53 英雄として
「ユウキ……」
剣を抜いたユウキから赤い魔法陣が広がる光景をエリスは見た。
率直な感想を述べるならば「アレは何だ」だろう。
魔法陣が広がり、苦しみだした完全体から噴出する黒いオーラが霧散していく。
「エ、エリス様! 負傷者がッ!」
隣で負傷した騎士を見ていた部下が叫ぶ。エリスが顔を向ければ、そこには傷口から黒いモヤが出て消えていく。
体に巡っていた黒い血管は薄くなり、苦しみに歪んでいた顔が穏やかなモノへと変わっているではないか。
「浄化、なのか?」
歴代英雄による浄化は人体へ影響を及ぼす効果は無かった。聖剣による浄化は大地の汚染を浄化し、完全体の持つ毒を消し去る。ここまでは歴代英雄と一緒。
だが、侵食された人を浄化するなどという効果は無かったのだ。
今までは完全体に攻撃され、毒に侵食されれば聖水で苦痛を和らげてやるだけしかできなかった。
「こ、呼吸が安定してきました……」
ただ、ただ死を遅らせるだけだった。
だというのに。
毒に侵され、地面に倒れていたスレイは上半身を起こしながら不思議そうに自分の体を見ている。
「ユウキ、お主は……」
英雄召喚されてこちらに来たのだから、英雄なのだろう。だが、歴代英雄と違いすぎる。
毒に侵された者の浄化。完全体を弱体化させているような謎の力。加えて他者に武器を創造するという。
どれも歴代英雄には無かった英雄の力である。
「一体、何者なのだ?」
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「グガアアアッ!?」
魔法陣の中で苦しみ始めたワーウルフは黒いモヤを霧散させながら暴れまわり続ける。
魔獣は怖い。完全体となった魔獣なんて最も恐ろしい存在だ。
だが、俺はやらなきゃいけない。俺がやらなきゃいけない。
英雄の仕事だからじゃない。
俺は救うんだ。仲間を。
俺はやれるッ!
「おおおおッ!」
俺は自分自身を精一杯鼓舞しながらバチバチと赤い稲妻が纏う剣を構えて走る。
スレイさんから何と教わった?
強い魔獣との戦闘する際、基本は相手の武器となる特徴を破壊する事が第一。
騎士団訓練で何を教わった?
剣を振る時は腕の力だけで振るんじゃない。踏み込みと腰だッ!
俺は今まで習った事を活かし、ワーウルフの腕目掛けて剣を振った。バチバチと赤い稲妻を迸らせ、今まで学んだ全てを出すように。
剣の力と、俺に教えてくれた人達の力が乗った一撃がワーウルフの片手を切断する。
「――――!」
魔獣は絶叫しているように見えるが、俺の耳には届かない。
極限の集中状態とはこういう事なのだろうか。目の前にいる魔獣の動きから離さず、俺は相手の挙動を見てから身体強化を施した足でバックステップ。
ワーウルフの残った腕が俺の胸当てを僅かに掠った。だが、中まで到達していない。
ステップの着地と同時に再び前へ。
次は相手も対応してきた。魔剣と爪がぶつかって、甲高い音を立てる。
押し込むか、引くか。
スレイさんとの訓練ではどうだった? 相手の力が強いと思えるなら、瞬時に離れろと教わっただろう。
「ふッ!」
押して、離れる。
ワーウルフの腕は再び空を斬る。
相手の力は強い。俺とは比べ物にならないだろう。ならば、足を使う。
身体強化を維持して何度も腕を狙う。相手が慣れてきたと思われたら、手を変える。
大きく後退した俺はヒラリと回転して素早くケツから魔法弾を撃った。
ドンドンドン、と3発立て続けにヒット。今までに無いくらい、奇跡の命中率を叩き出す。
「――――!」
ワーウルフが痺れを切らし、俺目掛けて走って来る。
どうする。受け止めるべきか。
「ユウキ! 足が止まっている! 動け!」
スレイさんの声が聞こえた。そうだ。受け止めるなんて愚かな事はしちゃいけない。
だが、少しの迷いが魔獣との戦いにとって大きな要因となってしまう。
「くっ!?」
俺は更にバックステップで距離を取ろうとしたが、迷った分だけ反応が遅れてしまった。
直撃は免れたものの、ワーウルフの鋭い爪が俺の右肩を切り裂く。
服が破れ、中の肉が裂けて血が噴出した。だが、それだけだ。完全体と対峙するにあたって、一番脅威である毒の存在は感じない。
「っと!?」
肩を引き裂かれた事で、俺は痛みと僅かな衝撃で着地時のバランスを崩す。ワーウルフはその隙を逃しはせず、更に突っ込んで来た。
「うぐっ」
大振りの腕を剣で受け止め、ガチガチと金属音を鳴らしながら剣と爪の鍔迫り合い。俺は力比べを拒否し、相手の腹を蹴って離脱する。
だがそれでも尚、ワーウルフはしつこく纏わりついて来た。
「しつこいッ!」
俺は土を全身に纏い、土鎧マンになった瞬間に、
「パージ!」
「ギャウ!?」
キースとの戦闘で見せた防御と離脱の合わせ技。爆ぜた土がワーウルフに直撃し、相手が一瞬だけ怯んだ隙に後ろへ下がる。
防戦だけじゃダメだ。勝つには前へ出なければ。
勇気を持って前に出なければ勝利は掴めない。
ジャック爺さんにも、スレイさんにも、そう教わったじゃないか。
俺は奥歯を噛み締めながら地を蹴って、今まで以上のスピードで相手へと迫る。
「――――!」
俺が前へ出ると獲物が自ら飛び込んで来たと言わんばかりに、ワーウルフが口をガパリと開けながら腕を振り上げた。
このまま行けば相手と衝突するだろう。だが、俺は肉薄した瞬間に横に飛びながら魔法を使う。
横に飛んだ勢いのままケツから噴射された風魔法は俺に推進力を与え、相手の側面を通り抜ける。
地面を削るように足でブレーキをかけながら方向転換。再びケツから風を噴射した。
「そうだ! それで良い!! 相手の後ろを突け!!」
何度もスレイさんに吹き飛ばされながら言われたアドバイス。ようやく使えるようになったのが、今のような状況とは。
強引な移動方法で相手の背後を取った。狙うは、頭。
「うおおおおッ!」
俺は飛ぶように前進しながら、バチバチと赤い稲妻が迸る剣を突きの構えに。
相手の背中へ肉薄し、ワーウルフが顔を振り向かせるがお構いなし。
ワーウルフの背中に衝突しながらも剣を後頭部へ突き刺した。
「――――!」
突き刺さった剣はワーウルフの口まで貫通し、俺は勢いのまま相手と共に地面へ倒れる。
まだだ。まだ油断しちゃいけない。
俺は即座に立ち上がり、剣を後頭部から抜くと――
「おおおおッ!」
上段に構えて頭部目掛けて振り下ろす。
エリオス剣術の基本にして極意。まだジャック爺さんのようにはいかない。でも、毎日訓練していた成果が少しは出せただろうか。
振り下ろした剣はワーウルフの頭部を破壊した。
「…………」
剣を振り下ろしたまま、ワーウルフの背中に立つ俺はしばらく相手を見下ろす。
動かない。相手は動く気配を見せない。
「……やったか?」
フラグになりそうな事を言ってしまいつつも、俺は剣をワーウルフの死体から抜いた。
「「「 うおおおおお!! 」」」
「ひょえ!?」
俺が剣を抜いた瞬間、聞こえたのは歓喜の雄叫びだった。
周囲を見れば、騎士や魔導師達が俺を見ながら手を天へ掲げているではないか。
「やった!! 倒したぞォー!」
ラッチさんが歓喜の声を張り上げ、隣にいた仲間と抱きしめ合う。
「やったぞ! やったぞ、ユウキ!」
「あだぁ!? ス、スレイさん!?」
次はスレイさんのタックルを決めるように俺へと抱き着いてきた。
「よくやった! よくやった!! 訓練の成果が出ているじゃないか!!」
「ス、スレイさん」
スレイさんは涙を浮かべながらモリモリの筋肉で俺の顔を抱きしめる。
苦しい。上腕二頭筋と胸筋の圧迫がパネェ。
5分くらいグリグリ撫でられ、ようやく解放された俺に近づいて来たのはエリスさんとマウロさんだった。
「一時はどうなる事かと思ったが、さすが英雄だな」
「素晴らしい戦いでした。英雄様」
2人とも笑顔だ。俺は2人の笑顔を見て、ようやく倒したんだという実感が湧き上がる。
今更ながら恐怖が蘇り、手が震えて腰には力が入らない。
「ははは、なんとか……」
マウロさんに手を貸してもらい、何とか立ち上がった。
「というか、スレイさん! 毒は!? あ、キースや他の人も!」
俺は毒に侵されたであろう人達の事を思い出し、声を張り上げた。
「ユウキが出した魔法陣が広がった後、なんか毒の影響が抜けたんだが……?」
スレイさんは本人も訳が分からないといった具合に傷付いた腕を見せてきた。
彼女の腕には確かに爪で引っかかれた傷口が存在するが、黒い血管が巡るような現象は見当たらない。
周囲に顔を向ければ負傷していたキースや騎士は無事な者からポーションによる治療を受けていた。
「安心せよ。他の騎士も同様に侵食が消えておる」
なんで? と首を傾げる俺。
「なんでも何も、お主が出した魔法陣が影響しているとしか思えんだろう」
「魔法陣? ああ、あの赤いヤツですか?」
「そうだ。覚えておるか? あれは何だ?」
グイッと顔を寄せるエリスさん。何だ、と言われても……。
俺は腕を組んで考えた。必死だったしなぁ。
と、剣から気配を感じて柄へ触る。すると、剣を出した時と同じく脳に記憶が蘇るかの如く魔法陣の詳細が。
「浄化結界という名前らしいですよ」
「浄化結界?」
「はい。世界喰らいの毒を除去する魔法結界だそうで。英雄の剣で浄化するってこれじゃないんですか?」
首を傾げながら眉間に皺を寄せるエリスさんに問うが、
「ううむ。そうなのかもしれぬ」
曖昧な答えが返って来た。どういう事だ?
「体の調子はどうだ? 何か変わった事は?」
「うーん? ちょっと怠いような……。戦闘で疲れたからじゃないですか? 肩、めっちゃ熱いし痛いですけど」
「ふむ。そうか……」
ドクドクと血が流れる肩の負傷を脳が認識した瞬間、めちゃくちゃ痛くなってきた。
助けて? とエリスさんに視線を向けるが、これも検証が必要か、と小さく言っただけ。お願い助けて。
その後、ポーションを持って来てくれた騎士から受け取りつつも、先ほどのエリスさんが呟いた事を問おうとした時――
「あらぁ。まさか変異体がやられちゃうなんてねぇ」
背後からただならぬ気配と共に女性の声が聞こえて来た。




