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元魔王が異世界でMMOを極めます!?  作者: renren
第1章 魔王、降り立つ
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第1話 予兆

本編開始です。まずはもうひとりの主人公の視点から。

 ちゅんちゅん、と雀のさえずる音が聞こえた。

 長い眠りから覚め、朝を迎えたらしい。カーテンの隙間から差し込む柔らかな光が、部屋の一部分を照らしている。

 傍らの目覚まし時計を見ると、まだ午前6時を少し過ぎたところだ。

 アラームを設定してある時間まで、おおよそ30分といったところかな。


「まだ、もう少し寝れるな……」


 僕は布団を被り直して、惰眠を貪るべく目を閉じる。

 そして頭の中で、先ほど見た夢について考えを巡らせた。


 変な夢だったな。

 まるで映画の中の登場人物にでもなったかのようだった。

 自分は“まおうさま”なんて呼ばれていて、使用人のような人たちに慕われながらも、旅出つべく別れを惜しむシーン。

 魔王だか間奥だかは知らないが、僕には桐村きりむら浩輝ひろきという名前がある。どんな読み方をしたって、“まおう”だなんて呼ばれ方はされるはずがない。

 “まおう”というのがアダ名のようなものだったとしても、今時の小学生だって、自分の友だちに“魔王”だなんてアダ名は付けないだろう。

 それに、一人称も「オレ」になっていたけど、普段の僕は一人称に「オレ」なんて使わない。僕は「僕」だ。

 そして最後に……、夢の中の僕が使った、あの魔法のようなものは、いったい何だったのだろう。

 いきなり暗い空間が開いて、それが嫌な雰囲気を放ったと思ったら、誘い込まれるように身体が引っ張られていった。

 結局、途中でこうして目覚めたから、最後にどうなったのかはわからず仕舞いだ。

 僕が魔法を使うのなら、もっとこう、派手でカッコいい感じの魔法にすると思うんだよ。

 だけど……残念ながら、この世界には、魔法なんてものは存在しない。

 マンガや小説、ゲームの中にしか存在しない、不思議な現象を引き起こすものが魔法だ。

 現代には、この言葉を冠する物語やこれをメインテーマに据えた物語が跋扈ばっこしている。

 物語によってさまざまに描かれるそれらに、現代の子どもたちは良い意味でも悪い意味でも影響されている。

 ご多分に漏れず、僕もそういう人間の一人だ。


 ファンタジーという言葉に興味を惹かれ、その類のマンガや小説を読みふけった。

 昔から存在するRPGというジャンルのゲームに没頭し、時には戦士に、時には魔法使いにとその世界の主人公になりきった感覚で遊び倒した。

 趣味はと聞かれれば、ゲームです、と答えるし、好きなものはと聞かれれば、RPGです、と言うだろう。それくらい、僕はそういったものに傾倒している自覚がある。

 特に、自由に魔法が使えるようなものが一番好きだ。

 戦闘だけでしか使えないようなものじゃなく、たとえば壊れた道具を直すだとか、困っている人を助けるだとか、そういうなんでもないことに魔法を使ってみたい。

 実はそれが、僕の夢の一つでもあるのだけどね。


 ……その夢が、もう少しで叶うかもしれない。

 とあるゲームが明日発売される予定だからだ。

 まったく他力本願なことだけど、その中でなら、僕は……。




 ――ピピピピピッ! ピピピピピッ! ピピピピピッ!


 アラームの音か鳴っている。

 もう、起きる時間なのか。夢の内容について考えていただけで、あまり寝られなかったな。

 今日は朝からバイトだから、もう起きないといけない。


 アラームを止め、ベッドから降りる。

 いつも通りの朝、だったはずなんだけど。


「あ、あれ……?」


 軽い立ちくらみのようなものを覚え、全身から力が抜ける。なんとか踏ん張って、後ろに倒れて壁に頭をぶつけるような事態は回避したけれど、僕の身体は再びベッドに倒れこんでしまう。

 ベッドに倒れた衝撃で空中を埃が舞ったが、それを気にしている余裕はなかった。


(……■……▲……?)


「!?」


 突然、誰かの声が聞こえたからだ。

 慌てて全身に力を込めて起き上がり、自分の周囲を見回してみる。

 そりゃあ、マンションの前や廊下で大声を出せば、多少部屋の中に声は届くだろうけど、そんな感じじゃなかった。

 僕しかいないはずのこの部屋で、誰の声が聞こえたというのだろう。

 1Kの狭い部屋の中だ。人が隠れる場所なんてほとんどないし、隠れている様子もない。

 いったいどこから? と心臓がバクバクと鳴っているのがわかる。

 だけど、しばらく耳をすましてみたけれど、今はもう、マンションの前を通る車の音くらいしか聞こえなくなっていた。

 ……気のせい、かな?


「連日のバイトで疲れたのかな……? でも、今からシフトを交代はできないし」


 とりあえず出勤して、それから体調が戻ることを祈ろう。

 明日以降はあのゲームのためにバイトの時間を減らす予定だから、今日のうちに少しでも稼いでおかないといけない。

 そんなことを考えながら、僕は家を出る支度を始める。

 家を出る頃にはもう、あの立ちくらみのようなものは起こりそうになくなっていた。




 ――数時間後。

 バイトの休憩中、バイト仲間の浦井くんが、にこやかに僕に話しかけてきた。


「桐村さん、桐村さん! いよいよ明日ッスね!」


 浦井くんは、僕の後にバイトに入った後輩に当たる。

 だから、いつも僕や他の先輩、店長に対してはだいたいこんな口調だ。

 見た目は少し遊んでいそうな感じだけど、仕事に対しては割と真面目で、僕も助かっている。


「ああ、そうだね。今から楽しみだよ」


「あ、やっぱりッスか! 自分も楽しみッス!」


 浦井くんはだいたいいつもテンションが高いけれど、今日はいつにもましてテンションが高いようだった。

 まあしょうがないか。なんたって、明日はついに、アレが発売される予定なのだから。

 すでに購入代金は支払ってあり、あとはそれが届くのを待つだけの状態。

 僕もそうだし、浦井くんもそうなんだろう。

 テンションが高くなるのも、わかる気がする。


「でも自分、実家暮らしなんで、いろいろと親がうるさいんスよ」


「ああ、実家暮らしだと、そうかもね。僕は一人暮らしだから、そういうのはないな」


「いいなあ、羨ましいッス!」


「ああ、でも、元々僕の親って放任主義みたいなところがあるから、僕が何しようと気にしないかも」


「それはそれでアレッスね!」


 アレってどれのことだろう。

 この子はいつも、何か言葉が出てこないと「アレ」とか「ソレ」になっちゃうからなあ。

 結構慣れたつもりだったけど、それでもまだ、何が言いたいのかわからなくなることがたまにある。

 そんな僕の様子に気づくことなく、浦井くんは別の話題を振ってきた。


「ところで桐村さん、明日以降のバイトのシフト、めちゃくちゃ減らしてるじゃないッスか。やっぱりアレのためッスか?」


「あはは、まあね。好きだから、どうしても、って思っちゃって。店長には相談済みだよ?」


「ああ、自分もそうすればよかったッス!」


 オーバーなリアクションで、落ち込む様子を見せる浦井くん。

 正直、最初の頃はこのテンションにもついていけなかったんだけど、なんだかんだで面倒を見るうちにだんだん憎めなくなってきたんだよね。

 なんていうか、こう言うと失礼かもしれないけど、弟分ができたみたい。


「ほら、もう休憩終わるよ。あと数時間だし、がんばろう」


「え、もうそんな時間ッスか。そうッスね! がんばりましょう!」


 元気を取り戻し、張り切った様子で休憩室を出て行く浦井くん。

 その後に続きながら、僕もがんばろう、と気合を入れなおす。

 こうして忙しいのも、今日で一旦区切ることができる。

 明日からの楽しみのため、まずは今日の仕事を最後までやり遂げよう。




「お疲れ様でしたー!」


「ああ、ちょっと待ってくれないか、桐村くん」


「え? はい、なんでしょうか?」


 バイトが終わり、バイト先を後にする、というところで、店長が話しかけてきた。

 この店の店長、鳩田さんは、少しぶっきらぼうなところがあるが、僕らバイトのメンバーも含め、従業員のことをよく考えてくれるいい人だ。

 僕がこの店でバイトを始めてからずっとお世話になってきた人でもあるので、頭が上がらない。


 他のバイトや従業員の人が帰り始める中、僕は店長に誘われて、店の奥の休憩室に連れて来られた。

 紙コップの自動販売機と長机、椅子が数脚あるだけの簡素な部屋だ。

 さっき、僕と浦井くんが話していたのも、この部屋になる。


「それで……どうかしましたか?」


「君はここ数ヶ月、よく働いてくれていたよね」


「ええ、まあ」


「それに、他のバイトのメンバーからの信頼も厚い。私としても、君の活躍には目をみはるものがあるよ」


「はあ……?」


 うん? なんだか今日の鳩田さん、様子が変だな。

 普段、こうやって人を褒めることはあまりしない人なんだけど。


「ああ、ごめんごめん、心配しないでくれ。悪い話ではないから。ま、単刀直入に言うと、バイトのリーダーになってみる気はないか、ということなんだよ」


「バイトのリーダー、ですか?」


 バイトのリーダー、というのは、すでに僕の先輩である及川さんがやっていることでもある。

 すでにやってくれている人がいるのに、僕をリーダーに推す必要があるとは思えない。

 そんな僕の疑問を感じ取ったのか、鳩田さんが背景を説明してくれる。


「今リーダーをやってくれている及川くんなんだけどね、次の春で大学を卒業して、就職することが決まったらしいんだ」


「あ、そうなんですね! 後でおめでとうとか、言ったほうがいいですね」


 及川さんは、ここから少し離れたところにある大学に通う大学生で、僕より3つ年上の人だ。

 落ち着いた印象の眼鏡の美人さんで、淡々と仕事をこなす。愛想がいいとは言えないが、美人さんなので客受けがいい。

 僕も多少憧れることもあったけれど、結局今の今まで恋愛感情には発展しなかった。

 確かに美人なんだけど、付き合うと逆に疲れちゃいそうなイメージがある。

 及川さんは別に性格は悪くないし、仕事もできる人だから信用も置いている。でも、彼女をそういう目で見ることは、僕にはできなかった。


「うん、そうだね。及川くんも喜ぶと思うよ。……それで、近いうちに及川くんがここを辞めることになるから、次のリーダーの育成が必要なんだよ」


「ああ、なるほど、今のリーダーから、次のリーダーへってことですね。……え? それで、僕なんですか?」


「そうだよ」


 まるでなんでもないことのように頷いてみせる鳩田さん。

 大学にもいかず就職もしないでフリーターを(ちゃらんぽらんと)している僕なんかよりも、よほど相応しい人が他にいると思うのだけれど。


「確かに僕はここでバイトを始めて結構経ってますけど、僕より年上の人は他にもいますよね? どうして僕なんでしょう?」


「そうなんだけどね。及川くんに、次のリーダーは誰がいいかって聞いたら、君だって言うんだよ。私もね、さっきも言ったけど、君のことは一目置いているから、悪くないなと思ったわけ。どうだい? やってみてくれないか」


 及川さんとはバイトの休憩中によくプライベートのことを話す仲ではあるけれど、そこまで信用されていたとは思わなかったな。

 3つ年上で大学生だし、フリーターの僕よりもいろんなことを経験しているから話していて楽しかったけど、次のリーダーに推薦されるほどとは。

 ありがたい話なんだけど、明日からのことを思うと素直に引き受けづらい。

 なにせ、明日からはバイトの時間を減らす予定なのだから。


「えっと……」


「まあ、何も今日返事が欲しいというわけじゃない。君にも心の準備というか、そういうのも必要だろうしね。そうだな、来月の頭には、答えを聞かせてくれると嬉しいかな」


 来月の頭、というと半月程度は時間があるということか。

 なんにしても、これはありがたい話だ。バイトのリーダーになれば、多少給料も上がるだろうし。

 自分の時間を確保することが難しくなるかもしれないことは懸念点としてあるけれど、ひとまず受ける方向で考えてみよう。

 明日はアレが届く日だし、リーダーを引き受けるかどうか決めるのはもう少し後でいいだろう。


「わかりました、来月の頭ですね。少し考えてみます」


「うん、よろしく頼むよ。あと、そうだ。明日発売のアレ、私にはよくわからないんだが、すごいらしいな? 楽しんでおいでよ」


「ははは、ありがとうございます。では、お疲れ様でした」


 そう言って笑いながら、鳩田さんは休憩室を出て行った。

 鳩田さんには、僕の趣味の話もしてある。明日からのバイトの時間を減らすことができたのは、数ヶ月前から今日まで、バイトの時間を増やすことを条件に店長と交渉したからだ。稼働時間の前払い、みたいな感じだろうか。

 なかなかキツい条件だったけど、なんとかやり遂げた。

 明日が待ち遠しいし、今日は帰ったらすぐに寝よう。

 朝の立ちくらみのこともあるし、少し身体を休ませないとね。


 そんなことを考えながら、僕はバイト先を後にした。


次回の更新は07/04(月)の予定です。


※2016/12/23(金) 表現の一部を修正しました。


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