37 組織 1
「あー、クソッ」
水浸しになって肌に張り付くローブに苛立つ男は舌打ちをしながら、山道を歩いて行く。
男が歩き始めて10分程度すると、見えてきたのは山の中にひっそりと作られた洞窟であった。
暗い洞窟の中へ躊躇う事無く侵入し、変わらぬ足取りで突き進む。
洞窟の終点に到達し、前方には岩の壁。だというのに、男の進む速度は変わらない。
傍から見れば壁に向かって進む、盲目の男にしか見えないだろう。だが、男は岩壁に当たる事無く――水面を通り抜けるかのように岩壁を通過した。
偽装。終点と思われた岩壁は偽装であった。しかも、限られた者にしか通過できないよう制限がある程の高度な偽装技術が成す技。
男が通り抜けると先にはドアがあり、まるで住居の入り口のようだ。
ドアを潜れば目を疑うような煌びやかなエントランス。ここだけ見れば、洞窟の中とは到底思えない。
「あら。帰ったのぉ」
エントランスの先にある、地下へと降りる為の螺旋階段から丁度上がって来たのは胸元を大きく開け、足にはスリットが入ったデザインのドレスに身を包む美女。
彼女は男へと歩み寄るが……彼が水浸しになっていると気付くなり歩みを止めた。
「水浸しじゃない。汚れるから近寄らないでぇ」
美女は肘まである手袋を装着した手で口元を隠しつつ、身を捩らせる。
「そんな濡れるような事があったわけぇ?」
美女は身を捩らせながらも興味本位で問う。問われた男は水浸しになった経緯も、この美女の態度にも苛立ちながら舌打ちする。
「英雄だ。今代の英雄は魔法に特化してやがる」
「ふーん。どんな感じなのよぉ?」
「中級魔法……なのかは分からんが、防御壁に守られた屋敷全体を浸水させやがった。しかも、魔法陣すら見せねえ」
あの規模の水を発生させるのであれば長時間発動型の魔法を行使しなければならない。そうなれば中級魔法であると考えるのが常識だろう。
どんな魔法を使ったのか、魔法陣を見れば解析できる。だが、英雄の手元には魔法陣が無かった。
注水に使ったであろう穴を背後に、自分が現れるのも加味して魔法陣を背中に隠して発動させていたのだ。
これを魔法に特化した英雄と言わずとして、何と言うか。
「なるほどねぇ。三代目の再来かしら? 先代は剣術が得意だったしね。そういった法則があるのかしら?」
「チッ。知らねえよ。ジジイは下か?」
「ええ。そうよぉ。さっさと着替えないと風邪引くわよ」
問われた美女は答えを返しつつ、男が入って来たドアへと向かう。
「どこ行くんだよ?」
「仕込みよ~。次のねぇ~」
美女は振り返らず、そのままドアを開けて外へと出て行った。
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男は螺旋階段を下り、地下にある居住区画を抜けて更に下へ。
フロア全体が研究室となっている場所まで降りると、目的の人物を見つけて近づいた。
「戻ったか」
「ジジイ。言われたモンは手に入った。王国は潰れなかったがな」
男がジジイと呼ぶ人物の見た目は全くもって年寄りとは言い難い。
首から顔の左側、額まで伸びる黒い入れ墨のようなモノが特徴的。何も知らない者が見れば30台そこそこの男性にしか見えないだろう。
「目的の物を手に入れたのであれば問題無い。王国崩壊にはあまり期待していなかったしな。口封じは?」
「勿論してある」
ローブの男が異空間から筒状の入れ物を取り出し、入れ墨の男に手渡した。
それを受け取りながら、入れ墨の男は質問を続ける。
「召喚鏡はどうだった?」
「問題無く使えたが、魔獣一体に対して1つというのはコスパが悪くねえか?」
「仕方あるまい。魔獣を制御するのは至難の業だ」
己が開発した魔道具の感想を聞きつつ、入れ墨の男は筒を開ける。
筒の中に入っていた骨と骨粉を機材の受け皿に入れて、球体状のコントローラーを操作し始めた。
「初代英雄の骨で間違いないようだな」
筒に入っていたのは火葬された初代英雄の遺骸。墓に埋葬された骨壺に入っていた骨であった。
「別の英雄のは持ってこなくてよかったのか?」
「ああ。他の英雄はいらん。今、重要なのは初代英雄だけだ」
そう言いながら、入れ墨の男はコントローラーを使って魔道具を操作し続ける。
魔道具に埋め込まれたモニターに映し出される文字や数値から目を離さずに、
「私は解析を続ける。次の任務までは好きにしていい」
そう言って、ローブの男へ振り向く事は無かった。
しかし、彼のこんな対応はローブの男や先ほどの美女にとってはいつも通り。
「はいはい。分かったよ」
まずは自室に戻って水浸しの体をどうにかしよう。そう思いながら、ローブ男は再び上の階へと戻って行った。
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