22 これは聖水です
「何をしているんですか! おばあ様!」
えー!? エリスさんってアリアちゃんのおばあ様なのーっ!?
ってワケでエリスさんの正体は先代の王妃様という事になる。
つまりは現王様のお母さん。そしてアリアちゃんの祖母という存在。
超絶天使級に可愛いアリアちゃんのDNAにはエルフの血が混じっていると聞かされ、おばあ様も健在であるとも聞かされていたが。
まさか現役バリバリの宮廷魔導師筆頭だとは思わなかったなーっ!
…………。
そんな人が俺のケツをガン見してたと。俺は不敬罪で斬首刑か?
「ユ、ユウキ様のお、お尻に顔をち、近づけて! 何をしているんですか!」
「何をそんなに怒っているんだ、アリア。これは英雄という存在を研究する為の一環である」
尻をガン見していた事を怒るアリアちゃん。どうやら怒りの矛先は俺ではなくエリスさんのようだ。
セーフ!
「ふーむ。お尻のどの辺りに魔力官があるのでしょうか?」
ケインさんは今の状況をまるで気にしていない。ズボンを着用したのにも拘らず、俺のケツをガン見だ。
「魔法総量を測る為だ。仕方あるまい」
エリスさんはあくまでも研究対象として俺を見ているのだろう。
ケツをガン見したからといってそこに性的な気持ちは一切ない。まるで新種のモルモットを見るような視線でケツを観察していたのだ。
だが、傍から見ればどうだ。
先代王妃様が男のケツを見ている。これだけで相当なゴシップになりそうだ。
きっとアリアちゃんはそういった懸念を持って怒っているのでしょう。素晴らしい。正しい王族の姿勢だと思います。
「でも、でも!」
頬をリスのようにぷっくりと膨らませ、プリプリと怒るアリアちゃん。
その姿にため息を零したエリスさんは俺とケインさんへ顔を向けた。
「もうすぐ1時間経過する。聖水の様子を見ておいてくれ。私はこの駄々っ子をあやすのでな……」
「はい」
「わ、わかりました」
アリアちゃんの事はエリスさんに任せ、俺とケインさんは言われた通りに聖水の出来を確認しに行く。
中の液体が白になっていれば完成だと言っていたなと思い出しながら大鍋に近づくと。
「あの、青だった液体が白になれば完成なんですよね?」
「ええ。そうです」
「ピンクじゃね?」
「ピンクですね」
大鍋の中身はピンク色の液体で満たされていた。
もう凄いピンク。蛍光色のやつ。
マジもんと同じように透明じゃないだけマシに見える。
「失敗か……」
白にならなきゃいけないのに、まさかのピンク色。
俺は聖水も作れない役立たずなケツ英雄なのか。
そう落ち込んでいるとケインさんが近くに置いてあったおたまでピンク色の液体を掬い取ってまじまじと観察し始めた。
「少々お待ちを」
一度掬い取った液体を大鍋に戻し、部屋を出て行ってしまう。
俺は渡されたおたまで液体を掬ったりかき混ぜたりしてみた。どうにか白にならんか、と願いを込めて。
だが、俺の願いは叶わない。
大鍋の中には依然とピンク色でやや粘度のある液体が。
掬って、垂らす。
どこか既視感があると思ったら……。色はともかくとして、この粘度はローションじゃねえの……?
「お待たせしました」
ケインさんは両手に何か機械のような物を持って戻って来た。
「これは鑑定機と呼ばれる魔導具です。これに物を入れるとその物の情報を解析してくれるんですよ」
なんとも便利なものだ。魔法と機械の融合と言えばいいのだろうか?
見た目は完全にポットのような外見。外装には『御影』という文字が。企業の名前みたいだ。
ケインさんは上部の蓋をパカッと外すと、中にあった銀色の容器を外す。
これも3代目英雄がアイディアを提供してヘイム魔導国が作り出した物らしい。ヘイム魔導国すごい。
「この容器に液体を少し入れてくれますか?」
「わかりました」
ケインさんが取り出した銀色の容器にローションを少しだけ入れる。
再び容器を魔導具にセットして、蓋を閉めたらスイッチオン。
魔導具はウォンウォンと動きだしてチーンと鳴った。
次は内部からガガガガ、と音が鳴って長細い紙に文字やら数字やらが書かれてレシートのように排出されるじゃないか。すごい。
「……これ、聖水と同じ成分情報ですね」
長いレシートのような紙を上から順番に読み取っていったケインさんはローションの正体を明かした。
どうやら少しおかしいが聖水には変わりないようだ。
「良かった。聖水にならなくて失敗したのかと思いましたよ」
「でも数値的には効果が3倍になってます」
「エッ!?」
「ほら、ここの数値。ここが浄化魔法としての効果を指しているんですが、やたら高いんですよ」
そう言われてレシートを見せられたがまるで分からない。
エリスさんもそうだが、ケインさんも研究やら新しい事に夢中になると周りが見えなくなるタイプなのだろうか?
「まぁ、でも。しっかりと聖水の効果があるようで安心しましたよ」
「見た目はローションですけどね」
あんたもそう思ってたんか!?
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「何をそんなに怒っておる」
「だ、だって、その、ユウキ様のお尻を……!」
エリスが問うとアリアは顔を真っ赤にしながらゴニョゴニョと言葉を絞り出す。
彼女の反応を見てエリスはピンときた。
「ははぁ。自分よりも先にユウキの生尻を見た事を妬いておるのか?」
ピクリと反応するアリアの体。
孫をよく知るエリスは小さく笑いを零す。
「お前は昔から独占欲の強い子だったな。好きだった英雄譚の本を抱きながら寝たりしていたもんなぁ」
「そ、それは小さい頃の話じゃないですか!」
ニヤニヤと笑うエリスにアリアは必死に抵抗するがもう遅い。
「まぁ、お前がユウキを好いているんじゃないか? という話はアリーシアから聞いておったがな。そんなに好いているなら言ってしまえば良いではないか。ユウキも満更ではあるまい」
エリスはアリアの母であるアリーシアからユウキを気にしているのでは? と聞かされていた事を明かす。
確かにそうだ。
陰口を叩かれながらも前向きに進む彼の姿を見て、どこか惹かれていたがアリアにとってその気持ちの正体は分からなかった。
しかし、クリムゾンベアーに襲われた時が決定的だったのだろう。
姫を守る英雄の背中。まるで英雄譚で描写されるような光景。
小さい頃から憧れていた光景。それをまさか自分が本当に体験するとは。
襲われていた時は浸る暇など勿論無かった。だが、危機も過ぎれば過去になる。
アリアはあの時を思い出すと――自分を守ってくれた大きな背中に惹かれてしまう。
といっても、まだ憧れの方が強いんじゃないか? というのが母アリーシアの見立てだ。
愛が溢れているか、と言えば違う。まだ一目惚れしたような状態と言えばいいか。
まだ愛じゃなく、恋。
もう少し様子を見つつ、2人共お互いをよく知る期間を作ってから親として動いた方がいいのではないか。
王という存在に恋をして、恋を愛に変えた女性。一児の母であるアリーシアは自分の娘に対してそう評価していた。
「い、言えるわけないでしょう! まだユウキ様がこの世界に来て1か月くらいですよ! 早すぎます!」
祖母と母に己の気持ちをピシャリと当てられたアリアは真っ赤になった顔を両手で隠す。
「なんでそこだけ奥手なのだ……」
好きなら好きと言えば良い。早く押し倒せば良いものを、とアリーシアの評価を聞いていても尚、恋愛事においては少々短絡的な思考を持つエリスは孫のチグハグな心情にため息を零した。
祖母としてはアリアが英雄と結ばれるのは賛成だ。
国として見ても良い事だ。加えてユウキはなかなかに理性的。
自分の整った容姿とナイスバディを見せつけても取り乱す事無く、失礼のないように視線を自分から外した。
何かと他種族よりも容姿に優れ、いつでも性的に見られやすいエルフからしてみれば好印象と言うべきだ。
それも加味すれば、アリアの婿として二重丸をくれてやりたい。
「良いか、アリア。人間は短命だ。お主は私の血が混じっているから100は生きるだろう。だが、英雄という存在は違う。純粋な人間で、それも異世界の人間だ。この世界の寿命では計れぬ」
純粋なエルフは年老いても容姿が変わらず、人間種でいう20歳前後の見た目のまま200歳まで生きると言われている。現にエリスも今年で161歳だ。
そんな彼女の血が混じるアリアも怪我や病気が原因でなければ、100歳までは生きるだろう。
だが、ユウキは違う。彼はこの世界とは違う世界から来た人間だ。
召喚された際に色々な『調整』を受けて魔法が使えるようになったりするが……人の持つ寿命の部分は変わらない。
「3代目の英雄も早死にした。4代目も……100までは生きなかった。我らにしてみれば短命だ。足踏みしていては、すぐに過ぎ去ってしまう」
「おばあ様……」
エリスはどこか寂しそうに孫へと告げた。
彼女はアリアの頭をそっと撫で「それにな」と言いながら表情を真剣なものに入れ替える。
「今代の英雄は規格外だ。尻から剣と魔法を出すという摩訶不思議な部分はあるが……それを除いても歴代英雄とは違いすぎる。他者の武器を創造するのも、体内に内包する魔力総量も、どこかおかしすぎる」
尻から剣と魔法を出す。一見してみればとても馬鹿らしい。
だが、内を知ればどうだ。
歴代英雄には無かった他者の武器創造という能力。
歴代英雄の中でも群を抜いて高い魔法総量。
スペックが違いすぎる。
エリスはまるで尻から出るというデメリットがそれらを隠しているかのように思えてならなかった。
「あれが外に漏れれば……他国の王はどう思う? 挙って王家の血筋である娘を寄越すぞ。特にオルダニアが真っ先にしそうだ」
他国も他国の事情がある。
英雄の血筋が欲しいと思う事をエリオス王国は止められないし、ユウキが誰を選ぶかという意思にも介入できない。
特に英雄と関係が薄く、小国が1つに纏まったオルダニアは圧倒的な指導者を欲している傾向が最近は高い。
オルダニアになる前、過去に存在していた王族は王位を捨ててはいるが今でも尚、地方で影響力はあるのだ。
次の選挙を勝つためにユウキを、彼との間に子を……と考えるのも不思議じゃないだろう。
「忘れるな、アリア。時は待ってくれない。男を自分の物にしたいのであれば、女から一歩前に踏み出さねばならぬ時もある」
「はい、わかりました。おばあ様……」
長き時を生きる祖母のアドバイスを真摯に受け止めたアリアの瞳に小さな炎が宿る。
これで少しは発破をかけられただろうか。そう思ったエリスは――
「まぁ、男なんぞ私譲りであるその大きな乳を見せればイチコロだ」
「もう!」
再び顔を赤くした孫を見て、エリスは大笑いした。




