50 汚染地浄化作業
エリスさんと俺の考えた推測について話し合いつつ、道中で遭遇した魔獣をラッチさん達と倒しながら目的地に到着した。
「これが汚染地か……」
山の麓にあると報告があった汚染地。確かに見た目は毒沼で、直径で100メートルくらいだろうか。
紫と黒が混じり合ったような色で、コポコポと泡立っている。
俺は汚染地というモノを初めて見たが……。確かによくない。
見ているだけで体中を這い回るような嫌悪感。そして、何より臭い。
何かが腐ったような強烈な匂いがする。近づくまで匂いなんてしなかったのに、視界に入った瞬間に感じるのだ。
どんな仕組みなのか気に無くなるほどに強烈な匂いが俺の鼻を針で刺すように刺激する。
「うわぁ」
匂いに加えて、俺は見ているだけで背中が痒くなった。しかし、必死に手を回して掻いているのは俺だけだ。
「英雄にとって正反対のモノだからな。英雄は特に強い拒否反応が出るらしい」
皆は匂いと嫌悪感だけらしい。
「魔獣憑きという存在が嫌われる理由は、この匂いでもあります。体も魔獣のようになるというのもありますが、汚染地を見た者からすればこの匂いを連想させるそうで……」
なるほど、と俺は頷いた。
しかし、魔獣憑きであるキースからはこんな匂いはしない。彼はいつも良い匂いがする。男の俺が言うのもなんだがね。
イケメンは匂いまでスゲーんだ!
「よし、魔導師隊は調査に入る。騎士団は周囲警戒を頼むぞ」
「ハッ! 各員、持ち場につけ!」
エリスさんが率いる魔導師隊は持って来ていた荷物をその場に降ろし、マウロさんが指示を出すと騎士達が汚染地から離れつつも囲むように散開。
俺は? と言うようにマウロさんに顔を向けると、
「スレイは遊撃に当たって欲しい。英雄様は聖水で浄化できなければ剣で直接浄化作業を行うかもしれませんので待機でお願いします」
「ユウキは道中で連戦続きだ。ここいらで休憩しておけ」
マウロさんは引き続き指示を出し、スレイさんはバトルアックスを肩に担ぎながら魔導師隊の傍で待機し始めた。
俺はエリスさんの傍で調査を見学する事に。
「調査ってどうするんですか?」
エリスさんにそう問うと、
「まずは正確な大きさを測る。汚染地の大きさを記録して同盟国へ報告するんだ。これくらいの大きさの肉片がまだ残ってるかもしれない、とな。その後、聖水をぶっかける」
調査といっても各地にデータを回すようの記録作業のようだ。
聖水も決まった量を毎回使って、トータルで何回使用したかを記録。それで聖水の量を計測して過去のデータと照らし合わせるそうな。
「ただ、今回は特殊な例だからな。よく観察しなければならない。あそこを見ろ」
そう言ったエリスさんは汚染地の中心を指差した。
「大体は中心部に肉片があり、そこから広がっていくのだが……」
沼の中心には何も無い。沼というくらいだから深さがあるのだろうか? 浸かって隠れているとか?
「長い棒で調べる」
そう言うと、エリスさんは顔を横に向けた。
向けた先には魔導師の一人が木に命綱を巻き付けつつ、補助として数名に体を支えてもらっていながら長い棒を持っていた。
「少しでも触れれば、待つのは死だ。慎重にやらねばならん」
棒を伝って侵食……とかないのか? と思ったが棒には聖水を振りかけるようだ。
長い棒の先端から半分まで、ドロッとした聖水を付着させる。コーティングみたいなものだろうか。
「粘度が高いから塗りやすそうだな」
でも、見た目はマジでローション。しかも、色がピンクだもん。透明じゃないだけリアル感が薄れてマシか。
ヘラで聖水を棒に塗り付け、棒を沼に突っ込み始めた。
「キースが見た汚染地もこんなんだった?」
「私が見たのはもう少し小さかったと思いますが」
彼と話していると、俺はふと気づく。
「キース、沼が臭くないのか?」
誰もが若干顔を顰めている中で、彼だけは平然としていたからだ。
「はい。この体になってから汚染地の近くにいても何も感じなくなりました」
何も感じなくなったか。続けて質問をぶつける。
「この沼に誘われているような感じは?」
「いえ? しませんが……」
うーん。もしも、魔獣憑きが魔獣と同じ存在なら汚染地に惹かれるような感覚があっても良い気がする。
魔獣と同じならキースも完全体になりたいという願望を持つんじゃないだろうか?
エリスさんに道中の推測を再び話し、今思った事も伝えると、
「確かに。魔獣と同じというならそれが普通に思えるな。キースよ。その体になってから感じた事は痛みだけか?」
「はい。時より右腕に激痛が走ります。魔導具で抑えていてもです」
キースの右腕は時より激痛が走り、勝手に手や指がギチギチと動く事があるらしい。
「破壊衝動が起きたりはせんか?」
「それはありませんね。とにかく痛くて、痛みに耐えていると体が動かせなくなります」
キースの答えを聞いたエリスさんは顎に手を添えながら悩み始める。
しばらく悩むと彼女は俺とキースを見ながら言った。
「ユウキよ。お主の推測、当たっているかもしれぬぞ」
「え?」
「免疫と適合という点だ。人にとって世界喰らいの力は病気と同じなのかもしれん」
目の前にある汚染地は病原菌、所謂ウイルスの塊といった存在なのだろうか。
「なんといったか。3代目がウイルスやら抗体やらと言っていたような……。3代目が言っていた科学医療だか医学といった知識がこの世界では薄いからな……」
病気の元となる病原菌を研究するのは細菌学だっただろうか?
この世界も治癒魔法やポーションが発達した世界で、科学的な進歩は3代目が召喚されてから始まった事だ。
始まってから300年も経っていない。
ポーション類も科学というよりは薬学で「この葉っぱがこの病気に効く」みたいな感じである。漢方みたいな? 自然学って言うんだっけ? 漢方学だったか?
俺も医学なんてインテリ分野には疎いので全くわからん。
「ヘイムに資料が残ってるかもしれん。私のツテで探ってみるが、まずは聖水が効くかの検証が先だな」
「そうですね」
魔獣憑きというモノの正体は置いておいて、聖水で治るならそれに越した事はないだろう。
どちらにせよ、エリスさんは研究の為にも俺の言った推測を元に資料を探す、と約束してくれた。
これで真実が判明すれば魔獣憑きという存在の偏見が無くなる役に立つかもしれないしね。
「筆頭ー! これを見て下さい!」
と、話し合っていると魔導師の人達がエリスさんを呼んだ。棒で沼を突く作業は一旦終わったように見えるが。
俺達は呼んだ人の元へ向かう。
「どうした?」
「これ、見て下さい」
魔導師の男性が指差すのは沼の際に掻き出されたと思われる物体。
透明な試験管。明らかな人工物である。
「試験管?」
「はい。中心に肉片らしき物は無く、恐らくこれが沈んでいたと思われます」
山の麓に試験管が落ちているだろうか? 落ちていた試験管の上に沼が偶々発生するだろうか?
確かに可能性はゼロじゃないだろう。だが、怪しさはバツグンである。
「確かに不自然だな……」
「ですよね。怪しさ満点ですよね」
もしかして、この汚染地は作為的な仕業か? と王様も懸念していた考えが過る。
こんな事をする奴等なんて……組織の仕業しかなくね?
「他に沈んでいる物がありそうだな。よし、記録を終えて浄化作業に入る!」
「はい!」
エリスさんの号令で魔導師達は記録と調査を終え、浄化作業に移行する。
浄化作業は聖水をぶっかける作業だ。
魔導師の一人がメモリ付きのビーカーのような物でメモリ最大値まで聖水を掬い、慎重に汚染地の端っこへブッかける。
すると、どうだ。
汚染されていた場所が光り、どんどん正常な大地へ戻っていく。
「おお! この新型聖水、凄いですよ! いつもの半分でこれほどまで!」
ビーカー一杯分で今までの規定量の半分だったらしい。
「ユウキ、お主の作った聖水は凄いではないか! これはとんでもない事だぞ!」
魔導師の人とエリスさんが本当に驚きながら俺を見ると、他の魔導師達も驚愕の声を上げながら俺を見た。
「やりましたね! ユウキ様!」
へへ。照れる。
何かとケツが絡む俺にも役立てる事があったんだな。
「ふむ。規定量の半分で済むか。これを薄めたらどうなるか試してみよう」
「そうですね」
原液の効果を見たエリスさんは、続けて聖水の調査と検証を始めた。
木の桶に水魔法で水を入れ、そこに聖水を足す。
そして、それを女性魔導師が混ぜるのだが……。
絵面が完全にソー〇嬢じゃん。なんで手で混ぜるの。棒とかヘラ使おうよ。
「この新型聖水って混ぜるとほんのり温かくなるんですね」
混ぜている女性魔導師がそう言った。
お湯を使ってる訳じゃないのに何故温かく……。男性魔導師達が一斉に俺を見た。違う、冤罪だ。
「先ほどと同じ量をかけてみよう」
次はエリスさんが薄めた聖水をビーカーに注いでブッかけた。
原液と比べて効果が下がったものの、確かに浄化されていく。
「ふむ。薄めても前の聖水より効果が高いな」
「そうですね。今後は薄めて使った方が効率的かもしれません」
何にせよ、俺の作った聖水はちゃんと効果があると証明された。




