33 専属契約
執務室での話し合いが済むと、窓から見える空は既に茜色に染まっていた。
「今日はもう疲れたろう。続きは明日にして休むとしよう。キース、君は明日からの取り調べについて話したいので少し残ってくれ」
アルフォンスの提案によって、この場は解散といった雰囲気になった。
ユウキとアリアが一緒になって退出し、残された者達は再び姿勢を正す。
「さて。申し訳ないが明日の取り調べの前に、これだけは先に聞いておきたい」
アルフォンスは椅子の背もたれに背中を預けると、キースの顔を真っ直ぐに見て問う。
「ナリンキーに協力していた貴族の名は分かるかね?」
今回の騒動は確かに組織とナリンキー伯爵が最も目立つ行動を起こした。
だが、彼らの傍にいたのは王国騎士団に所属する騎士達だ。彼らが王国を裏切ったことも忘れてはならない。
そして、裏切った王都警備隊に所属する隊員のほとんどは貴族家の次男三男達。背後に彼らの実家による思惑が無いとは言い切れないだろう。
「はい。まずは――」
問われたキースはスラスラと覚えている限りの事を喋った。ナリンキー家に訪れて、伯爵と直接会っていた者。手紙が頻繁に送られてきた者。
全て正直に話した。最も、彼は嘘をつく理由などありはしないのだが。
暗殺、密偵、それらの仕事をしてきたキースは覚えている限りの家名や関わっていた裏稼業の人物を挙げ終えると、アルフォンスは傍で控えていた執事長ヨハンを見て頷いた。
そして、執務机の引き出しに入っていた書類をキースに見えるよう机に広げる。
「よろしい。嘘は無いようだな」
「私を試したのですか」
ヨハンの率いる御庭番によって捕縛された警備隊の人物名と実家は既にリストアップされて届けられており、ユウキ達が戻るまでに話しが出来る容疑者から吐かせた内容も既に届けられていた。
僅かな時間で少しでも情報を寄越した御庭番には王も「優秀」と評価せざるを得ないし、よく訓練されているとヨハンを褒めてやりたいがそれはもう少し後にすべきだろう。
取り急ぎ、これらの事実を隠してキースへ『質問』をしたのは彼を評価する為だ。
「そうだ。英雄ユウキ殿の傍に置いて良いものか。しっかりと精査せねばならん」
そうは言うが、彼が嘘を吐くとは王も思っていなかった。
加えて、短時間と言えど御庭番が収集・作成したリストには無い名前が挙がったのは目を見張るべきだろう。
「どう評価なさいましたか?」
キースはごく自然に、冷静な様子で王へと問う。
「私の見立てでは合格だ」
王はそう言いながらもキースの胸の内を見透かすような視線を向ける。
「君はユウキ殿へ既に忠誠を誓っているだろう? 助けられた恩義もあるだろうが……魔獣憑きという存在でありながら、普通の人として受け入れてくれたからか?」
その視線を受けたキースの背中に冷たいものが流れた。王という存在はやはり格が違うのか、と。
「その通りです。私はこの体になってから、化け物扱いされてきました。あの方だけが、初対面で私を、あの姿を見ても人として見てくれた。妹以外では初めての経験です」
言葉を聞いた王は静かに「そうか……」と呟く。
自国内で魔獣憑きという世界喰らいの影響による被害者が差別されている事実は知っていたし、根絶しようと努力していたが……。
「お気にせず。差別を失くすのは難しいと承知しております」
王の心境を察したのか、キースは首を振った。
言い終えたキースの脳裏に浮かぶのはユウキの言葉。それを思い出してクスリと笑う。
そんな彼を不思議そうに見ていた王達の視線にようやく気付き、キースは苦笑いを浮かべながら口を開く。
「あの方は言いました。世の中を変えてやると。堂々と、馬鹿みたいに胸を張って。私を人として見てくれて、そんな夢みたいな事を言う英雄を信じてみたくなったんですよ」
キースの言葉は他人にとって些細な事に聞こえるかもしれない。
でも、常に暗闇の中にいたキース本人にとっては違う。あの言葉は、暗闇を照らす光だ。
「もしも、あの方が本当にそれを成すならば。私は傍で見ていたい。あの方が歩く道を、前を行く背中を見ていたい」
現実になるかは誰にも分からない。現実になったとして、それは何年後、何十年後なのかもわからない。
それでもあの英雄の背中を見つめながら、歩んで行きたいとキースは思ったのだ。
「ですから、私は陛下や国に忠誠は尽くせません。私が忠誠を尽くすのはただ一人。あの英雄ユウキ様だけです」
キースは王の目を見つめ、ハッキリと伝えた。
彼の言葉を聞いたアルフォンスは、しばし黙った後、
「……君は暗殺や密偵役としてやっていたのだったな?」
「はい。この体になってから、気配を巧く消せるようになりました。物陰が無くとも気配を消すのは得意分野です」
そう言ってキースはいつものように自身の気配を限りなく薄くさせる。
アルフォンス達からしてみれば、目の前にいるのにも拘らず、その場から消えたような感覚を覚えただろう。
一瞬だけ目を離せば認識できなくなる……そんな感覚に騎士団長のジャックや執事長のヨハンさえも身構えてしまった。
キースは技を披露し終えると再び気配を元に戻す。
「なるほど。君はヨハンの元で自身を磨く気はあるかね?」
「私に御庭番になれと? できれば、ユウキ様の執事になりたかったのですが……」
キースは間近でユウキの行動を見ていたいという動機から執事を希望したのだが、アルフォンス達は御庭番の事情を知らぬとは言え、純粋な彼の気持ちについ笑みを浮かべてしまった。
「大丈夫だ。王城勤務の御庭番は普段から執事やメイドに紛れている。君はユウキ殿の専属執事をしながらヨハンの元で学びなさい」
「執事としても、御庭番としても、全てを教えると約束しましょう。あなたを立派な英雄付きにしてみせます」
魔獣憑き、ではなく。英雄付き。
何とも、自分が目指すにはピッタリな。そう思うとキースは笑みを零す。
「私と国に忠誠は尽くせないと言ったな。結構。君は英雄の傍で己の人生を全うしなさい。もしも、私達が英雄を害するとあらば、私達をも殺して英雄を守れ」
キースが己の今後を自覚した後に、王は真剣な表情で伝えた。
なるほど、とキースは思う。
目の前にいる者達も、自身が忠誠を尽くす人物をよく理解しているのだと。
まだ弱くとも、英雄としての素質を見せ、世界の希望となるであろうユウキをしっかり見守っているのだと。
王は英雄を害するなどと口にしたが、そんな気は毛頭起こす気は無い。むしろ、自分と共に英雄を精一杯守り、育てていく存在であると知った。
「どうか、よろしくお願いします」
この日、魔獣憑きのキースは英雄ユウキの専属執事として王家と契約を交わした。




