報告書が魔鉄道で届いた。王都を襲った完全体は英雄様が鎮圧したようだ」


「おおッ!!」


 エリオス王国と同盟にあるルーベンス王国はエリオスで起きた事件について知らせを受けていた。


 ナリンキー家の起こした事件もそうであるが、今回のスタンピードについても既に連絡を受けている。


「エリオスから援軍要請が無かったと聞きましたが本当ですか?」


 今回のエリオスで起こったスタンピード事件の報が届いた時には、エヴァンは既にAランク魔獣を討伐しに出かけてしまっていた。


 スタンピードという国家の存亡に関る事件に対し、同盟国へ援軍要請をしなかったエリオスの真意を兄へ問う。


「そうだよ。我が国もAランク魔獣が出没していたし、例の組織の件もある。エリオス王からは、組織が我が国でもスタンピードを起こすかもしれないと注意喚起と備えるよう連絡があった」


 さすがエリオス王国だな、とハサンは言いながら深く息を吐いた。


 エリオス王国の王であるアルフォンスは優秀であると他国からの評判も良い。ハサンもその評価を下す1人だ。


 自国で起きたスタンピードを自国だけが狙われていると考えず、他国も同時に起きるかもしれないと懸念する考え。


 苦しいながらも他人に対して備えよと言える度量。


 王として学ぶ事は多いと、彼は常々思う。


「エリオスは今代の英雄が救いましたか」


「そうだ。前に届いた報告書では争いの無い平和な世界から召喚されたと書かれていたが……なかなかの力量をお持ちのようだ」


 エリオスから届いた緊急報告書には英雄が使う浄化結界の事も添えられていた。


 英雄の能力等は判明したら速やかに各国へ伝えなければならないという国際法が存在する。


 当然、それを知れるのは国の王と王が信頼する重鎮数名だけ。トップクラスの秘密事項である。


 ハサンは届いた報告書をエヴァンに手渡す。渡された本人は急いで目を通すと――徐々に目を輝かし始めた。


「素晴らしい!」


 緊急報告書の中身は浄化結界の件についても添えられているが、組織によって作られた汚染地の件と完全体についても書かれている。


 特にエヴァンが心躍ったのは完全体と英雄が王都で対峙した時の報告である。


 今代の英雄は平和な世界からやって来て、まだ剣や魔法も未熟と聞いていた。だが、書かれていた内容はどうだ。


 浄化結界を用いて完全体を弱体し、致死毒さえも浄化する。反動を起こして動けなくなるまで力を行使して、王都を救ったというじゃないか。


 これぞ、英雄である。


 エヴァンという男が幼少の頃から憧れ、目指した者の姿そのものではないか。


「兄上ッ! 私はエリオスへ参りますッ!」


「待て、待て、待って待って」


 入って来たドアへと振り返り、今にもダッシュしそうな弟へ手を伸ばすハサン。


「なんで?」


「は?」


「何でエリオスに? 英雄に会いに行くの? 何でエッ君はいつもそうなの?」


 弟の行動力にハサンは思わず素が出てしまった。家臣達の前にも拘らず、子供の頃から呼ぶ弟の愛称が出てしまった。


「?? 英雄に会いに行きますが?」


 悪びれもせず、問われている意味もわからず。エヴァンは心底不思議そうに兄を見つめた。


 ハサンの額から一筋の汗が流れた。


 エヴァンという弟は兵士や市民からは猛将と呼ばれ、慕われている剛の者。戦場では兵士を的確に指揮し、己も前に出て鼓舞する有能者。


 だというのに、戦場にいない時は思考が直線的すぎる。何故、こうも弟は英雄の事になると馬鹿になるのだろうか。


 答えは分かっている。彼が英雄に憧れているからだ。小さい頃から英雄譚を読んで育った男子がこうなるのも仕方がない事なのかもしれない。


 だとしても、今回はなんと窘めるべきか、とハサンが思案している間、エヴァンの頭上に豆電球が光った。


「エリオス王国の北で毎年サバイバル訓練をしていますよね? それを行うついでに会ってきます」


 エヴァンは兄を説得する為の最もな理由を述べた。


 確かに彼の言う通り、エヴァンは仲間と共に数か月間のサバイバル訓練を毎年エリオス国内で行っている。


 エリオスとルーベンスの国境沿いからやや南にある森で行っており、そこには凶悪な魔獣も多く住んでいるので訓練にはもってこいとされて毎年行っている行事のようなものだ。


 確かにそれが毎年行われる時期であるのは確かだ。しかも、エリオス王国には今年分の許可を既に取っている。


「よろしいですね?」


「うっ……」


 マズイ、とハサンは思った。


 否定する材料がない。


 エヴァンはハサンが否定しないと判断すると再び体をドアへと向けた。


「では、行って――」


「待て!」


 再び出て行きそうになる弟へ兄は手を伸ばして止める。


 否定する理由が見当たらないハサンは、少々黙った後に――


「しっかりと準備を行っていくように。2週間は準備に当てなさい。軍との調整も必要だ。Aランク魔獣が出現するかもしれないし、組織が動くかもしれない」


「……そう、ですね。兄上の言う通りです」


 すぐに向かおうとした弟を止められたハサンはホッと胸を撫でおろす。


「では、さっそく準備してきます」


 そう言って出て行った弟の背中を見送り、


「2週間の間に国内の調査を終わらせてくれ……」


 ルーベンス軍部に稲妻が走る。軍の報告を纏める文官達はデスマーチ確定だ。


 その文官達が上げた報告を読むハサンもデスマーチ確定なのだが。


「私はエリオス王に英雄様への急な面会について謝罪の言葉を考えるよ……」


 愛する弟の為に、兄は一肌脱ぐ事に決めた。


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