41 新人執事と英雄の悩み
「マジで執事になったの……?」
「はい。勿論ですよ」
事件から1週間後の朝、俺がいつものランニングをするべく起床すると同時に部屋へ入って来たのは王城勤務用の執事服を着たキースだった。
御庭番の人が回収してくれたという魔獣憑きの効果を抑える手袋を嵌めて、腕は普通の人間と同じである。
結局、聖水で彼の腕を治すという約束は先送りになった。理由はまだ魔法技術部が聖水の効果を完全に把握していない為だ。
問題解決の為に王様やアリアちゃん、エリスさんにも相談はしたが聖水の件もあるので協力するが、まだ待ってほしいと言われてしまった。
まぁ、事件が起きて王城も色々問題が山積みだ。約束したのにも拘らず、キースには申し訳ないが動き出すのは少し待つ事になった。
ところで、キースはあの大きくなった獣の腕をどうやって人間サイズの手袋へ納めたのか。
大いに疑問である。何か仕掛けがあるのかな?
まぁ、それは置いておいて。何とも自然にドアをノックされ、返答を返せば自然な動作で寝起きに飲む水を持ってきたイケメン。
そのせいで、少しリアクションに遅れてしまった。
そして、冒頭の問いである。
彼は本当に俺の執事になってしまった。
「良いの? もっとやりたい事があれば――」
「ありません。問題は一切ございません」
彼の選択肢を狭めてしまったのでは、と問うたのだが食い気味で否定された。
「日課のランニングですよね。お召し物はこちらに」
手で示された場所に目を向ければ、既にクローゼットから取り出された運動用の服が専用台らしき物の上に。
そんなもの、寝る前には無かったんだが?
着替えて城の外へ向かうのも後ろを着いて来るキース。外に出て、走り出そうとした瞬間には、
「いってらっしゃいませ」
綺麗なお辞儀で送り出される。
イケメンは何をしてもイケメンだ。そう痛感した。
まだ建物の修理が終わらぬ街を観察しながらもランニングをして、帰ってくれば……。
「おかえりなさいませ」
と、白いタオルを持って待機しているではないか。
ずっといたのだろうか……。
「あ、ありがとう」
「いえ」
タオルを差し出す仕草までも光り輝いてやがる。近くを通ったメイドさんがキースの顔面に釘付けだ。
これがイケメン力なのか……。俺はゴクリと喉を鳴らした。
「ところで、リースちゃんは?」
「妹はジャック騎士団長閣下の家でメイドとしての訓練をしています」
「あ~。ジャック爺さんの奥さんは元メイド長だっけね」
一度だけ、城でジャック爺さんに紹介されて会った事がある。
とても優しそうなおばあちゃんって感じの女性だ。俺と会った時も、旦那が爺さんなのだから私もマーヤお婆ちゃんと呼んでくれと言われたっけ。
さすがに女性に対してお婆ちゃんとは呼べなかったが。
「良かったね。マーヤさん、優しそうだし」
「はい。ありがたい事です」
そんな話をしつつ、一緒に訓練場へ。
「英雄殿。おはようございます!」
訓練場に到着すると、少し遅れてラッチさん達が現れる。
「素振りから始めますか?」
「はい」
この問いもいつも通り。彼らと一緒に素振りを始める。
「イチ!」
「「「 イチ! 」」」
「ニ!」
「「「 ニ! 」」」
木剣を上段に構えて型通りに200回。
ジャック爺さんに言われた通り、型を崩さぬようゆっくりでも確実に。
素振りを終えると、みんなで戦闘に関してのアイディアを出しつつ試すというやり取りを行うのだが。
「お疲れ様でした。皆様も、どうぞ」
素振りが終わった時点でタオルと洗面器に入った水を差し出すキース。
もう至れり尽くせりだ。
むしろ、いつ用意したんだ。素振り中にチラッと見たら不動の構えで俺達を見ていたというのに……。
「あ、ありがとうございます」
「す、すいません」
差し出されたタオルと綺麗な水に、少し挙動不審な様子を見せるラッチさん達。
もしかして、キースが魔獣憑きという事を気にしているのかな? と少々不安に思ったが、
「すげえ……。ヨハン殿のような動きで用意してたぞ……」
どうやら違ったらしい。
執事長のヨハンさんのような動きを見せた事に驚いていたようだ。俺には一切挙動が見えなかったのだが?
まだ鍛え方が足りないようだ。目って鍛えられるんですかね。
「英雄殿。おはようございます。お前達も、おはよう」
汗を拭っていると次に現れたのはジャック爺さん。
片手には俺が作り出した炎剣フラウロスを仕舞った革の鞘を持ち、今日も訓練用のシャツの下は筋肉ムキムキである。
朝の挨拶をしつつ、俺は爺さんにリースちゃんの事に対して礼を述べた。
「リースちゃん、マーヤさんが預かってくれたって聞きました。ありがとうございます」
「いえ。妻も孫が出来たかのように喜んでおりますので。リースも大きくなって英雄殿のメイドになるんだって張り切ってましたぞ」
なんとまあ。あんな可愛い子にメイドになりたいと言われるのは名誉な事なのかな。
いや、大好きな兄と一緒の職場で働きたいという気持ちが強いのだろう。
「ははは……。じゃあ、俺はもっと英雄らしく強くならなきゃですね」
そう。俺は弱い。ここ最近の事件で嫌というほど理解した事だ。
キースが仲間になってくれたのも、リースちゃんを救えたのも運が良かっただけだ。
1つ間違えれば俺は捕まり、アリアちゃん達は酷い目に合っていたかもしれない。
初代英雄は世界を救い、2代目は世界に剣を広め、3代目は魔法技術の革命を起こし、4代目は人々の平穏を維持強化した。
じゃあ俺は何だ?
ケツから剣と魔法を出す。魔法量は異常な程高いが、コントロールは未熟で3代目には敵わない。
剣術のセンスは無い。剣の達人だった2代目には遠く及ばず、4代目のように魔獣を積極的に狩る事すら敵わない。
事件で対峙した悪意のある人間との戦闘も重要な課題だろう。
ここは日本のように平和じゃない。魔獣という悪意もあれば、人による悪意もある。謎の組織が暗躍する世界で、奴らが俺を狙っているのだ。
殺人という行為を忌避する俺が、もしも悪党と再び対峙したら。対峙した時に俺の傍にはアリアちゃんがいて、彼女も巻き込まれてしまったら。
俺は剣を振り下ろせるのだろうか。
俺は力も弱く、心も中途半端だ。
他者に武器を作れる? それは英雄としての能力で、女神が授けたモノだ。俺自身の力じゃない。
そもそも、他人に武器を作ってお任せってのは、英雄としてどうなんだ?
この世界で、英雄として、原平勇気として出来る事は全く無い。精々、歴代英雄もやっていた聖水を作るくらいだ。
俺は、英雄として弱すぎる……。
「ふむ。英雄らしく、強く、ですか」
ジャック爺さんが顎に手を当てながら、少し悩むような様子を見せた。
なんだろう? と俺が首を傾げていると、ジャック爺さんは俺の顔を真剣に見ながら問う。
「それはこの前の事件で人を斬れなかった件ですか? それとも自分の力不足についてですか?」
言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が跳ね上がった。
「あ……」
それはもう頭が真っ白になるくらい。
見透かされていた、バレていた、そんな気持ちが渦巻いて、この場から逃げ出したくなるくらいに。
「そう、です。どちらもですね……」
俺は辛うじて返答を絞り出す。
爺さんはそんな俺を見ながら、
「英雄殿。午後からは私とギルドに行きませんか?」
「ギルド?」
「はい。ハンターギルドです」
俺をギルドへ誘った。




